「べっぴんさん」の孫が進めたデザイン経営 ファミリア創業理念への回帰
アップル社などが推進しているデザイン経営を、中小企業はどうやって採り入れればいいのでしょうか。クリエイティブ企業・ロフトワークが2020年3月に開いたイベント「中小企業のデザイン経営」のリポート2回目は、ファミリアなどの子ども関連企業3社によるデザイン経営の実践例を伝えます。
アップル社などが推進しているデザイン経営を、中小企業はどうやって採り入れればいいのでしょうか。クリエイティブ企業・ロフトワークが2020年3月に開いたイベント「中小企業のデザイン経営」のリポート2回目は、ファミリアなどの子ども関連企業3社によるデザイン経営の実践例を伝えます。
ベビー・子ども関連ブランドのファミリア(神戸市)社長の岡崎忠彦さんは、創業者の1人である坂野惇子氏の孫にあたります。しかし、若いころ、家族からは「お前だけは絶対に会社に入れない」と言われていたそうです。
最初は家業に入らず、アメリカでデザイナーとして活動していました。「ドイツの美術学校の教育フォームを基本にして、グラフィックや写真、そして歴史を勉強することの大切さを学びました。グラフィックデザイナーの八木保さんからデザインの基礎をたたき込まれたのも、大きな経験でした。八木さんからは、『本物を見なあかん』と常に言われていました。いかにディテールにこだわるかを学びました」
岡崎さんがアメリカで活動したのは1990年代です。「アップル社のスティーブ・ジョブズが活躍していて、Think different(アップル社が仕掛けたプロモーションのキャッチコピー)という言葉にも影響されました」と振り返ります。
その後、2003年にファミリアに入社し、2011年に社長に就任しました。ファミリアは百貨店とともに事業を拡大していきましたが、バブル崩壊をきっかけに売り上げが下降線をたどっていました。「最悪の状況から社長をスタートしました」という岡崎さんは、創業の原点を見つめ直しました。
「1950年に創業した時は、ママ友4人が始めたベンチャー企業でした。創業者たちは、戦後、焼け野原になった日本を復興するには、子どもがいかに健やかに育つかが大切になるという思いを抱きました。当時のようなベンチャーマインドを持つことを意識して、ビジネスを続けています」
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2016年には祖母をモデルにしたNHK朝の連続テレビ小説「べっぴんさん」が放映され、社員も原点を勉強し直すきっかけになったといいます。
岡崎さんはファミリアを子供服の販売だけでなく、「子どもの可能性をクリエイトする企業」と位置づけ、「for the first 1000days」というビジョンを定めました。この言葉は、妊娠から赤ちゃんが2歳の誕生日を迎えるまでの1000日間を意味しています。「三つ子の魂百までと言いますが、洋服や音楽、食べ物、アートに至るまで、子どもが最初に出会うものを作り出していきたいという成長戦略です」と説明します。
その思いが形となって表れたのが、2018年に移転リニューアルした神戸本店です。プロジェクトには彫刻家の名和晃平さんを起用しました。「アーティストと仕事をすると、考えられないようなクリエイティブなことができるとワクワクしました」
売り場は美術館のようなアート空間に生まれ変わりました。店内では、子どもたちがものづくりを体感できるアトリエなどを展開しています。親子で利用できるレストランやカフェ、クリニックや託児ルームも完備し、服を売るだけでなく、コミュニティーづくりの場となっています。
デザインの力を最大限に引き出したイベントが、2019年に開催した「こどもてんらんかい」です。ファミリアが開いたワークショップで子どもたちが制作した作品を、ファミリアのデザイナーが忠実に再現して、洋服や雑貨という形にしました。「うちのスタッフたちが自ら手を上げて洋服を作り始めました。子どもの可能性をクリエイトするという言葉を作ってよかったです」と話します。
デザインによる改革は、子どもの未来を広げようとした創業理念を見つめ直す作業でもありました。もちろん、当時と今では時代環境は違います。しかし、岡崎さんはこう話します。「変化が激しい時代には常にアンテナを張っていないといけません。創業者の女性たちが今会社にいたとしたら、全く同じことをしていたのではないでしょうか」
