コロナ禍で始めたこうじスイーツ ヤマト醬油味噌が開く発酵食の未来
金沢市のヤマト醤油味噌は創業110年超の老舗です。みそやしょうゆの醸造に加え、発酵食のテーマパーク「ヤマト・糀パーク」の運営など新しいアイデアを次々と打ち出しています。営業部長の山本耕平さん(37)は、父で4代目社長の晴一さんの背中を追いながら、こうじのチーズケーキ専門店や新しい食品ブランドの立ち上げなどを手がけ、発酵食文化を次世代につなごうとしています。
金沢市のヤマト醤油味噌は創業110年超の老舗です。みそやしょうゆの醸造に加え、発酵食のテーマパーク「ヤマト・糀パーク」の運営など新しいアイデアを次々と打ち出しています。営業部長の山本耕平さん(37)は、父で4代目社長の晴一さんの背中を追いながら、こうじのチーズケーキ専門店や新しい食品ブランドの立ち上げなどを手がけ、発酵食文化を次世代につなごうとしています。
目次
金沢市街から車で15分。港町・大野地区に入ると「ヤマト醤油」と書かれた白い煙突が目に入ります。
同地区は白山山系の豊かな伏流水と北前船が運んだ麦や大豆、能登の塩などを使ったしょうゆ醸造が盛んで、かつては60軒以上の醸造業者があったといいます。2020年5月現在、10軒の業者が残ります。
ヤマト醤油味噌の創業は1911(明治44)年になります。初代は船乗りで金沢と北海道を行き来し、2代目がしょうゆ、3代目でみその醸造を始めました。
その後、現代表取締役の晴一さんと、その弟で工場長を務める晋平さんの「4代目ブラザーズ」が家業を大きく成長させました。現在は従業員数48人、しょうゆ、みそ製品を中心に、扱う商品アイテムは200以上にのぼります。
「一汁一菜に一糀」というライフスタイルを推奨し、現代人の生活に合っためんつゆやドレッシングなどの調味料、玄米甘酒の開発を進めました。
敷地内には体験型の製造直売所「ヤマト・糀パーク」を構えました。食育のための体験学習施設となるキッチンスタジオや、こうじを生かしたランチを提供する会員制の「発酵食美人食堂」など運営し、ファンづくりに努めています。
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晴一さんの長男の耕平さんは営業部長として、ウェブとマーケティングなどを担い「4代目ブラザーズ」を支えています。
耕平さんにとってヤマト醤油味噌は「家庭の味」でもありました。看板商品の一つである「丸大豆生醤油 ひしほ」は、晴一さんが開発したもので、味やパッケージを年々磨き上げています。
「私にとって生じょうゆの香りがずっと身近にありました。自分もいずれお醤油さんをやるのかな、というイメージはありましたね。今は弟も入社していますが、当時も兄弟で家業を継げたら幸せだなあと漠然と思っていました」
耕平さんは神戸の大学を卒業後、貿易会社で営業職に就きました。社会人1年目の冬、当時ヤマト醤油味噌の会長だった祖父が病気になったことをきっかけに、実家に戻ることを決めます。
当時、叔父の晋平さんが開発した「玄米甘酒」の販売がスタートしたタイミングでした。今でこそ人気商品の一つですが、発売当初は難航していました。
耕平さんは「今は健康のために飲む人が増えましたが、当時は日常生活で甘酒を飲むのは一般的ではありませんでした。父と叔父は玄米食などおなかに良いものを取った方がいいという思いで、設備投資もしたのですが、びっくりするほど売れていなかった…。先見の明がありすぎたのかもしれません」と苦笑いで振り返ります。
耕平さんが入社を決意したのはそんな時期でもありました。「少しでも力になりたいという思いだけでした」
ヤマト醤油味噌では、スーパーへの卸売りや海外貿易などのBtoB事業を柱にしていました。耕平さんは当初から営業を担当。「玄米甘酒」の良さがどうしたら伝わるかを模索していました。
耕平さんにとって印象深かったのは、同県野々市市にある健康食品の人気店「のっぽくん」での販売でした。商談の席で同店の社長から「僕は良いと思うけど、うちのお客さんが気に入るかわからないから、とりあえず店頭で売ってみてよ」と言われたといいます。
「商社時代は何百キロ、何千キロという現物も見ていない商品を、価格だけの商談で売っていました。実際に自分が店頭に立つことは思いもしませんでしたが、せっかくの機会なのでぜひやらせていただこうと」
絵を描くのが得意だった耕平さんは「玄米ラテ」と手書きしたポップを作り、玄米甘酒を豆乳で割って「飲む玄米です。召し上がりませんか」と呼び掛けました。
試飲販売を重ねるうちに商品を気に入るお客さんが増え、売れる本数も増えていきました。同店のスタッフも耕平さん同様のセールストークで販売するようになりました。「お店の人が勧めてくれたから」と購入につながることもあったといいます。
「商売の温かさ、面白さを感じました」と耕平さんは振り返ります。
さらなる追い風も吹きました。オーガニック系の食品が集まる東京のファーマーズマーケットで「玄米甘酒」が爆発的に売れるなど、口コミで少しずつ人気が広がり、売り上げが伸びたのです。
「こうやって(目の前のお客さんから大事にして)売っていけばいいんだなと学びました」
