借金だらけの家業を再生 アクラム3代目はスポーツユニホームを柱に
バスケットBリーグやサッカーJFLのクラブのユニホームにも採用されている「SQUADRA(スクアドラ)」は、アパレル会社アクラム(奈良県広陵町)が立ち上げたスポーツブランドです。前身企業から数えて3代目の勝谷仁彦さん(48)が自社製造にかじを切り、借金だらけだった家業を立て直しました。評判がスポーツ業界に浸透し、他社との展示会事業にも手を伸ばしています。
バスケットBリーグやサッカーJFLのクラブのユニホームにも採用されている「SQUADRA(スクアドラ)」は、アパレル会社アクラム(奈良県広陵町)が立ち上げたスポーツブランドです。前身企業から数えて3代目の勝谷仁彦さん(48)が自社製造にかじを切り、借金だらけだった家業を立て直しました。評判がスポーツ業界に浸透し、他社との展示会事業にも手を伸ばしています。
スクアドラはイタリア語で「チーム」を意味します。2012年にブランドを立ち上げて10年。JFLの奈良クラブ、Bリーグのバンビシャス奈良のほか、北海道、広島、大分などのチームにもユニホームを提供するようになりました。
アクラムの前身は、勝谷さんの祖父・慶次郎氏が1942年に創業した丸加産業です。県内でも有数の繊維会社として高度成長期に売り上げを伸ばしました。父・宗久さんが社長を引き継ぎ、1993年に現在のアクラムに社名変更しました。
勝谷さんは父が同社の東京営業所に勤務していた時に生まれ、小学校2年生で奈良に戻りました。「社会科見学の行き先がうちの工場で、子ども心に気恥ずかしいと感じていました(笑)」
高校で始めたゴルフに夢中になり、関西学院大学でも競技に没頭。卒業後の就職先もゴルフメーカーでした。「父が繊維業を経営している認識はありましたが、自分が継ぐとは全く考えていませんでした」
ゴルフメーカーで製品販売の集計システムや棚卸しなどの経営管理に携わるようになると、企業の「数字」に興味を覚えます。1年後には会計事務所に転職しました。
「決算書を見ればその会社のありようがわかるようになっていました。取引先に魅力的な経営者がたくさんいて、会社の理念などを伺うこともありました。みなさんがおっしゃるのは、『経営は面白いよ』という言葉でした」
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そんな時、勝谷さんは家業の決算書を見る機会がありました。「とんでもない借金だらけの状況だったんです」
借金が5億円で、債務超過は3億円という厳しい財務状況でしたが、勝谷さんは逆に家業を継ぐ決心を固めました。
「自分が何とかすれば会社を復活させられる」
会計事務所を辞め、2010年1月に家業に転職しました。「とにかく利益を出さなくてはいけません。繊維業には縁もゆかりもなかったので、しがらみを感じることなく(事業内容を)整理できました」
材料調達から顧問税理士にいたるまで取引先の全てをゼロベースで見直すなどして、膨れ上がった経費をドラスティックに削減して赤字を解消。当初は会計事務所勤務時代の貯金もつぎこんだといいます。
「いざとなったら会社を潰す方法も知っていましたから。まずは粛々と借金を返し、利益を出すことを優先したのです」
先代の父は、ファストファッションや量販店など大手企業のOEM(相手先ブランドによる生産)を長年手がけてきました。OEMは次年度の売り上げを予測できる半面、社会情勢や経済状況で受注量が変動するリスクもあります。
アパレル業界も大量生産・大量消費から、消費者が欲しいものを吟味する時代へと変化してきました。
「父はそうした社会の流れを乗り越えることができなかった。OEMが悪いわけではありませんが、私が2012年に社長に就任してから、大手企業の注文をたくさん取るより、自社ブランドを立ち上げて立ち向かう方が面白いのではないか、と考えたんです」
従業員にも意見を聞くと「買ってくれるお客さんの顔が見える製品を作りたい」という声が大勢だったといいます。「じゃあ自社ブランドを作ろうと。もう、即決でしたよ」
そうして12年に誕生したのが、スクアドラでした。
スクアドラの強みは同社独自の「昇華プリント」という技術でした。ポリエステル繊維に文字を直接転写するもので、細かい文字や柄の表現も可能となり、どんなデザインのユニホームでも一着から製品化できるのが大きな特徴です。
「誰も知らないブランドで、注文がゼロになるリスクもありました。ところがふたを開けたら、以前から取引のあった小売店さんから『待ってました!』と歓迎されたのです。これはうれしかったですね」
町のスポーツ店は、地域の学校やクラブチームからユニホームの注文を受けてメーカーに発注します。大手ブランドの製品の場合、どれだけの注文が来るかがわからない時期に、前もって見込みの数を発注しなくてはなりません。そのため発注した分が売れ残れば、最終的には利益が見込めない価格での販売を余儀なくされます。
その点、スクアドラでは新規注文は5着から、追加注文は1着からオーダーが可能です。新入部員1人のために、名前や背番号もプリントできます。しかも、注文を受けてから最短3週間で手元に届きます。リスクを負わずに、必要な分を必要な時期に発注できるわけです。
「短納期、小ロットで在庫を持たなくていい。大手ブランドへの事前発注で売れ残りの心配をしなくてもいい。それが、小売店さんの大きなメリットになりました」
