ディズニーランドでの原体験

――鳶本さんは、トリドールHD入社前は、大手自動車会社や外資系コンサルティング会社、ベンチャー企業などでマーケティングやコンサルティングを手掛けてきました。

 人はどうすれば物を買ってくれるのかに興味があり、学生時代から会社の経営をサポートできる人材になりたいと思っていました。そこには、子どもの頃の原体験がありました。 

――どんな原体験だったのでしょうか。

 小学1、2年生の頃、東京ディズニーランドのレストランで食事を買って、家族の分をテラス席に運ぼうとしたら、つまずいて全部ぶちまけてしまいました。もう1回買わないといけないところ、22歳くらいのアルバイトの方に「おけがはありませんか。もう一度作るので待っていて下さい」と言われました。

 その時から、ディズニーランドが大好きになり、大人になっても男同士で遊びに行ってはしゃいでいました。人の興味関心は一つの体験やとっさの行動で、変わります。ものを売るだけではなく、顧客の体験に責任をもって取り組むという視点は、小さいときの原体験が根っこにあります。

飲食の市場価値向上に貢献したい

――様々な企業のマーケティングや経営支援を行った後、2018年に、トリドールHDに入社しました。

 きっかけの一つは、成長できる会社だと感じたことでした。当時は売り上げが1千億円でしたが、5千億円という途方もない目標を掲げ、役員と話してみると、本気で考えていると感じました。

 もう一つは、食は生活に欠かせないのに、労働環境が厳しいイメージから、働く場所として選ばれない現実を変えたかった。友人にも「飲食業に行く」と言ったら、「どうして行くの?」と言われるわけです。食が人にとって重要だからこそ、市場価値の向上に貢献したい思いがありました。

――それまで、消費者としてトリドールHDにどんな印象を持っていましたか。

 2015年に父を亡くし、落ち込んでいた時期に、何げなく丸亀製麺に寄りました。うどんを注文した時、店員さんに「これ食べてがんばって下さい」と言われました。僕の表情を見て察したかどうかは分からないですが、その言葉が刺さって、もう一度頑張ろうと思えたきっかけになりました。

 丸亀製麺のうどんは、ワンコインでお腹いっぱいになり、赤ちゃんからお年寄りまで食べています。シンプルさを研ぎ澄ました先に、人の気持ちに引っかかるものがあるのではないかと感じました。

トリドールHDの中核である丸亀製麺

すべてはお客様の喜びのために

――トリドールHDは、従業員に向けて「Finding New Value. Simply For Your Pleasure.」というミッションを掲げています。

 元々は「Simply For Your Pleasure(すべてはお客様のよろこびのために)」というミッションで、トリドール創業時からの根幹になっています。トリドールは、創業者で社長の粟田貴也が35年ほど前に焼き鳥店をオープンしたことがはじまりですが、当時から安定してお客様が来てくれていたわけではありません。通い続けていただくには、お客様の感動を呼び、気持ちを動かすことが必要になる。それがこの言葉に表れています。

 一方、時代や社会が変化し、また事業をグローバルに展開する中で、これまでの常識にとらわれていると、お客様に喜んでいただくのは難しくなります。新しい価値を提供し続ける会社になるため、私が入社した後、「Finding New Value.」という言葉が加わりました。

トリドールHDが運営する外食ブランド

 丸亀製麺が店内製麺や、手づくり、できたてにこだわっているのは、お客様に喜んでもらいたいという根幹があるからです。ただ、感動し続けてもらうには、今までの常識を疑って価値を変えなければいけない。それが「Finding New Value.」です。

――トリドールグループは社員約4千人、パート従業員約1万5千人の大組織です。ミッションの浸透は大変だと思いますが、どんな人事制度や評価基準を定めたのでしょうか。

 組織というのは個人の集合体です。従業員の行動の積み重ねが、ミッション実現につながることが重要です。では、そのための行動とは何か。目標管理制度(MBO)は導入していましたが、加えて、理想の「トリドール人」を再定義し、五つのバリュー(人材要件)を定めて評価基準にしました。

