自己破産も考えた2代目の再生策 従業員6人の照明メーカーが世界へ
埼玉県八潮市の照明メーカー「ワイ・エス・エム」は、デザイン照明の自社ブランドを立ち上げ、海外の展示会で賞を取るなど注目を集めています。しかし、10年前に前社長が急逝したことで、事業断念の危機に追い込まれたこともありました。復活を担ったのは、29歳で後を継いだ2代目でした。
埼玉県八潮市の照明メーカー「ワイ・エス・エム」は、デザイン照明の自社ブランドを立ち上げ、海外の展示会で賞を取るなど注目を集めています。しかし、10年前に前社長が急逝したことで、事業断念の危機に追い込まれたこともありました。復活を担ったのは、29歳で後を継いだ2代目でした。
ワイ・エス・エムは従業員数6人の小さな町工場で、2代目社長の八島哲也さん(40)が率いています。前身は八島さんの祖父が、戦後に創業したヤシマ照明製作所。当時は東京都文京区千駄木に事務所兼自宅を構え、80年代には従業員が40人以上いて、大手の照明メーカーの下請けをしていたそうです。ところがバブル崩壊とともに経営が悪化。工場を墨田区に移し、その後、現在の八潮市に移転しました。
そして、前社長の叔父が1992年、現在のワイ・エス・エムを立ち上げました。「ワイ・エス・エムはもともと、叔父がヤシマ照明製作所と同じ場所で同じ設備を使い、建築金物を作る会社として設立しました」
当初は、マンションのインターホンとポストなどが一体になったユニットの金具などを手掛けていました。同様の製品が出始めだったこともあって、経営は軌道に乗り、ヤシマ照明製作所より規模が大きくなっていきました。
八島さんはその頃、工業系学校の文化祭を見学したのをきっかけに、工業科がある私立中学に進学。そして、工業高校、工業系の大学へと進みます。卒業後は住宅販売会社を経て、ワイ・エス・エムに入社しました。
ワイ・エス・エムでは板金工として、材料の切断や溶接といったものづくりに励みました。入社した頃は、最高売り上げが2億円に到達するなど、安定した状態でしたが、風向きは一気に変わってしまいました。
「ちょっとしたトラブルで、主要取引先との関係が悪くなったことで、一気に経営が傾く中、先代が急逝してしまいました。遺言には僕と(すでに入社していた八島さんの)同級生3人だったら、会社を立て直せるかもしれないという内容が書かれていました」
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2010年に社長就任。入社から約6年間、現場でのものづくりしかしていなかった八島さんに、経営の重みがのしかかりました。当時は29歳。しかも、経営状態は想像よりも悪かったといいます。入金よりも支払いの方が多く、債務超過寸前のような状態でした。
「銀行の融資も受けられず、経理担当だった先代の奥様から引き継ぎを受けていましたが、そのときは目の前が真っ暗でした」
引き継ぎ後も、保険料の未払いや親戚への借金など、帳簿には記載されていなかった負債が次々と出てきたといいます。そのときは、自己破産した上ですべてを終わらせたいと考えていたそうです。
「完全に逃げることだけを考えていました。そのとき、妻と学生時代からの仲間が支えてくれて、やれることをやろうと腹をくくりました」
最初に、自分たちの技術力を前面に出したホームページを作り、キャッシュアウトしないために政策金融公庫に事業計画を出しました。
「いつこれぐらいの入金が見込めそうだとか、こんな見積もりを出していますという、A4用紙程度の事業計画とも言えないようなものでしたが、200万円ほどの融資を受けられました。そのときに初めて背中を押された気がしました。続いて、先代のときにトラブルになった取引先との関係も修復しました」
八島さんは百貨店などが扱うハイブランドの陳列棚やショーケースなどの什器も手掛けるようになりました。一つずつ形が違う特注で、しかも短納期。でも、そういった厳しい条件をクリアすることで、色々な取引先から仕事がもらえるようになりました。夢中で突っ走った結果、3年で債務超過寸前の自転車操業を抜け出しました。
それは、スタッフ全員が板金から組み立て、LEDの組み込みまでできる多能工だったことが大きかったようです。
例えば、百貨店に納品するショーケースなどは、一般的に板金屋が組み立て、照明の会社がLEDを仕込むことになります。しかし、同社では1人で一連の作業をできるため、短納期で対応できます。そこが評価されて、新規の仕事が増えていきました。
受注仕事を探す中で、飛躍の機会がやってきました。行政のマッチングイベントで出会ったプロダクトデザイナーから、「照明を作って海外の展示会に出したい」と相談されたのです。
「規模の大きい工場だと、一つ、二つだけの注文は売り上げに対して手間がかかるので断られてしまいます。そこで、ワイ・エス・エムが、若手プロダクトデザイナーの仕事を手伝うようになりました」
