緊急事態宣言で催事が消えたいかめし屋 3代目が仕掛けた反転攻勢
北海道森町の有名駅弁「いかめし」を製造する「いかめし阿部商店」の今井麻椰さん(30)は、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令中だった2020年5月、3代目社長に就任しました。インタビュー後編では、コロナ禍で同社の中核事業である百貨店催事の消失という大ピンチを、どのような工夫で乗り越え、反転攻勢につなげたのかを伺いました。
北海道森町の有名駅弁「いかめし」を製造する「いかめし阿部商店」の今井麻椰さん(30)は、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令中だった2020年5月、3代目社長に就任しました。インタビュー後編では、コロナ禍で同社の中核事業である百貨店催事の消失という大ピンチを、どのような工夫で乗り越え、反転攻勢につなげたのかを伺いました。
――コロナ禍で百貨店などの催事が軒並み中止になりました。
いかめし阿部商店は、百貨店や物産展での売り上げが約9割を占めています。社長に就任した20年5月はちょうど1回目の緊急事態宣言中で、催事はゼロになりました。
現場に行きたくてもかなわない状況だったので、周囲の方々の知見を頼りに、急きょeコマースプラットフォーム「BASE」を利用して、オンラインショップを立ち上げることにしました。
それまでは、催事での実演販売を重視してきました。「レトルトはやるな」という創業者の教えもあり、父の代でも通販事業に踏み出すことはありませんでした。
ある意味、タブーを破る新規事業でしたが、少しでも販売活動を止めないため、背に腹は変えられませんでした。
催事での売り上げとは比べられませんが、レトルトのいかめしやオリジナルデザインのTシャツを扱ったところ、予想外に多くの注文をいただき、手応えを得ました。
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――今井さんはバスケットボールのリポーターも務めています(前編参照)。ファンの方の応援も大きかったそうですね。
たくさんのバスケファンの方々に、商品を買っていただきました。特にコロナ禍では「いかめしコロッケ」という商品の賞味期限が迫り、大量に余りかねない危機がありました。
SNSやフードロス支援の掲示板で窮状を発信したところ、すべての在庫がなくなりました。それまでの人と人とのつながりで助けられたと思っています。
私自身、オンラインショップ運営は初めて。催事がない間は、お客様からメールで届く注文の受発注や、在庫の管理対応など、自宅のパソコンに張り付いて対応し続けました。慣れない作業でしたが、やれることをやるしかないという思いでした。
――反転攻勢に向けた新規事業について教えて下さい。
レトルト商品は、父の代だった16年、北海道新幹線の開通に合わせて、道内限定の「お土産用」として特別に販売していました。希少性を大事にしながらも、セレクトにこだわりのある意欲的な小売店とはタッグを組むなど、ブランドを守りながらも新たな販路を築く試みもしていました。
レトルト商品を工場で製造する際、どうしても形が崩れてしまうものがあり、それを揚げてお菓子にした「いかめしおかき」を、若年層向けにPRしています。お酒のおつまみになり、女性も好む味の商品です。
また、社長就任と併せて、三印三浦水産(北海道函館市)と業務提携を結んだことで、冷凍のいかめしを製造できる環境も整い、味にこだわりながら開発を手がけています。
いずれも、昔ながらの阿部商店のいかめしを原点にした取り組みです。伝統産品として守るべきところは守り、時代に合わせた届け方を進化させながら、いつまでも変わらない魅力を伝えていきたいです。
――社長に就任し、家業が抱えた課題の解決にどのように取り組みましたか。
高齢の社員が多いこともあり、業務管理の方法が、手書き台帳への記録、電話でのコミュニケーションなど、アナログでした。
メールも十分に使われていない状況でしたが、デジタル化への最初の一歩として社用携帯を配り、LINEも活用。催事ごとにグループLINEをつくって、従業員同士、カジュアルに意見や情報を交換する場にしています。
私が生まれる前から在籍している従業員も多く、子や孫のようにずっとかわいがっていただきました。社長になったからといって、いきなりトップダウンになるのも不自然。風通しのいい関係性を大事にしていきたいです。
