看板商品を育てた父が急逝 七條甘春堂8代目が広げる京菓子の可能性
150年以上続く和菓子屋「七條甘春堂」は、神社仏閣が点在する京都市東山区で親しまれています。先代の急逝で存続が危ぶまれましたが、三女で8代目の木ノ下晃帆さん(31)が、SNSを駆使したりパッケージを統一したりして、京菓子の新しい可能性にチャレンジし、伝統を守りつつ若い顧客の獲得と製造の効率化に成功しました。
150年以上続く和菓子屋「七條甘春堂」は、神社仏閣が点在する京都市東山区で親しまれています。先代の急逝で存続が危ぶまれましたが、三女で8代目の木ノ下晃帆さん(31)が、SNSを駆使したりパッケージを統一したりして、京菓子の新しい可能性にチャレンジし、伝統を守りつつ若い顧客の獲得と製造の効率化に成功しました。
目次
東山区は清水寺や三十三間堂など、京都の歴史や文化を象徴する場所です。七條甘春堂がこの地に店を構えたのは、幕末の1865年になります。
以来、東山にわく清らかな井戸水と上質な素材、卓越した技に、古都の歳時記や風情を重ね合わせた伝統の和菓子を作り続けてきました。
中でも、木ノ下さんの父・亮さんが考案した、鮮やかな青色が映えるようかん「天の川」は、同社の看板のお菓子になっています。現在は母圭子さんを筆頭に、約60人のスタッフで7店舗を展開し、約120のアイテムを製造・販売しています。
「幼い頃は和菓子が嫌いやったんです。子どもには地味に見えるでしょう」。木ノ下さんはちゃめっ気たっぷりに話します。
とはいえ、両親の姿を見て「いつかは家業を手伝うことになる」とぼんやり思っていたそうです。
亮さんは「京都は古いしきたりのある街やけど、今は女性でも後継者になれる時代。やる気がある子が継げばええ」と言っていたそうです。
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木ノ下さんにも「(父と)一緒に仕事がしたい」との思いが芽生えました。
木ノ下さんは医療系の専門商社で3年働いた後、5年前に七條甘春堂へ入社しました。
店頭で販売に携わり、接客や商品の在庫・売り上げの管理にいそしんでいた矢先の2019年初夏、亮さんが66歳で急逝しました。
新しいもの好きの亮さんは、さわりたがりで、やりたがり。新しいゲーム機が発売すれば手に入れて我が子と遊び、インターネットがブームになればホームページを自作していました。
人並み外れた好奇心と行動力で、生前は500以上もの和菓子の試作品を生み出しました。その一つが「季節を感じてもらえるお菓子を作りたい」との思いから生まれた青色のようかん「天の川」です。
発売を開始した1990年代ごろから「きつい色」「けったいな青色」と言われてふるわず、以後25年もの間、日の目を見ませんでした。しかし、2015年ごろからツイッターの投稿をきっかけに爆発的にヒット。看板商品の一つになりました。
あまりにも大きな存在を失った同店は売り上げが下がり、存続も危ぶまれることに。木ノ下さんは「業界から『七條甘春堂はもうあかん』と思われてもおかしくない状況でした」と振り返ります。
しかし、七條甘春堂の歴史と従業員の生活を止めるわけにはいきません。家族は悲しむ間もなく父親の足跡をたどるところから始めたそうです。
亮さんの急逝から約半年後の20年初頭、新型コロナウイルスが拡大すると、観光客は跡形もなくなり、同店も営業時間を短縮する事態になりました。
さらなる苦境と思いきや、木ノ下さんはそれほど動じなかったといいます。
「父が亡くなった直後は、目の前の仕事があり続けたので、今後のことを考えなくてはいけないと思いながらも動けずにいました」
「コロナ禍になってからは、店を整えるためにじっくり考えられる良い機会をいただいたと思いました。その時に、父がこの店をどのように切り盛りしていきたかったかを思い出し、代わりに私たちができることを探りながら進めました」
業績回復を掲げ、店の現状と「変えたくない伝統」を洗い出してみました。伝統とは、製造力、高品質な素材、京菓子の製法、自家製のあんこ。一方で、商品の見せ方が弱いことが課題だと感じました。
同店のロングセラーには、お菓子でできた抹茶碗「遊心一茶『抹茶器』」や煎茶碗「遊心一煎『煎茶器』」があります。
しかし、ユニークなオリジナル商品であるにもかかわらず、リピーターからの注文がほとんどで、価値が多くの人に知られていなかったのです。
ほかには商品サイズの問題もありました。そのきっかけは、木ノ下さんが販売員時代に店頭で耳にした「ようかんは大きくて食べきれない」という顧客の声でした。
競合他社が商品サイズを縮小するなか、同社は昔ながらの一棹単位にこだわっていました。しかし、「購買意欲は持っていただいているのに、サイズが合わずに買いにくいのはもったいない」と痛感したといいます。
「父自身、大好きな京菓子への思いが商品に表れていたのだと思います。どの商品も大体大ぶりなのは、和菓子好きなお客様に思う存分食べていただきたいという気持ちがこもっていたからなのでしょう。今後は、私どもの残したい伝統はそのままに、お客様の声も少しずつ採り入れていきたいと思いました」