そのころ、父が口にしていたのが「箸よく盤水を回す」という中国の古典の言葉でした。「箸一本で勢いよく盤水を回しても箸しか回らないが、根気よく回し続けていると周囲の水も少しずつ回り、さらに回し続けると一段と波が広がっていく。小さな努力も続けると、大きな力になる」という意味です。
「この会社で一本の箸になろう」。耕平さんはそう思いました。
ヤマト醤油味噌では2005年から海外向けビジネスも展開し、今では米国や欧州などでの加工品販売は売り上げの10%を超えます。
耕平さんは16年から海外営業を担当。パリでは三つ星レストラン7店舗でヤマト醤油味噌の「ひしほ醤油」が使われています。「僕は1を10にするような仕事です。海外のパートナーとのコミュニケーションもオンライン商談を生かしながらやっています」
新型コロナウイルスの感染拡大が始まった20年、ヤマト醤油味噌も大きな打撃を受けました。取引先にはコロナ禍で休業したレストランやホテルが多く、いくら商品を作っても売れないという逆風に遭ったのです。
耕平さんは父とタッグを組み、新たな事業を始めます。「BtoBの場合、お客さんが営業していなければ止まるしかありません。BtoCで何ができるかを考える必要がありました」
21年3月、糀パーク内に新たに立ち上げたのがチーズケーキ専門店「こめトはな」でした。
「パーク名物の醤油ソフト、玄米甘酒とも少し違う、主役になるスイーツがほしいと思っていました。なるべくなじみがあり、こうじが入るとおいしいものは何だろうと考え、西洋の発酵食品チーズと、和の発酵食品のこうじを掛け合わせると、チーズの良さがより引き立つのではないかと。色々と試行錯誤してみたらドンピシャでした」
発案者の耕平さんは、開発、販売まで中心になって事業を進めました。自社開発したこうじパウダーや甘酒・しょうゆなどの発酵素材と、新鮮な金沢産の牛乳など地元産原料を厳選し、店内の工房でチーズケーキを焼き上げています。
食べ比べを楽しめるように4種類のミニサイズも発売。こうじを使った濃厚でまろやかな味わいのチーズケーキは、発売直後から人気商品になりました。
「スイーツははやり廃りが激しいですが、長く続くような仕事にしたかった。1年半経ちますがオープン当初から続けて買いに来てくださる方もいます」
同社は21年には食品ブランド「まごはやさしいこ」を立ち上げました。日本の伝統食材を表す「まごわやさしい(豆・こま・わかめ・魚・しいたけ)」に、こうじの「こ」を加えた8種の食材をすすめるとともに、こうじの調味料で下味をつけた、家庭で調理しやすい食材を開発しました。「鶏トロの金沢白糀漬け」「さわらの加賀味噌漬け」などを販売しています。
「日本の伝統食に立ち返り、日々の食で発酵食を採り入れることで、健康を保つことができます。でも、自分たちの伝え方がまだまだ足りないのかもしれない、という思いもありました」
耕平さんは企画から商品化まで進めてきました。今後も商品ラインアップを増やしていくそうで、おやつや野菜料理の商品も発売を予定しています。
こうじチーズケーキ専門店「こめトはな」、食品ブランド「まごはやさしいこ」は、ともにコロナ禍まっただ中の新事業でした。それでも「迷いはなかった」と耕平さんは言います。
「ずっと経営の勉強をしてきて、コロナ禍で新しいことをやるとき、『動機善なりや』という教えを今こそ実践するときだという思いがありました」
「動機善なりや」は、耕平さんが尊敬する京セラ創業者・稲盛和夫氏の言葉です。
「ヤマト醬油味噌の事業の考えは『利他の心』です。よりよい生活のため、発酵食がお役にたてるはずだという確信もありました。発酵食をもっと広めたい。そのためにやるぞ、と」
新しい事業は何のために始めるのか。耕平さんは自身に問いかけたといいます。
「これからは、買ってくださいといって買っていただける世の中ではなくなります。欲しいと思っていただけるような価値ある商品作りをするのが、本当の営業なのかなと思います。売り込む先を見つけるだけではなく、お役に立てるものをつくりたい。会社全体でそれを考えていけたらと思います」
コロナ禍での事業を経験して、父への思いも新たにしました。
「父は基本的にアクセルの人で、僕はブレーキをかけることが多かった。でも一緒に仕事しながら、経営に対する危機意識、商売の嗅覚、自分のセンスを総動員して前に進んでいると感じました。コロナがあったからこそ、自分もうまく調整しながらアクセルを踏めるようになったと思います」
耕平さんには生まれ育った大野地区を「発酵」のまちにしたい、という思いがあります。
「会社としてものづくりに磨きをかけながら、発酵食文化ももり立てていきたい。発酵の歴史や文化が積み重なっている地元を『発酵のまち』として、誇りに思ってもらえればいいなと感じています。周りとパートナーシップを組みながらやっていきたいです」
「発酵にはいろいろな可能性がある」と耕平さんは言います。日常生活の様々な場面で発酵を取り入れ、良さを感じ、続けていく。それは「糀のチカラでしあわせ届けたい」というヤマト醤油味噌のコンセプトにも通じます。
耕平さんの静かな語り口の中に、大野のまちや発酵食への熱い想いを感じました。発酵のまち、金沢・大野の今後にも注目です。
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