子どもの遊具や教具などを製造販売しているジャクエツ(福井県敦賀市)からは、常務でチーフデザインオフィサー(CDO)の吉田薫さんが、デザイン経営の取り組みについて説明しました。
1916年創業のジャクエツは幼稚園運営からスタートし、子ども用の教材の製造へと事業を広げました。近年は「未来は、あそびの中に。」というスローガンを掲げ、独創的な遊具のデザインに力を入れてきました。吉田さんは「創造性が無ければ、成長は生まれません。遊びの環境をデザインすることで未来価値を創造するという使命を、全社員が持っています」と話します。
ジャクエツは外部のアーティストや研究者と協力しながら、デザイン経営の形を作り上げてきました。2011年からは、プロダクトデザイナー深澤直人さんがデザインした遊具シリーズ「YUUGU」を送り出してきました。
どこからでもよじ登ることができる遊具など、自由な遊び方ができるデザインが特徴です。「従来の遊具は、ここから階段を上ってここから滑る、というルールがありました。でも、この遊具は、触りたい、滑りたいという子どもたちの無意識の行為を創造力につなげています」
地元の福井県立恐竜博物館と一緒に「ディノワールド」という遊具も作りました。それまで、恐竜をモチーフにした遊具のデザインは、恐竜を過度に巨大化させるなどデフォルメしたものが多かったといいます。しかし、ジャクエツは、子どもの成長に必要な運動の要素を採り入れながら、博物館の監修の下、恐竜の頭部の形を忠実に再現して遊具の一部に組み込むなど、知育を意識しました。
教育現場とのコミュニケーションも重視しています。遊具の開発には東京大学や早稲田大学の研究者の協力を得ました。2017年からはデザイナーや建築家、研究者らを集めた「こども環境サミット」を開いています。吉田さんは「子どもを取り巻く環境の質を高めることが、よりよい社会を作る近道だと思っています。日本の幼児教育を世界に発信するのが私たちの使命です」と意気込んでいます。
東京都内5カ所で「まちの保育園・まちのこども園」を運営するナチュラルスマイルジャパンは、地域コミュニティーとの交流を深めるために、施設のデザインを工夫しています。練馬の保育園では園内にカフェを設けて、交流の場を作りました。町内会とも連携し、子どもと大人が一緒になって、お祭りを開いています。
六本木にある保育園では軒先に「まちの本とサンドイッチ」という店を併設し、地域の人と出会う場をつくりました。自然に囲まれた代々木公園のこども園は、エントランスを地域に開かれたコミュニティスペースにしています。近隣にアーティストが多い代々木上原のこども園は、園全体をアトリエに見立てています。代表取締役の松本理寿輝さんは「地域と一緒に学びの場を作ることで、保育園・こども園が街づくりのインフラになれるのではないかと考えています」と話しました。
器を作っただけではありません。社内ではコミュニティーコーディネーターという常勤職員が、子どもたちと地域との橋渡し役を担っています。例えば、子どもが着物に興味を持った時は着付けのプロと交流しました。文化財の茶室を利用して、子どもたちがおもてなしを受けることもありました。
松本さんは「これからは多様性が求められる社会になります。色々な道の存在があるということを示すという考え方で、保育現場を運営しています」と話しています。
ナチュラルスマイルジャパンでは、地域交流によって子どもたちの創造力を育むために、デザインを活用しています。松本さんは「これからの価値観は知識を身につけることから、創造力を育むことに変わってきています。園や学校は社会を追いかけるのではなく、社会そのものを作る場所にならなければいけません。私たちだけで運営しようと思うと限界があります。みんなで子どもたちを支えるコミュニティーを作りたいと思っています」と話します。
こうした実践例は、アライアンスを組む全国の保育施設に共有しているといいます。「子どもの教育環境は競争よりも共創。重要な気づきがあれば、オープンソースにしてみんなで深めていきたいと考えています」
※イベントリポート最終回は岡崎さん、吉田さん、松本さんと、ロフトワーク代表の林千晶さんによるパネルディスカッションの模様をお届けします。
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