社員の定着率を上げるには 効果的な3つの方法を事例を交えて解説
社員の定着率を向上させようと職場環境改善を実施しているが、なぜか離職が止まらない企業、なぜ定着率が向上しないかわからない企業……。そんな悩みを持つ企業に向けて、定着率向上のためにどのような取り組みが必要なのか、組織コンサルティングを専門としている中小企業診断士がわかりやすく紹介します。
社員の定着率を向上させようと職場環境改善を実施しているが、なぜか離職が止まらない企業、なぜ定着率が向上しないかわからない企業……。そんな悩みを持つ企業に向けて、定着率向上のためにどのような取り組みが必要なのか、組織コンサルティングを専門としている中小企業診断士がわかりやすく紹介します。
目次
定着率とは、「入社した人が、一定期間でどれだけ在籍しているかを表す指標」です。一定期間の設定は状況に応じて変わりますが、基本的には1年間で考える場合が多いです。
定着率が高い会社は、「働きやすい環境が整備されている」「コミュニケーションが良好」「能力や成果に応じた公平な評価・給与体系」など、“働きやすさ”と“働きがい”へのケアが適切に実施されており、業績や財務状況が良好な傾向が高いです。
定着率が低い会社はその逆で、働きにくく、働きがいも感じにくい場合が多く、その不安定さが業績や財務状況にも悪影響を及ぼすことが多いです。ただし、ベンチャーやスタートアップ企業の場合、環境変化が早いために、役割を終えた人材が早々に円満退職することもあります。その場合の定着率の低さは一概に悪いものとはいえないことも、頭に入れておきましょう。
定着率の計算方法は、以下の通りです。
定着率 = (入社人数 - 退職人数) ÷ 入社人数 × 100 |
例えば、今年の4月に10人入社し、翌3月までに2人退職している場合、(10-2)÷10×100で、定着率は80%です。
離職率は、定着率と逆で、「入社した人が、一定期間でどれだけ退職しているかを表す指標」です。定着率が80%であれば、離職率は20%ということになります。
日本企業の定着率平均は、厚生労働省の「雇用動向調査」からわかります。2020年の離職率全国平均は14.2%ですので、定着率の全国平均は85.8%です(参照:令和2年雇用動向調査結果・1 入職と離職の推移・(1)令和2年の入職と離職 丨厚生労働省)。
また、同じく厚生労働省が2022年に公表した新規学卒就職者の就職3年以内の離職率は、新規高卒就職者が35.9%(前年度と比較して1.0ポイント低下)、新規大学卒就職者が31.5%(同0.3ポイント上昇)と、新卒採用における離職が定着率に少なからず影響を与えていることがうかがえます(参照:新規学卒就職者の離職状況を公表します丨厚生労働省)。
定着率が高いことによるメリットは以下の通りです。
採用活動では、求人掲載費用や人材紹介会社への費用が発生することはもとより、採用担当の人件費なども含め、ある程度の時間とお金のコストが発生します。また、採用後の教育にかけた費用、時間、一人前になるまでの時間を考えると、このコストを回収するためには数年かかるでしょう。定着率が高ければ、このコストが費用ではなく投資となり利益に結びつきます。
退職者が多い組織は従業員に不安感を募らせることになり、モチベーションが低下しやすくなります。組織にノウハウが蓄積しないうえ、モチベーション低下による生産性低下も招くことになるでしょう。生産性を高めるためにも、定着率は高いほうが良いということです。
定着率が高い組織は、働きやすいうえ、働きがいを感じ、イキイキと働いている人が多いというイメージを持ちやすいため、対外的イメージが向上しやすいです。この好イメージがさらなる人材の確保にも寄与することにもなります。
退職を検討するきっかけとして、「職場の人間関係」や「労働時間・休暇」などへの不満が一般的に言われますが、これら“働きやすさ”の理由だけが退職理由とは限りません。「やりがい」や「自身の成長」、「適切な責任感」など、“働きがい”が失われることで退職を検討する場合も多いため、定着率改善の取り組みは、“働きやすさの向上”と“働きがいの創出”の両方を同時並行的に実施することが必要です。
ただ、“働きやすさ”に対する不満のほうが表出しやすいからか、“働きやすさ”ばかりをケアする企業が少なくありません。そこで、以下では“働きがいの創出”という視点から、効果的な方法をご紹介します。
キャリアパスとは、職歴(キャリア)と、その道筋である(パス)を組み合わせた言葉で、従業員が職場の中でどのようなキャリアを積み、どう成長していくのかの道筋を示したマップのようなものです。
成り行き任せのOJT(On the Job Training)で、目の前の仕事だけを振られていたのでは、今後の成長への不安を感じてしまいます。一方、キャリアパスを明確にすれば、1年後、数年後、この会社でどう成長すればいいのかのイメージがつき、モチベーションの向上につながります。また、自身の目標と組織の目標を結び付けやすくなり、主体的に仕事に取り組む姿勢が生まれやすくなります。