――実演販売を行う職人の育成が、課題になっているそうですね。
阿部商店の職人は、いかめし製造に関する長年の経験と体力が必要です。朝早く、いかを解凍するところから始めて、催事中は夜まで調理・販売をしなければいけません。催事ごとに全国を飛び回るので、ホテル暮らしも続きます。
現在は、50~70代の女性が中心で、若い方はなかなか続きません。人材の確保に苦労している状況ですが、従業員から知り合いを紹介していただくこともあります。
私にできるのは、販売に寄り添いながら、職人の配置やホテルの手配、原材料の仕入れや発注、百貨店との契約など、裏方として現場を支えることです。業務内容をデータ化し、スムーズに催事を実施できるように仕組み化することも、自分の役割だと感じています。
――コロナ禍の発生から1年半。販売プロモーションの現状はいかがですか。
20年秋から、徐々に催事が回復してきました。しかし、コロナ前は1日平均で10件あった催事は、現在も多くて5件です。PCR検査を受けてから会場に入るなど、感染防止への対処も必要ですが、職人たちの協力もあって何とか回っています。
社長就任のあいさつも、時間が空いてしまったので、行ったことのない現場にはできるだけ赴いています。
会社を代表して、催事のご担当者や百貨店の責任者の方と話したり、商談したりするのは、社長しかできない仕事です。内心、教えていただくことばかりの状況でプレッシャーで押し潰されそうなこともあります。
父がこれまでつないでくれた関係性を守り継ぐためにも、直接の面談の機会を増やすようにしています。
――阿部商店の社長業と、バスケットボールのリポーター業との「二足のわらじ」を続けるのは、並大抵のことではないと感じます。
今は社長としての基礎を固めながら、毎日、財務を勉強している状況です。日々の業務を全うするのに必死で、今はまだ100%楽しめているわけではありません。
あと3年は苦しいときが続くと思いますが、リポーターの仕事で、バスケからもらう感動が、私を支えてくれています。
Bリーグのリポートに臨む前は、もちろんチームの戦績や選手を予習します。その過程で、さらにバスケが好きになっていきますし、試合では選手のひたむきな姿に勇気をもらっています。
東京パラリンピック開催中は、催事のご担当者から「昨日の車いすバスケ、すごかったね」と声をかけていただくなど、家業のコミュニケーションでも、バスケは一役買ってくれています。
最近は、バスケ以外の野球やサッカーの仕事も増えてきました。スポーツは本当に広く愛されているものです。いかめしの認知拡大のために、今後も積極的にコラボレーションしていきたいですね。
――今井さんは将来、どのような経営者を目指しますか。
父はメディアに出ることが少ない人だったので、自分の持ち味が発信力であることは確かです。いかめしを発展させるために使いたいと思いますが、80年愛されてきた伝統からは、決してぶれることはないようにと思います。
社長はタフな仕事ですし、職人育成など課題は山積みですが、従業員が阿部商店で働くことを心からうれしいと思ってくれるようにするため、環境を整えていきたいです。
スポーツ選手を見ていると、表に出ているのがすべてで、裏の努力の姿は知られることはありません。私も社長業の舞台裏ではどんなに泥臭いことをやっていたとしても、社会において輝く、素晴らしい企業となるようにしていきたいです。
外国では未到だった、欧州でのいかめし展開も目標の一つにしています。
――日本はまだまだ女性経営者が少ないのが、課題になっています。同じような立場の女性、または後継ぎを目指す女性へのメッセージをお願いします。
家業の継承は想像を絶する大変さでした。将来的には結婚して子どももほしいですが、今はプライベートの時間がまともに取れない現状です。ライフステージが気になる一方、唯一無二の自分らしいライフスタイルをつくっている実感はあります。
最近、取引先の方から「これからは女性の時代だから」という励ましをいただくことも増えてきました。父の代から代替わりしてがっかりされることがないよう、結果で応えていきたいと思います。
「本気さ」が常に問われていますし、簡単な道ではないと感じていますが、「一緒に頑張っていきましょう」と伝えたいです。
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