「大きな町工場」からの脱皮 セイバン4代目が描く「次の100年」
ロングセラーの「天使のはねランドセル」で知られるセイバンの4代目社長・泉貴章さん(46)は、流通ルートにメスを入れ、社長就任直後の販売不振を乗り越えました。他社とのコラボや持続可能な開発目標(SDGs)を見据えた新工場を作るなど、1919年に創業した家業の「次の100年」を見据えます。
ロングセラーの「天使のはねランドセル」で知られるセイバンの4代目社長・泉貴章さん(46)は、流通ルートにメスを入れ、社長就任直後の販売不振を乗り越えました。他社とのコラボや持続可能な開発目標(SDGs)を見据えた新工場を作るなど、1919年に創業した家業の「次の100年」を見据えます。
――社長就任後、従業員を増やしたそうですね。
社長就任当時、従業員約200人のうち、幹部以外はほぼ全員が生産部門所属でした。広告宣伝や卸問屋との商談は、先代社長だった父が実質1人でやっていました。そもそも人事部門も整備されておらず、会社というより「大きな町工場」といった状態でした。
町工場を「会社」にするべく、真っ先に人事担当を採用し、各部門の採用活動を進めてもらいました。前職のサントリーの組織運営とはかけ離れているという思いがあり、必死でした。採用した従業員に研修を受けてもらい、私の考えや思いを少しずつ理解してもらいました。
2021年6月末時点で、グループ全体の従業員は345人になりました。
――組織をつくり、社員のベクトルを合わせていったのですね。
自分の目の前のことだけでなく、全体の流れをいかに良くするのか。いわゆる「全体最適」の大切さを伝えていきました。最初は「何を言っているのか」と思われていましたが、毎年行う全社集会で言い続けて、7年目ぐらいにようやく「思いが通じた」という手ごたえを感じました。
↓ここから続き
従業員のベクトルが合うにつれて、会社の業績も上向きになりました。社長就任前と比べると、「天使のはね」の生産数は減りましたが、販売網を自社でコントロールすることで、過剰な在庫を持つこともなくなりました。
ブランド価値を高めて値下げを防ぐこともできたため、過去3カ年では安定した売り上げと利益を確保できています。
――ランドセル以外の事業多角化にも力を入れています。
18年に、同じ兵庫県に本社を置く子ども服メーカー・ファミリアと新会社を設立し、「familiar PRESCHOOL(ファミリア プリスクール)」という保育事業に参入しました。
社長就任当初から「少子化が進む中で、事業の多角化を考えなければならない」という意識があり、構想を練っていました。組織づくりが進み、会社の業績も上がってきたタイミングで、ファミリア社長の岡崎忠彦さんから「一緒に保育事業をやりませんか」とお声掛けいただいたのです。
「子どもの可能性をクリエイトする」というファミリアの経営理念に親和性もあり、「ぜひやらせてください」と引き受けました。
同じ「創業家出身の社長」という共通点もあり、岡崎さんのことはとても尊敬しています。私はどちらかと言えば「ロジカルにものを考えて行動するタイプ」ですが、デザイナー出身の岡崎さんはとてもクリエーティブで、世にないものを創り出す方です。お互いに、自分にないものを補完しながら事業を進めています。
――SDGsの取り組みにも意欲的です。
セイバンは19年に創立100周年を迎えることができました。「次の100年」を見据えて、翌20年、たつの市に新工場と本社、直営店、ミュージアムを併設した施設をオープンしました。
新工場については、11年の社長就任時から考えていました。これまで3カ所に分散していた工場を集約することで、社員同士の連携を深めながら、物流にかかるエネルギーや時間のロスを削減し、さらなる業務効率化を図っています。さらに、これまで外部で行っていた品質試験を社内でも実施できるように、新たに機械を導入しました。
また、電気エネルギーの使用量を削減する設備や、緑地を含む広場を設置しました。これは、環境にやさしく、地域住民の皆様にもフレンドリーでありたいというコンセプトです。
SDGsに意欲的に取り組むというより、「考え続けてきたことが、SDGsと合致していた」と思っています。
工場に併設した「セイバンミュージアムパーク」は、日本初のランドセルに特化した「体験型ミュージアム」です。日本が誇るランドセルの歴史や変遷を知ってほしいという思いに加え、前職のサントリーでは身近だった工場見学を、自社でも実現したいと、アイデアを温めていました。
ミュージアムでは、ランドセルづくりの歴史や歩みを紹介しながら、ランドセルがどれだけたくさんのパーツからできているか、一目でご覧いただけます。実験室をイメージした空間では、ランドセルの機能を体感性・耐久性・快適性・安全性・ 利便性に分けて紹介。ミュージアムの窓からは併設している工場の様子も見られます。
ランドセルは一生に一度の買い物です。お客様は事前に調べたり、実際に背負ってみたりして、時間をかけて納得いくものを選びます。現在はコロナ禍で入場を予約制にしていますが、収束したらたくさんのお客様にお越しいただきたいです。
――コロナ禍の影響はいかがでしたか。
実は、売り上げは前年よりも5%増えました。利益面でも増益です。ランドセルそのものが、比較的コロナ禍の影響を受けにくい商品であることに加えて、コロナ禍へのスピーディーな対応が奏功したと考えています。
具体的には、オンラインストアのお客様にランドセルのサンプルを貸し出す「試着貸し出しサービス」や、「LINEでの通話接客サービス」です。以前からアイデアとしてはあったのですが、実現していませんでした。それが、いざコロナ禍となったときに、スピード感を持って進めることができ、業績にもつながりました。
――これは、泉さんのアイデアなのでしょうか。
私ではなく、営業の現場から生まれたアイデアです。今までは、できない理由を並べてやらなかったのが、最近は「どうすればできるか」という発想に切り替えて、課題を解決できるようになりました。
――長期的には少子化でランドセル市場の縮小は避けられません。対策はあるのでしょうか。
18年からランドセルの海外展開を進めています。子ども向けは中国や台湾にターゲットを絞り、20年からはドイツで、大人向けのバックパック「SICOBA(シコバ)」を発売しました。クラフトマンシップが根付いていて、一つのものを長く大切に使う文化が、セイバンのものづくりに対する思いと親和性があると考えたからです。今後数年かけて、欧州市場にもチャレンジしていきます。
他にも、大人向けバッグのブランド「MONOLITH(モノリス)」を立ち上げました。ランドセル同様に耐久性、機能性、合理性を重視しています。
――泉さんと同じように、家業の経営改革に取り組んでいる後継ぎの皆様へのメッセージをお願いします。
失敗を恐れずにチャレンジしてほしい。まさに、サントリーの「やってみなはれ」精神です。今の時代は特に変化が速く、何が正解なのかわかりません。昨日までの正解が今日から間違いになったということも起こりえます。
柔軟性を持って改善し続けていく思いで、どんどん新しいことにチャレンジしていくバイタリティー、そして失敗を克服するスタミナが必要です。現状に満足して立ち止まることなく、さらに良くするにはどうすればいいかを考え、行動し続けることを大切にしてほしいと思います。
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。