キャリアパスはいくつかの階層ごとに、業務遂行にあたって求める行動や業務を定義づけます。また、その業務を行うにあたって必要な知識やスキルを決めます。
階層の設定にあたっては、現在の役職に縛られすぎず、あるべき姿をイメージして定義づけることが肝要です。現状に縛られると「当社には、それだけのポストがないからキャリアパスを作れない」となることが多いためです。
また、現状を意識することは当然ですが、「役職がつくまでの年数が長いため階層が作れない」「主任の次が課長で、主任滞留年数が長い」などの場合でも、滞留年数が長い間に職場が求める能力が同じということはなく、前半期と後半期では求めることの幅も深さも変わることがほとんどでしょう。ですので、その場合は、キャリアパス上の階層をあえて作成することが必要です。キャリアパスの作成は、あくまでも組織のあり方や成長の方向性の道標を作ることです。
日本の企業は、GDPに占める企業の能力開発費の割合が諸外国に比べ、著しく低いと「平成30年 労働経済の分析」でも指摘され、人的資本が蓄積していかないことが懸念されていました。また、政府の「骨太方針2022」の人への投資と分配でも、スキルアップの推進がうたわれており、企業が人材に対して必要な投資を行っていくことこそが、個人と組織を強くするうえで必要だということがわかります。
終身雇用が守られていた時代は、成り行き任せのキャリアアップでも雇用が維持できていたり、教育や育成に投資すると優秀な人が退職してしまうからと、適切な教育を実施してこなかったりしてきた企業もあるようですが、変化の激しい現代では、個人が時代に合わせた考え方、知識、スキルをアップデートしていかなければ個人の成長どころか組織の存続も危うくなります。
終身雇用が崩壊しかかっている今、従業員が職場に望むこととして「どれだけ自分が成長できるか」を挙げる人も多いです。そのために必要な教育の提供は、組織への愛着心や仕事への主体的な取り組みにつながり、組織としての成長につながります。
従業員に必要な教育を提供するときは、先に検討したキャリアパスの階層ごとに設定した必要な知識やスキルに応じて、どのような教育を実施するか計画の策定を行います。教育手法は、研修、Eラーニング、通信教育、OJTなどが挙げられます。
また、階層に関係なく必要となる専門知識の習得なども教育計画に入れておくと良いでしょう。場当たり的な研修実施にならないようにするためと、自身の成長の方向性をあらかじめ意識させるためです。
適切な人事評価制度は、組織に心地よい緊張感を生むと同時に、「この会社は自分の能力やスキルを見てくれている」という従業員の安心感につながります。人材の定着は当然のこと、優秀な人材の創出や能力発揮が難しい人材の成長も期待できます。
適切な人事評価制度を運用するためには、以下を徹底することが肝要です。
定着率向上の成功事例として、筆者が支援した小規模製造業の事例をご紹介します。
この企業は、従業員8人と規模も小さいため、社長が一人親方で営業から製造までをすべて実施する状況でした。管理者を育成したい、工場長を育成したいという願いはあるものの、その期待を込めて採用した人は、全員1年以内に辞めるという状況がこの5年続いていました。
問題の真因は、社長の場当たり的な指導にありました。生産計画は社長の頭の中、育成計画もなく目の前の仕事をただ振られるだけの日々に不安を感じて、数カ月のうちに退職を決意してしまうという状況でした。
そこで、社長の頭の中を可視化することを実施しました。受注や生産計画の共有を行うことで、突然社長から仕事を振られるのではなく、従業員みんなで主体的に生産を考えるようにするためです。また、入社した人が自身の成長に不安を感じることを防ぐために、入社1カ月、3カ月、6カ月、1年、3年とキャリアパスを作成し、キャリアパスに応じて当面必要な教育を体系づけしました。
これらの取り組みを地道に取り組むことによって、新しく入社した管理者候補1名が2年半在籍し、生産性にも良い影響を与えるようになりました。
定着率が高くても、従業員が居座っているだけの組織では企業として成長しません。居心地の良い会社であることは大事ですが、良い緊張感まで失ってはいけません。定着率を企業の成長に結びつけるためには、働きやすい環境の整備と、働きがいを創出できる仕組みの整備の両輪を同時並行的に実施していくことが重要です。
この記事を読んで、定着率向上に関する取り組みを行い、さらなる成長を実現する企業が一社でも多く現れることを祈っています。
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