トリドールグループが求める人材要件

――そのバリューとは。

 以下の五つになります。順を追って説明します。

トリドールHDが従業員に求める五つのバリュー

 Customer Oriented (お客様起点で考え行動し、すべてにおいて質にこだわる)とは、「お客様視点」ではなく、「お客様起点」がトリドールの根幹になるということです。100メートル走に例えると、スタート地点から何メートル進んでも、自分のライバルがどこにいるのか振り返ることはできます。これが視点です。でも、スタート地点は一つです。一歩を踏み出す瞬間から、すべての行動が、お客様のためになるのか、感動してもらえることなのかを考えることが大切です。これが起点です。

 Take Risk for Growth (常に成長を求め、リスクをとり挑戦し続ける)は、簡単に言えば、「いっぱい失敗していっぱい学ぶ」ということです。ただ、お客様のためになるかどうかが前提で、そのためなら挑戦して失敗することを許容しますということです。世の中が変わる中、以前と同じ行動が、必ずしもお客様のためになるわけではありません。丸亀製麺はセルフ式で、店員は湯煎からホールまでの全てでお客様との接点が持てます。解は常に現場にあります。前例にとらわれず、勇気を持って挑戦してほしいと願っています。

 Take Ownership (自らが責任者のように行動し、結果に責任を持つ)は、役員、部長、一般社員という立場に関係なく、主体性をもってチャレンジする姿勢です。お客様に相対している一人の人間として、責任やリスクを取って動ける人を求めています。

 Diversity and Respect (他者を尊重し、違いを受け入れる)も大切にしています。例えば、かけうどんを食べても、だしの味か、うどんのコシなのか、人によっておいしいと思うポイントは違います。違いをリスペクトしながら、つながっていくというのが重要です。

 Flexibility for Success (物事を柔軟にとらえ行動する)も必要です。僕らの仕事に解はありません。自分たちでレールを敷きながら進んでいるので、その先に谷があって曲がらなければいけないこともあります。固定概念にとらわれず、お客様の感動や我々の成長に向かって、常に柔軟に修正できる集団でいたいです。

顧客と向き合う時間を作る

――入社直後、実際に店舗で働いたそうですね。

 入社して3週間、丸亀製麺の店舗に入って「いらっしゃいませ」と声をかけていました。現場の人は本当にすごい。うどんをゆでていながら、誰よりも早くお客様に声をかける人もいるくらいです。

 セルフサービスの店は効率重視で、早く提供すればいいと思っていました。しかし、丸亀製麺はオープンキッチンで、うどんをゆでるところから、トッピング、レジ、ホールのすべてで、お客様と向き合う時間があります。他の飲食チェーンより、全員がお客様にあいさつできる環境です。お客様起点で行動すれば、顧客満足度が高まり、さらに成長できると思いました。

丸亀製麺の店内

――人事戦略を立てる上で現場の声は重視しているのでしょうか。

 現場の声はたくさん聞いていて、今も直接連絡をくれる従業員もいます。おしかりを受けることも、提案をいただくこともあります。

 どんなに素晴らしい経営戦略を立てても、実行する人がついてこられなければ、100点の計画も60点になってしまいます。店舗にどうメリットがあるのか、常に考え、現場に足を運んで従業員の声を重視しています。ただ、その声に引っ張られすぎるとだめなので、あるべき店舗の姿を一緒に考えています。

 我々は画一的なチェーンではなく、常連さんの笑顔が集まる店にしたい。売り上げや利益は重要ですが、店長や店員が、目の前のお客様と向き合う時間を作るための教育を行っています。

 飲食店には、労働負荷がかかりがちなイメージがあります。お客様と接する時間を大切にするために、従業員のタスクをシンプルにして、仕事の量を減らさないといけません。できる限り、裏側の業務はデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めて、業務効率化を図ろうとしています。

 ※後編では、トリドールHDの人材育成、採用活動などの具体的な取り組みに迫ります。