目次

  1. 家業への思いを募らせて
  2. 大きな存在の父を失って
  3. コロナ禍で覚悟を決めた
  4. 課題は商品の見せ方
  5. EC売り上げが200%増
  6. ようかんのサイズ変更に踏み切る
  7. データを活用した在庫管理に
  8. 職人たちと話し合って変える
  9. 食用花を使った「ブーケかん」
  10. 七つの約束事を受け継いで

 東山区は清水寺や三十三間堂など、京都の歴史や文化を象徴する場所です。七條甘春堂がこの地に店を構えたのは、幕末の1865年になります。

七條甘春堂の店内

 以来、東山にわく清らかな井戸水と上質な素材、卓越した技に、古都の歳時記や風情を重ね合わせた伝統の和菓子を作り続けてきました。

 中でも、木ノ下さんの父・亮さんが考案した、鮮やかな青色が映えるようかん「天の川」は、同社の看板のお菓子になっています。現在は母圭子さんを筆頭に、約60人のスタッフで7店舗を展開し、約120のアイテムを製造・販売しています。

 「幼い頃は和菓子が嫌いやったんです。子どもには地味に見えるでしょう」。木ノ下さんはちゃめっ気たっぷりに話します。

 とはいえ、両親の姿を見て「いつかは家業を手伝うことになる」とぼんやり思っていたそうです。

せんべいを製造している様子(七條甘春堂提供)

 亮さんは「京都は古いしきたりのある街やけど、今は女性でも後継者になれる時代。やる気がある子が継げばええ」と言っていたそうです。

(続きは会員登録で読めます)

ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。