社長の自分が今亡くなったら? 危機管理の手順をシミュレーション
社長の自分が今急死したら――。そう考える後継ぎ経営者は少ないでしょう。しかし、万が一に備えることが経営リスクを減らし、家族や従業員を守ることにつながります。「ポジティブ終活」シリーズ2回目は、経営者だった父親の急死で苦労した筆者の経験も伝えながら、経営者が亡くなった後に発生する問題と対策をシミュレーションします。
社長の自分が今急死したら――。そう考える後継ぎ経営者は少ないでしょう。しかし、万が一に備えることが経営リスクを減らし、家族や従業員を守ることにつながります。「ポジティブ終活」シリーズ2回目は、経営者だった父親の急死で苦労した筆者の経験も伝えながら、経営者が亡くなった後に発生する問題と対策をシミュレーションします。
目次
後継ぎ世代に万が一の事態が起こると、本人も周囲も想定していない分、家族や社内外での混乱が予想されます。
「経営者の死」でどのような混乱が予想されるのか。そして会社の信用を落とさず会社を存続させて(状況によっては廃業や売却も)、家族や社員が路頭に迷わないための道筋をつけておくことが、後継ぎ世代の使命となります。まずは中小企業庁の「事業承継ガイドライン」で紹介された調査結果「事業を引き継いだきっかけ」をご覧ください。
「先代経営者の死去」と「先代経営者の体調悪化」を合わせた回答が、小規模法人で35.8%、個人事業主では59.9%。中規模法人でさえ経営者の約4人に1人にあたる23.1%にのぼります。調査対象の世代は幅広いですが、年齢に関係なく、引き継ぐ者も引き継がせる者も、万一に備えた準備がいかに大切かが分かります。
そこで極端な例ではありますが、現在後を継いだ経営者のあなたが事故や突然の病気などで急死したと仮定してください。
小さな会社であれば、意思決定者の社長がいなければ業務が回らないところも少なくありません。そのため社長が急死した場合の影響が必然的に大きくなります。
いざという時のため、代表取締役社長が急死した時の対応や、今後の事業のためにチェックすべき確認事項について次のようにまとめました。
↓ここから続き
自宅や職場で突然倒れるケースが想定されます。出先で倒れたり事故に遭ったりして、病院や警察からご家族に連絡がいくこともあるでしょう。
急死の場合、ご家族には驚きとともに深い悲しみと不安が押し寄せるはずです。それでも、従業員や取引先のために会社が滞りなく継続させることが必要です。
まずは経営者の家族であることを自覚し、社長が亡くなったことを会社に知らせなければなりません。緊急時は会社の誰に伝えればいいのか、家族で共有しておきましょう。
社長の代わりに職務を行う職務代行者を決めます。法的に定められたものではありませんが、次の代表取締役が決まるまでの責任者、あるいは物事の意思決定者という意味合いを持ちます。指示系統が定まらないと社内外が混乱するためです。
協議には社内だけでなく、できれば税理士や司法書士など会社のことをよく知っている専門家にも加わってもらうことで、今後の流れが見えやすくなります。社長急死後にやるべきことやそのスケジュールを決め、社内外にどのように伝えるかも協議します。
従業員の不安が大きいほど、関係各所にも不安が広がってしまいます。まずは従業員に説明し、今後のスケジュールを知らせることが重要です。
目の前のやるべきことを従業員が把握するために、社外や家族へどのように知らせればいいかを示すフォーマットがあれば、動揺もかなり軽減されるはずです。
社葬を行うのか、日時はいつなのかといった葬儀についての情報も重要です。
社長の頭の中で資金繰りをしているような会社は大変です。職務執行者と経理担当、税理士で、ここ数カ月の資金繰りを考えて滞りなく事務処理が行えるか確認します。
社員数の少ない会社では「資金繰りは社長のパソコンで管理しており、パスワードがわからず大変だった」という話を聞きます。そもそも金庫の番号がわからず必要な書類が出せないということもあります。
また、資金が不足したとき、社長の個人口座から融通している会社も多いのですが、社長の死後は個人口座が凍結されるので対処が必要になります。
社長のここ数日のスケジュールを確認し、関係各所への連絡を行わなければいけません。手帳にすべて書いているならいいですが、スマホやパソコンで管理していればパスワードや生体認証がなければ開けません。