「七條甘春堂の商品を知らないお客様にも、受け入れていただける」を目標に、インターネットによるPR戦略、サイズ展開の統一、在庫管理の見直し、パッケージのリニューアルなどに着手しました。
インターネットによるPRでは、木ノ下さんの代からSNSと公式サイト、ECサイトに注力しました。
スマートフォンに未対応だったり、自分たちで撮影した写真を使用していたりした公式サイトを21年に改修。すべての撮影をカメラマンに依頼して世界観を統一し、美しいビジュアルの数々がユーザーに支持されました。
インスタグラムも活用し、投稿は商品の画像に限定。19年は800人だったフォロワーは22年現在、1600人に伸びました。
ECサイトもテキストの表現をブラッシュアップしつつ、これもプロのカメラマンに商品撮影を依頼。商品を美しく魅力的に訴求し、21年のECサイトの売り上げは19年と比べて200%増となりました。
ようかんのサイズ変更にも踏み切りました。一般的なようかんの一棹が400グラム前後なのに対し、同店では21年8月から200グラムに統一したのです。
「ようかんは切り分けるもの、という伝統は壊したくありませんでした。サイズを縮小しても、1人でも食べきれるしシェアも可能なボリュームにしました。カットした時の見栄えも大切にしつつ、手にとっていただきやすいのではと考えたからです。結果的に、今の時代に合ったサイズにおさまったと思います」
サイズ展開が多様化していた他の商品も全て大きさをそろえ、化粧箱一つに詰め合わせられるように改良しました。
商品ごとに異なっていたパッケージも、統一感のあるデザインにリニューアル。たとえば「天の川」「金魚」「爽や菓」など、趣向を凝らした華やかなようかんは、箱をシンプルな仕様に変更することで、封を開けたときに驚きを感じられる商品ビジュアルにしました。
商品の在庫も先代までは感覚で管理していましたが、ITツールを導入し、データを活用するようにしました。
先代までは製造数を感覚的に昨対比で管理していたため、天候や社会情勢などの変化で売り上げがふるわず、大量に在庫を抱えてしまうこともあったといいます。
そのため、どの時期に売れているのかをITツールで管理することにしました。データが蓄積されるにつれて販売予測がある程度可能になり、特にようかんは完売する場合もあるなど、廃棄ロスを削減できました。
また特定の商品を追加販売する場合、木ノ下さんは「追加で売る前に店頭のスタッフと相談します」と話します。
「父は自分の一存で販売数を決めていましたが、私は『自分ではこのように思うけど、みんなはどうですか』と意見を求めるタイプです。『責任をもって売るから作ってほしい』という現場の能動的な意識付けが重要で、その姿勢が廃棄ロスの削減につながっていると思います」
様々なリニューアルを行う際に大変だったのは「当たり前を崩すことだった」と話します。
例えば、製造現場の導線は長年煩雑な状態になっていたものの、それが当たり前になっていました。
木ノ下さんは職人たちと「これは直した方が効率がいいですよ」などと話し合いながら、一緒に一歩ずつ変えていきました。中には環境の変化に難色を示していた職人もいましたが「私もやりますからやってみてください」と促しました。
「ベテランの職人からすれば私は孫のようなもの。『子どもがまた何か言うとるわ』ぐらいの感覚だったかもしれませんが、それでも話を聞いてくださいました。もちろん、職人さんがやりにくいと感じたら話し合います。私の要望を押しつけるのではなく、コミュニケーションが大切です」
木ノ下さんは大きなチャレンジにも踏み切りました。新しい和菓子「ブーケかん」の開発です。近年、飲食業界で話題になっている生の食用花「エディブルフラワー」を、月替わりで使用しました。
滋賀県でエディブルフラワーを生産・販売している山崎いずみさんから提案されたのがきっかけになりました。「お花がすごく素敵で。この美しさを形にしたい。そんな思いから、生まれた商品です」
フルーティーな紅茶、白あんといちじく、エディブルフラワーの3層からなる斬新なようかんは、構想から1年をかけて完成した力作です。
花を美しく見せつつ、おいしさも妥協しないための苦労があったようです。
最初は花をようかんの中に散らそうと考えましたが、火を通すと花びらがしぼんでしまったり、花の良い香りが失われてしまったり、イメージとかけ離れたものになってしまいました。
「お花の美しさと味わいを壊したくなかったので、できる限りそのままの姿でお客様にお届けすることにしました。あくまでメインはお花で、ようかんは添え物という考えです。個性的な香りの花は、紅茶で香り付けをして食べやすくしました」
その味わいとビジュアルは、従来の和菓子の印象を覆すものになりました。
七條甘春堂では、和菓子を作るうえで大切にしている約束事が七つあります。
亡き父が精魂込めて作り上げた「天の川」と、その娘が生んだ「ブーケかん」。どちらも全く異なるようかんですが、七つの約束事を採り入れた和菓子になっています。
「父がやり残した志」が確実に受け継がれているだけでなく、子が思い描く和菓子の形が、七條甘春堂の歴史に新たな1ページを残すことになりそうです。
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