漬物の需要が減り続けた理由

――漬物の需要は、なぜ減り続けているのでしょう。

 一番の理由は、塩分が多いというネガティブなイメージです。厚生労働省も長年にわたって減塩を推進してきました。塩分が高いものといえば、ラーメンと漬物とみそ汁が挙げられます。しかし、ラーメンの汁は残せばいい、みそ汁は毎日は飲まないから大丈夫と思われても、漬物は食べなければいいということになってしまいました。

 また、デフレ時代で、市販の弁当に使われる漬物は安物でおいしくないというイメージが付き、悪い歯車が回っている状況でした。

 昔、岩下食品が漬物を商材に選んだ時代は、よく食べられていましたが、世の中の大きなトレンドとして下降曲線をたどり、いつまでも漬物屋でないといけないのかという思いがありました。

「岩下の新生姜ミュージアム」は、商品のピンク色をモチーフに、華やかな世界を作り出しています(岩下食品提供)

「漬物」という言葉を使わない

――漬物のイメージを変えたきっかけは。

 テレビで食に関する健康情報を扱った番組が放映されると、その食品がスーパーで空になる現象が度々起こります。今から10年以上前ですが、生姜も「体にいい」とテレビ番組に取り上げられ、非常に売れたことがありました。ところが、その時も、当社が扱っている紅生姜やガリ、「岩下の新生姜」はピクリとも動きませんでした。生姜は体にいいとされても、漬物はネガティブなイメージだったからです。

 しかし同時に、岩下の新生姜は漬物とは違った側面から見ることも可能だと考えました。岩下の新生姜は、色々な料理の素材として使いやすいことがわかっていたからです。

ミュージアム内では、新生姜をイメージしたオブジェが目を引きます

 和食だけでなく、ステーキなどの洋食や脂っこい中華料理との相性もいい。塩分も、今は25%カットして3%しかありません。でも「漬物を料理に使いましょう」という宣伝方法では絶対にダメで、 漬物じゃない語り方が必要でした。そこである時から社員たちに、新生姜に関しては、「漬物」という言葉を当たり前のように使わないように、使うにしてもよく考えてからにしてくれとお願いしました。

 実際、漬物というカテゴリーから外れることで、プラスに働くことが多かった。伝統的な漬物の価値観で、もっとも優れているのは地域の特産を使ったものと思われがちです。次が国産で、海外産の漬物はB級品とされてしまいます。

岩下の新生姜の原材料・本島姜をミュージアムで紹介しています

 岩下の新生姜は台湾産のみで栽培される本島姜(ペンタオジャン)を使用していますが、伝統的な漬物という枠から外れたからこそ、地元の人からも、栃木の名産として応援してもらえるようになっています。

ツイッターでエゴサを続ける理由

――岩下さんは、個人のツイッターアカウント(フォロワー数11.5万)を持ち、ほぼ毎日欠かさずにエゴサーチで「新生姜」とつぶやいた人を見つけ、いいねボタンを押して、リツイートもしています。

 そもそもPRアカウントではなく、友人知人とのやりとりにつかっていた個人アカウントでしたが、ある日思いついて「岩下の新生姜」でエゴサーチしてみたところ、多数のうれしいツイートを目にすることになり、お礼のリプライをしたくなり、素性を明らかにして応対するようになりました。

 最初にエゴサーチをした日が2011年5月19日なので、もうすぐ10年になります。岩下の新生姜が好きで、人に紹介までしてくれるお客さんが、こんなにいらっしゃるんだという驚きと感謝から始めました。21年4月、「いいね」したツイートが150万に達したので、岩下の新生姜セットのプレゼントキャンペーンを企画しました。

 中の人が活躍する企業公式アカウントと違い、社長の個人アカウントなので、趣味の音楽の話や、家族との話など、パーソナルな等身大の情報も、商品イメージと重なってくることでしょう。

 これは、いい面と悪い面があると思います。のびのびと語れる範囲でツイートすれば、大きな問題はありませんが、お客様を喜ばせようという気持ちが、ひとりよがりに空回りしないようにとは思っています。時々、逸脱してしまうことがありますが(笑)。

 お客様とのコミュニケーションという点では、社長との対話、社長自らの発信ということで、信頼を感じていただき、また、他社とのコラボなどでも話が早いという利点があります。

――新生姜の新しいレシピも、岩下さんのツイッター経由で広まりました。

 募集したわけでもないのに、ユーザーから日々、漬物という枠を超えたレシピが提供されました。わずか2年で膨大なレシピが集まり、12年にその中から厳選してレシピ本を作りました(「We Love 岩下の新生姜 ツイッターから生まれたFANBOOK」マガジンハウス刊)。