2013年、デザイナーと協力して初めて生み出したプロダクトが、柔らかい光で空間を優しく照らす間接照明「HOOP」です。イタリアで開催されたインテリア関連の世界的展示会「ミラノ・サローネ」に出品されることになり、クラウドファンディング(CF)で資金を募ると、200万円以上が集まりました。
「オリジナル商品を作っても販路がないのが悩みでしたが、CFで200万円くらい集まりました。僕らが作ったものが、一般の人にも喜んでもらえるとわかりました」
八島さんは、外部のデザイナーとのものづくりをさらに加速。デザイナーのakiiさんと作り出した「NIGHT BOOK」という本型のLED照明が、ワイ・エス・エムを世界へ導くことになります。
「NIGHT BOOK」は、ケースからヌメ革の背表紙を引き出すだけで、本自体が発光。厚さ1.5センチのアクリル版の内部から優しい光が広がる、本好きのための照明です。
東京ビッグサイトで開催されたIFFT(インテリア・デザイン見本市)に出品したところ、海外の展示会の推薦人から評価されて、海外を意識しました。日本貿易振興機構(ジェトロ)が主催している海外のバイヤー向けの商談会にも参加しました。
「スイスの家具メーカーのバイヤーにも気に入っていただき、ジェトロの支援を受けて、19年にフランスで開かれたインテリアの展示会『メゾン・エ・オブジェ』に出展しました」
そうして世界の主要展示会に出店していった結果、「NIGHT BOOK」は世界三大デザイン賞の一つとされるドイツの「iF DESIGN AWARD 2019」をはじめ、中国の「Design Intelligence Award 2018」、香港の「DFA AWARDS 2018」などを受賞。世界のインテリア市場で認められました。
「うちはもともと、イメージスケッチだけあるようなものをカタチにする、設計して製造から組み立て、完成までワンストップでできるのが強みです。板金だけをみれば、もっと良い設備がある会社はたくさんありますが、うちは板金も電気周りも、総合的にできます。それを生かして、若いプロダクトデザイナーの皆さんが、海外発信するお手伝いをしているつもりです」
その後も新製品の開発は続いています。20年には、埼玉県の伝統工芸品「小川和紙」を使った照明「and-on」を作りました。
「メゾン・エ・オブジェにまた製品を出したいと思い、企画したのが『and-on』です。和紙をすく職人さんとは知り合いになっていたので、埼玉県からの補助金を受けて開発しました」
原料に楮(こうぞ)だけを使った手すきの小川和紙を、真鍮(しんちゅう)製枠の両面に貼り付けた和風の照明。丸でも四角でもなく、上も下も、表も裏もない。そんなフォルムと優しい和の光が、20年1月の展示会で好評を博し、 21年のiF DESIGN AWARDを受賞しました。
破綻寸前の会社を突然継いだ八島さんは約10年で会社を立て直し、海外で数々の賞を受けるなど、目覚ましい成果を見せました。国内でも、JR九州の特別列車「36ぷらす3」や、渋谷ソラスタの照明を手掛けるなど、仕事の幅が広がっています。
売り上げは最盛期と比べるとまだまだですが、利益率はアップしています。オリジナルブランドの売り上げも好調で、全製品に占める割合は、20年は5%程度でしたが、21年はすでに10%を超えています。同社もコロナ禍の影響を受けましたが、オリジナルブランドが穴埋めしてくれました。
「コロナで百貨店の什器が止まり、観光列車の仕事も影響を受けました。20年の売り上げは前年比1割減、21年はさらに1割減というイメージです。ただ、オリジナルブランドが無ければ、危なかったと思います」
八島さんは「オリジナル商品が、ビジネスの主軸になるのではなく、オリジナル商品で私たちの想いや技術を知ってもらうことで、最も利益率の高い特注照明の受注につながっています」と語ります。
八島さんが事業を再生できたのは、苦境から逃げずに、何でもできることからスピーディーに動いたからと振り返ります。
「『小売りも手掛けたことがないのに海外進出なんて』と思われがちですが、海外の方は会社の大小や従業員規模ではなく、デザインや機能面で、フラットに製品を見てくれます。僕一人では何もできませんが、デザイナーさん、スタッフ、協力会社など色々な人に協力してもらって、物事を素早く進めることで信頼を得られました」
従業員6人の町工場で作ったオリジナル照明は、日本の蔦屋家電、パリのルイ・ヴィトンミュージアム、スイス・バーゼルにあるヨーロッパ最大級の家具メーカー「VITRA SCHAYDEOT」のミュージアムショップなど、高い評価を受けている照明器具を扱う店で、販売されています。
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