最新機種のスマホの場合、専門業者に数十万円を払ってもパスワードの解読が不可能だと聞きます。万が一に備えたパスワード管理はデジタル社会では必須と言えます。
社外の関係各所にはどの範囲まで伝えるのかが課題となります。あらかじめリストを作成しておくと漏れがありません。また、融資取引のある金融機関との協議が大切になります。
後継者が親族なのか、社内なのかなど様々なケースがあるでしょう。小さな会社であれば、配偶者か子どもがとりあえず事業を引き継ぐというケースが多いと思います。
ただ、借り入れの連帯保証人の問題などがあり、社内からはなかなか引き受け手がない場合もあります。万一の場合は誰が引き継ぐのか、廃業させるのか。会社の経営状態や相談相手なども含めて事前に決めておくとよいでしょう。
先代の急死で引き継いだ社長たちの苦労は大変なものです。あなたの配偶者や子どもたちが困らないための準備が必要です。
親族で新社長を選任した場合は、自社株をはじめとして遺産相続でもめないような対策が必要です。
経営者の個人財産には事業用の資産や自社株が多い場合があり、事業を引き継ぐ相続人と引き継がない相続人で相続する財産に差が出ることから、感情的に納得できないとトラブルの原因になる場合があります。
また、自社株相当の財産を事業を引き継がない相続人に相続させようとしたところ、株価の評価が高くて他の相続人に財産を手当てできず、相続人間に不公平感が生じるというケースもあります。
新社長が決まり、代表取締役の変更登記が終われば、金融機関をはじめ様々な変更手続きを行わなければなりません。変更手続きがなされていないと業務に支障をきたすだけでなく、罰金の対象にもなるので気をつけましょう。税理士や司法書士への依頼も有効です。
ちなみに、契約者が法人契約となっている保険は新社長でなければ保険金請求ができません。手続きが終わるまで保険金を受け取ることができないので、資金繰りなどに気を付けましょう。
弔慰金や死亡退職金を検討している場合には、事前に社内の弔慰金や退職金に関する規定を整えておくことも必要です。
社長急死にあたって必要なことや事前に準備したいことを、改めて一覧表にまとめました(※図表は筆者作成)。
シチュエーション | 会社のスケジュール | 準備 |
---|---|---|
社長が亡くなった | 家族から会社へ連絡 | ・家族がだれに連絡するか決めておく ・連絡先を家族に渡しておく |
役員などと協議し社長の職務代行を決定 | ・今後のスケジュールを決定 ・社内外へどのように伝えるか要領を社内で統一しておく |
・職務代行者と協議関係者は社内であらかじめ決めておく ・協議関係者には、税理士・弁護士・司法書士など専門家も加わるとなおよい。 |
従業員への社長死亡の報告と職務代行者決定の説明 | ・従業員の不安を軽減させる ・連絡すべき関係先のリストアップと通知文の作成 ・葬儀についても決めておく |
・関係各所の万一リストを作っておく ・葬儀は社葬かどうか。葬儀社で社葬の場合の段取りの説明と見積もりを取っておく |
資金繰りを確認 | 今月、来月の資金繰りを確認 | ・経理担当者だけで動けるようにしておく ・初期対応マニュアルを作成 |
社長のここ数日のスケジュールを確認 | ・アポのキャンセルなど ・事業関連は職務代行者と相談 |
・スケジュールがわかるようにしておく ・パソコンやスマホの暗証番号などを共有 |
関係者への社長死亡の報告と当面の職務代行の連絡 | ・関係者への職務代行者によって業務が進捗することを伝える ・取引金融機関との協議 |
・漏れがないように受発信記録を把握しておく ・金融機関とは事業に差し支えのないように協議 ・業務用に使っている社長の個人名義の預金は凍結されるので対処が必要 |
取締役会で新社長を選任 | 今後の事業の見通しを含めて代表取締役を決定 | 現状がどうなっているのかわかりやすくまとめておく(株主リスト、取締役リスト |
保険金請求や様々な変更手続き | ・それぞれ変更手続きの期限があるものも多いので気を付ける。専門家を頼る ・死亡退職金や弔慰金も |
弔慰金規定や退職金規定など社内規定を整えておく |
確率的には少なくても、社長の「万が一の急死に備えたシミュレーション」は、火災や地震の避難訓練と一緒です。事前にシミュレーションを行えば自社の隠れた弱点を補強するチャンスにつなげられるかもしれません。家族や社員のためにも、事前準備の一覧表を参考に万が一の備えをお願いします。
