「上司に報告しなくていい」 キング醸造7代目が目指すボトムアップ
兵庫県稲美町のキング醸造は、料理酒や本みりんなどに代表される「日の出」ブランドの調味料を展開しています。2019年に就任した7代目社長の大西浩介さん(44)はボトムアップ型の組織作りを手がけ、社員に商品開発やSNSのプロモーションなどを一任。日の出ホールディングス(HD)の中核企業を率いる立場として手腕を発揮しています。
兵庫県稲美町のキング醸造は、料理酒や本みりんなどに代表される「日の出」ブランドの調味料を展開しています。2019年に就任した7代目社長の大西浩介さん(44)はボトムアップ型の組織作りを手がけ、社員に商品開発やSNSのプロモーションなどを一任。日の出ホールディングス(HD)の中核企業を率いる立場として手腕を発揮しています。
目次
キング醸造は1900年、大西さんの高祖父・猪太郎氏が焼酎づくりから事業をはじめました。
その後、製造を手がけた「日の出みりん」ブランドを広めて、現在は糖質ゼロのみりんが看板商品の一つになっています。また、75年に発売を始めた料理酒はトップシェアを占めるようになりました。従業員数は約270人になります。
現在はキング醸造を中核企業とし、酒造や物流など国内8社、海外4社を抱える日の出HDとなりました。
大西さんは4代目社長の長男として生まれ、幼いころは自宅の隣に会社と工場がありました。工場の中で遊ぶこともあり、子どもながらに家業の大きさは感じていたといいます。
大学では経営学を学び、卒業後の2001年、自動車関係の会社に就職します。会社の予算作成など数字周りの仕事を手がけ、06年に家業のキング醸造に入社しました。
「大学に入学してからは、キング醸造の社員と飲み会などで打ち解けて話をする機会も増え、家業の存在が身近になってきました。どこかのタイミングで戻ることは自然だったように思います」
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キング醸造に入社後は、営業、総務、生産の各部門やグループ会社出向など、一通りの業務を経験しました。
自動車業界と比べ、食品業界は1円単位のお金により厳しいと感じました。「デフレ時代で『今日買うよりは明日買った方が安い』とも言われていました。商品価格で1円、2円の違いは大きく、会社においても無駄な出費がないように意識を新たにしました」
当時は中四国エリアの営業担当を務め、先輩に付いて商談を一から学びました。「1回あいさつをしただけでは、なかなか名前まで覚えてもらえません。何度も名刺を渡して連絡を続けることを意識しました」
成長と同時に経営課題も感じていました。「当時は社長のリーダーシップが強く、トップダウン型でした。それで成功した面もありますが、ボトムアップの部分は少々弱かったかもしれません。また、高付加価値の商品も少なく、いずれは作らなければいけないと感じていました」
キング醸造は1980年代から中国や東南アジアに進出するなど、海外にも目を向けていました。大西さんも海外担当役員としてタイの工場立ち上げに関わりました。
意識したのは現地の文化、特に時間の感覚を尊重することでした。「タイの方は、よりゆっくりと物事を進める印象があります。せっつくと大概うまくいきません。余裕の持ったスケジュールを作成し、こちらも余裕を持つように意識しました」
同社がグループ会社を置くシンガポールでは、現地の顧客に向けた調味料の製造販売に力を入れていました。その際は、日本とは違った「わかりやすさ」が求められました。
「たとえば、めんつゆを作っても『めんつゆ』という言葉だけでは伝わりません。そばつゆ、うどんつゆというように名前を変え、写真も入れて分かりやすく、魅力的に伝えるようにしました」
大西さんは高付加価値の商品を仕掛けていきます。「国内は人口減が見込まれるため、スーパーに卸すだけでなく、外食や学校給食など業務用にも力を入れ始めるなど、販売先や商品アイテムを少しずつ変えていきました」
2015年に発売した「燻製-薫-Sweet」は、家庭で手軽に燻製の香りとコクが楽しめる調味料で、「FOODEX美食女子グランプリ」を受賞し、一時は半日で千本を超える、記録的な売り上げを記録しました。糖質ゼロや糖質オフの調味料も広めています。
大西さんは19年、満を持してキング醸造の7代目の社長に就任しました。グループ企業全体を統括する日の出ホールディングスを率いる立場として、トップダウン型からボトムアップ型の経営を意識しました。
「あるグループ会社で問題が起こったとして、それをどのように解決するのか。グループ会社の代表取締役が持つ権限をきっちりと整備し、各社の自主性を尊重するように考えました」
グループの定例報告会など、情報共有の場をより重視し、一定の役職以上を持つメンバーが、各会社の現状を常に把握できるように意識したといいます。
「消費者品質を実現する先進的行動企業」という企業スローガン、行動指針となる「日の出スピリッツ」も誕生しました。