――かつて成長の原動力となったテレビCMは徐々に減らしました。

 利益がそこまで出なくなったことが理由です。岩下の新生姜の売り上げは98年がピークで、そこから3分の1ぐらいまで落ちました。しかし、ツイッターなどを通じて新しい若いお客様を増やすことができ、「岩下の新生姜ミュージアム」がオープンした15年以降は、ピーク時の3分の2まで戻しました。新しく入ったお客様は、岩下の新生姜を必ずしも「漬物」として見ていないということを意味しているのだと思います。

岩下さんのもとにはファンからのオリジナルグッズが贈られています

私設美術館をミュージアムに

――栃木県栃木市にある「岩下の新生姜ミュージアム」も、ツイッターの声を受けて作ったそうですね。

 ツイッターで無償で宣伝してくれるお客様に向けて、恩返しの意味で、喜んでいただけることをやりたいという気持ちがありました。これだけレシピがあるのだから、「新生姜だけのレストランが開けるんじゃないか」「ライブハウスを作ってほしい」という声もあり、東京での事業展開も検討もしていました。

ミュージアムは私設美術館をリニューアルしました

 ミュージアムは、もともとは父の私設美術館でした。ガンで余命がわかった父は、自分で美術品を処分することを決め、展示品は空っぽになりました。遊休資産なので売却を考えていましたが、父が「美術品がなくなって寂しいけど建物は残った」と話していたと母から聞き、売るのをやめて活用することを考えました。

 ライブハウスやレストラン、そして、これまでのプロモーション活動の歴史や、新生姜が体にいいことを伝え、何よりわざわざ足を運びたいと思ってもらえるような面白い場所にしたい。そういう思いで作ったところ、耳目を集めて、売り上げの面でも貢献してくれています。

 岩下の新生姜ミュージアムでは、何度いらしてもお楽しみいただけるように、年10回ほど模様替えをしています。季節限定展示です。人気のイースター展示では、エッグハントのゲームを楽しんでいただき、正解者には、ポストカードをプレゼントしています。入館無料ですが、こうしたイベントの多くも、参加費無料です。

ミュージアムの目玉であるジンジャー神社

 常設の展示では、ジンジャー神社、新生姜の部屋などが人気です。ジンジャー神社は、生姜の効用にあやかって、人間関係までポカポカにするご利益があります。絵馬も、おみくじも、お守りもあります。また、御朱印も御朱印帳も販売しています。

 新生姜の部屋は、新生姜とラブラブに過ごせる空間として、女子社員に企画・構成してもらいました。ここで新生姜くんは、読書家で「ジンジャー鉄道の夜」など、新生姜にまつわる本に精通しています。記念撮影用の人気スポットとなっています。

人気コーナーの「新生姜の部屋」(岩下食品提供)

 オープン時こそ広告会社の力を借りましたが、その後は、ほとんどすべての企画を、社内で行っています。社内横断的に人選された若手中心のメンバーで、お客様に喜んでいただこうと、展示やイベントを常に更新しています。

 1年目は約7万人だった来場者数も、4年目(18年6月~19年6月)には約15万5千人に伸びました。

ミュージアム内で企画されたプロジェクションマッピング(岩下食品提供)

――館内は新生姜のピンク一色です。ピンクといえば新生姜というイメージも強まったのでは。

 オープン当初はこんなにピンクではありませんでした。お客さんが「ピンクの世界だった」と喜んで下さるので、それを裏切るようではいけないとピンクを増やしていきました。もっとピンクにしたいぐらいだけど、社員から「目が疲れますよ」と止められています。

「二郎」から学んだマーケティング

――ミュージアムは単なる商品や会社の紹介にとどまらず、かなりフリーダムな空間です。

 私自身「自由」はとても大切な価値だと思っています。「岩下の新生姜、なんだか自由」と記憶に残していただくことは、商品価値にとってプラスと考えています。岩下の新生姜を、漬物の枠に狭く閉じ込められていた食べ方から解き放ち、「自由に食べてくださって結構ですよ」と伝えたい気持ちで運営しています。

 かつては新生姜も、厚さ2~3ミリにスライスするのが食べ方の基本形、と言ってはばからなかった時代もありました。それはおいしいですが、ひとつの食べ方に過ぎません。

ミュージアムでは、ラーメン二郎で扱った新生姜の千切りなどを写真で紹介しています

 それを実感したのは、ラーメン二郎・栃木街道店での出来事です。飲食店で扱っていただく場合、なるべくスライスで使ってほしいとお願いしていました。ラーメン二郎も最初はスライスでしたが、店主から「千切りでやらせてくれ」と言われました。千切りだと紅生姜に見えてしまうので、残念だなと思いながら食べてみたら、店主の言う通り千切りの方がはるかにおいしかったのです。

 こちらが押し付けた身勝手な考え方よりも、ユーザーの方が正しい。それがマーケティングです。製造側の意図に当てはめようとすると、どこかで行き詰まってしまいます。でも、お客様の立場で考え、お客様の求めに応えることを貫ければ、その商品は長く愛され続けることができると考えています。