筆者自身も経営者だった父親の急死で苦労しました。その経験を振り返ります。
50歳で地方銀行を退職した父は、従業員数人の小さな不動産会社を経営していました。バブルを追い風に業績を伸ばし、建売住宅の建築販売など少しずつ業務を広げていました。
しかし、大きなプロジェクトを開始した直後にバブルが崩壊。予定していた銀行からの融資が受けられなくなり、父は資金繰りに困った末に心労がたたり、あっという間に亡くなってしまいました。
当時、私は27歳でファイナンシャル・プランナー(FP)事務所勤務。結婚式を挙げた翌年のことです。
最終的に父は会社や個人名義で銀行以外からもお金を借りていたらしく、葬儀後に様々なところから電話がかかり始めました。営業・企画・資金繰りのすべてを一人でやっていたらしく、従業員たちは会社がどう動いているのか全く分からないといいます。
私たち家族も会社の経営には一切タッチしていなかったので、何が起こっているのかさえ把握できませんでした。
そんな中、専業主婦の母、新社会人の弟と私のもとには数億円の負債と資金ショートした会社が残されました。
周囲の誰が本心で接しているかわからず、頼れる人もいません。県外に就職した弟に母を預けて、1人で戦おうと腹をくくりました。
そこでは「勝ち気で度胸の据わった性格」と宅地建物取引主任者(現・宅地建物取引士)とFPの資格が非常に役立ちました(笑)。
それでも電話はかかってくるし、役所には呼ばれるし、初めてのことだらけで毎日大変でした。
今でも忘れられないのが、父の死の数日後にある金融業者から「ハンコを持って事務所に来い」と言われた時です。
その時の私の判断は「ハンコを持って来いというからには何かある。万一を考えてハンコは持参せず、とりあえず誠意を示すために出向く」というものでした。
たしか、いくつかの不動産を借金のカタに渡すという内容だったと思います。どう考えても筋が通らず、あとあともめるだけの内容です。
私の主張は「今は全体が見えていないので一部の方の話を聞いて印鑑を押すことはできません。ハンコも持ってきていません」の一点張り。それ以外は一切しゃべりませんでした。ちなみに心臓はバクバクです。
色々な言葉で脅されながら何時間経ったのでしょうか…。先方があきらめて無事に家に帰ることができました。宅建資格を持っていたので、多少なりとも法律の知識があり助かりました。
実家も会社の不動産もすべて担保に入っており、明らかに債務超過の状態でした。FPの知識をフル活用し、父の財産・負債を相続すると大変なことになってしまうと思い、我が家の相続放棄の手続きをすべて自分で行いました。
しばらくたって、父の知り合いが紹介してくれた弁護士事務所が間に入り、一緒に戦うことができました。結局、裁判を起こしたり起こされたりと時間がかかりましたが、数年後にすべての残務整理ができました。
そして、もう一つ忘れられないことがあります。父が生前、「数億円の生命保険を解約して事業資金に使いたい」と相談してきました。後で考えると資金繰りで大変な時だったと思います。
「掛け捨ての更新型の保険だから解約してもほとんど戻ってこない」と説明した時の悲しそうな顔が忘れられません。
相当な額の保険料を払っていたので、必要な時にはまとまった解約返戻金が期待できると思っていたようです。
私にとってつらい経験でしたが、やり遂げたからこそ今があるのだと思っています。その後、自分も経営者となり、周囲の皆さんに予防的なアドバイスができないかと考えて、経営者のための「終活」に至りました。
個人の終活が高齢期の人生を輝かせるように、経営者の「終活」によって家族関係や社内を活性化できると考えます。
今回のテーマが、自社の経営のお役に立てれば幸いです。
次回は「家族と会社のお金と終活」について取り上げます。
株主は社長のみで、会社に精通している人がほかにあまりいない会社の場合、社長が亡くなったときでも、近親者は会社の財務状況だけでなく、社長個人の資産・負債状況も把握していないことが多いようです。
社長が亡くなった際の懸念事項や、会社と家族を守るためのお金について準備しておくことが必要です。
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