キング醸造は2020年の創業120年を記念し、新たにスイーツブランド「ORYZAE JOY(オリゼージョイ)」を立ち上げました。
醸造粕を使ったスイーツやスムージーで、クッキーに酒粕配合のチョコを使ったショコラサンドや、酒粕パウダーを使用したジンジャーラテなどになります。
大西さんは開発にあたってもボトムアップを意識しました。「部署横断のチームを作って商品開発を任せ、『部署の上司には何も報告しなくていい』と言って、若手メンバーで自由にやってもらいました」
「ORYZAE JOY」には、持続可能な開発目標(SDGs)への積極的なコミットという意味もありました。キング醸造で生成される醸造粕は、年間数百トンほど存在します。漬物の材料や肥料として活用されますが、食物繊維が豊富で栄養価も高い発酵食品のため、有効利用できないか、というのが着想のきっかけでした。
粕は時間がたつと発酵するため、日持ちが良くないのが欠点でしたが、パウダー化によって長持ちさせ、スイーツやラテに生まれ変わったのです。
「一人ひとりの社員の思いをどう形にするかが重要です。経営陣が答えを持っている時代ではありません。社員の声を吸い上げて形にすることが、短期的な売り上げの増減よりも意義があると感じたんです」
「ORYZAE JOY」は発売開始以来、さまざまなメディアに取り上げられるなど注目を浴びています。みりんや調味料の老舗というイメージの強かったキング醸造の新たな可能性を開拓しました。
新型コロナウイルスの感染拡大で内食需要が増え、400ミリリットルの料理酒をはじめとする商品の売り上げは上昇しました。大西さんはそれに満足せず、新たな取り組みを始める必要を感じました。
「みりんや料理酒など基礎調味料を使う家庭が減り、めんつゆなどの合わせ調味料が使われるようになりました。商品の認知度は、20代や30代の方には決して高いとは言えず、情報発信をしっかりやらなければいけませんでした」
そうして立ち上がったのが「日の出自炊女子部」というプロジェクトです。日の出みりんブランドの調味料や、料理のレシピなどを参加者に送り、できた料理をインスタグラムで拡散してもらう試みになります。大西さんはこれも、社員でつくったチームに運営を任せています。
21年2月に開始し、第1期、第2期で各300人ずつの参加者を数えました。第3期からは企画名を「日の出自炊部」に改め、男性も参加可能に。現在は4期目で合計で1200人が参加し、インスタには連日、豊富な数のレシピがアップされています。
キング醸造のホームページも見直し、調味料の特色や使い方を一から解説するページを新設しました。レシピの写真は豊富で、みりんや料理酒、また調味料の可能性の広さが伝わってきます。
「こうした取り組みは、すぐに効果が望めるわけではありません。ただ、若い年齢層の方にアピールできるので、会社への信頼度のアップにつながりますし、長期的な売り上げのアップも期待できるはずです」
洋食に合う日本酒の輸出を行いつつ、地元稲美町との連携を深める「グローカル戦略」も進めています。
現在、輸出先は計47カ国にのぼり、ワイン酵母を利用した「薫り華やぐ純米酒」がヒットしました。稲美町のもち米を使った本みりんや、大麦を使った焼酎の開発なども行っています。
海外展開と地元に根差した商品の開発は一見正反対に見えますが、大西さんは「地域の目線を大事にする」という意味では同じと語ります。
「地域でどのような商品が支持されているか、深く分析をした上で戦略を考えなければ、ただ商品を売るだけになってしまいます。日本でも海外でもその地域をきちんと見つめなおすことが大切なんです」
同社では「お客様相談室」に寄せられた要望は全社員がチェックできるようにしています。「私たちのような食品メーカーで、お客様と距離ができてはいけません。社長だけではなく、社員一人ひとりがユーザー目線で考えられないメーカーに勝機は訪れません」
大西さんは「無理難題をどんどん言う社長でありたい」と言います。「社員の力を引き出すためには、新しい課題を常に設定して前を向き続けることです。もちろん待遇をアップすることは前提ですが、会社としてのパワーは挑戦から生まれます」
そうした姿勢は、確かに社内に浸透しています。22年5月には、本格麦焼酎「六条の雫」が「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)2022 焼酎部門」で金賞を受賞するなど、飛躍を遂げています。
大西さんは家業の後継ぎとして次代への継承も見据えています。「会社というのはつぶさないことが大事で、次の人に渡すまで預かるものと思っています。大変な状態ではなく、いい状態で渡し、やめるまでにちゃんと引き継ぐシステムを作りたい。それが後継者の役割だと思っています」
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