スクアドラは大阪エヴェッサ(当時bjリーグ)へのユニホーム提供を開始。ブランドが浸透していく中で、Bリーグ、JFL、バレーボールVリーグなどのクラブのユニホームを手がけるようになりました。選手の着用評価を迅速かつダイレクトに製品に生かすことができるのも、国内生産の強み。スクアドラは生産者と選手とが一体となった「チーム」でもあるのです。
勝谷さんはインターネットを活用してスクアドラの販路を拡大しました。自社ホームページは単なる企業概要にとどまらず、どんな製品をどのような工程で仕上げているかを明確にしました。
昇華プリントのメリットなども紹介。ネットから問い合わせや注文に応じられるシステムを構築しました。
「かつてはサンプルを持って飛び込み営業をするという手法が当たり前でしたが、インターネット営業に変換したことで、小売店さんとの取引が全国に広がっていきました」
順風満帆だったスクアドラでしたが、5年目に右肩上がりだった売り上げの成長が止まってしまいました。
「スクアドラの成功を見てまねするメーカーが出てきました。縫製ができてプリンターの機械さえあれば、同じような商品は作れます。まねしやすいと言えるでしょう」
追随するメーカーと一線を画すものでなければ意味がない。そう感じた勝谷さんは、スクアドラの公式ホームページを一層充実させました。
「勝つことだけが目的では、勝負には勝てない」
そんなスローガンを大々的に掲げ、ブランドストーリーや作り手の熱い思いをホームページに込めたのです。
「勝つことだけを目的にするのではなく、どう勝つか、どのようにしていきたいのか。事業のビジョンが明確でないと、ライバルに勝つことも、自分に打ち勝つこともできません。帰宅途中の車の中で、雷に打たれたようにキーワードが思い浮かび、路肩に車を止めて、急いでこの言葉をメモしました」
スポーツもビジネスの理念も、単なる勝利至上主義では誰からも支持を得られない。社員もユーザーもみんなが幸せになること。そんな意味合いが込められています。
SNSの普及を追い風に、このキーワードとともにブランドストーリーや製品の魅力が拡散されていきました。スクアドラのスピリットが、多くのユーザーを引きつけたのです。
「むしろキャッチコピーや哲学を気に入ってくれた人しか、注文してきません(笑)」
転換期を乗り越え、独自のブランドイメージを浸透させることでファンが増えていきました。
勝谷さんは17年には東京、大阪、福岡で展示会を開催しました。全国の小売店にDMを送って製品サンプルを展示し、その場で受注できる仕組みです。
「ホームページで興味を持ち展示会に足を運んだ小売店さんは、ブランドや製品について熱心に話を聞いてくださった。手応えを感じました」
一方、1社だけの展示会ではどうしても来場する小売店の顔ぶれが同じになってしまいます。そんな時、奈良県内にある野球のグローブメーカーATOMSから「参加させてもらえないか」と声がかかり、合同展示会の開催を計画しました。
「経費を折半できる上、互いの顧客のシェアもできる。この形だと直感しました」
19年に立ち上げたのがスポーツ関連中小企業の展示会「SIMEx」です。初年度は5社でスタート。毎年1月と6月に東京と大阪で開催し、2020年1月は出展16社、来場600社にまで成長しました。
コロナ禍で一時見送りましたが、22年1月には東京のみの開催で出展14社、来場180社が集まり、同年6月には大阪での開催も復活。出展19社、来場400社と復調しています。
「一般的な展示会と異なり、SIMExはブースで仕切らず、お客さんを出展全社で共有します。スポーツ関連の中小メーカーと小売店とが交流し、新しいものを作り出しましょうという思いです」
躍進するイベントに注目が集まり、経済産業省からも視察に訪れたそうです。「スポーツを愛する企業がものづくりを通してファンを増やしていく。そんな理念が、全国に広がっていると実感しています」
勝谷さんは、奈良県内の中小企業の後継者問題についてセミナーなどを展開する「SG NARA」という活動にも参画。中小企業がより元気になり、自社ブランドの営業成績にも波及するという手応えをつかんでいます。
家業を継ぎ、夢中で走り続けてきた12年間。スクアドラやSIMExの立ち上げで、借金だらけだった会社を大きく成長させました。
「大量生産・消費ではなく、いいものを届けることで社会をより良くして結果的に売り上げにつながる。そんなロールモデルを目指したい。自社だけでなく、下請け企業も小売店もウィンウィンになる関係を発信していきたいと思っています」
22年のアクラムの年間売り上げは3億5千万円を見込んでいます。次の10年で、倍の7億円達成という構想も練ります。
「本社にもう一つ工場を建て、全国のファンの期待に応えたい。今は小売店さんからの注文が中心ですが、スクアドラのファンが増えれば、オーダーメイドのユニホームだけではなく、ブランドTシャツなど気軽に購入できる製品の需要が増えると考えています」
こうした新製品の展開で20億円ほどの売り上げも視野に入れているといいます。「その過程で、今度は大手企業と手を組んで下請けをしてもらおうともくろんでいます(笑)」
チームユニホームだけでなく、スクアドラのブランドTシャツを日常的に楽しむ人が、スポーツ施設や街中で見られるようになる。勝谷さんの瞳には、すでにその光景が見えているのです。
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