スタジアム事業にもジャパネットの強み 2代目が引っ張る地域ビジネス
長崎市中心部でサッカースタジアム建設を核にした「長崎スタジアムシティプロジェクト」が、2024年秋の開業に向けて進んでいます。長崎県佐世保市発祥の通信販売大手ジャパネットグループ2代目の髙田旭人社長が主導し、約800億円を投じます。同グループの「第2創業」とも言える巨大な民間プロジェクトにも、これまで培ったビジネスの成功体験や企業文化が色濃く反映されています。
長崎市中心部でサッカースタジアム建設を核にした「長崎スタジアムシティプロジェクト」が、2024年秋の開業に向けて進んでいます。長崎県佐世保市発祥の通信販売大手ジャパネットグループ2代目の髙田旭人社長が主導し、約800億円を投じます。同グループの「第2創業」とも言える巨大な民間プロジェクトにも、これまで培ったビジネスの成功体験や企業文化が色濃く反映されています。
目次
西九州新幹線開業を翌月に控えた2022年8月下旬、長崎駅に近い約7ヘクタールのスタジアム建設予定地を訪れると、大型クレーン車や多数のトラックなどが稼働し、工事の音が響いていました。当時は着工から2カ月で基礎工事の段階。広大な土地が掘り返され、建築資材が山積みでした。
東側には市電の線路や住宅地があり、西側の浦上川対岸には観光スポット稲佐山がそびえています。長崎市の中心地とも言える場所です。
同プロジェクトは約2万人収容のサッカースタジアムだけでなく、アリーナや商業施設、ホテル、オフィスなどが同じ敷地に建つ一大構想です。ジャパネットグループによる民設民営の事業として、土地の購入から建設まで約800億円を投資します。
最近ではJリーグ・ガンバ大阪の本拠地パナソニックスタジアム吹田、プロ野球・広島カープの本拠地マツダスタジアムなど、ホスピタリティーを重んじた「稼げるスタジアム」が増えています。バスケットボールBリーグも全国でアリーナ建設を後押ししています。
それでも、グループでプロジェクトを担うリージョナルクリエーション長崎執行役員の折目裕さんは、「民間でこれだけの規模のスタジアムプロジェクトは、日本で第1号に近いモデルだと思います」と胸を張ります。
ジャパネットたかたを中核とするジャパネットホールディングス(HD)は、創業者の髙田明さんが一代で日本を代表する通販企業に成長させました。息子の旭人社長は2015年に2代目のトップに就任。17年には経営難に陥っていた地元JリーグクラブのV・ファーレン長崎をグループ会社化しました。
三菱重工が長崎市で造船所跡地の活用事業者を公募していたのは、その頃でした。旭人社長は「土地を見に行くと感動しました。民間企業でも責任を持ってスポーツを通じた地域創生ができるのではないかという思いがわいたのです」。
同グループは18年にスタジアム建設の構想を発表し、19年には通販事業に並ぶ二つ目の柱として、スポーツ・地域創生事業を掲げました。
長崎市は人口流出が際立ち、18、19年は2年続けて全国ワーストを記録しました。折目さんは「大学進学で県外に出た若者が、就職する場所が少ないために長崎に戻ってこない状態が続いています。長崎の企業として人口流出を止めたいという思いがありました」と話します。
スポーツを核にした地域ビジネスには、自社の利益にとどまらない大きな意味があるといいます。
折目さんは「民間でチャレンジして長崎を盛り上げることができれば、地域創生のモデルケースとして全国に広がります。そのためにもプロジェクトに関する情報は積極的に公開したい」と力を込めます。
プロジェクトの中核は約2万席のサッカー専用スタジアムです。ピッチまで最短5メートルという臨場感にこだわった観客席を設け、試合前後に食事を楽しめるVIPルームやクラフトビールを味わえるカフェを併設し、新たな観戦体験を目指します。
ただ、サッカーの試合が開かれるのは多くても年間20~30試合です。「スタジアム単体で投資を回収するのは厳しい」(折目さん)といいます。
プロジェクトは、同グループのBリーグ・長崎ヴェルカのホームになる6千席のアリーナや、ホテル、商業施設、オフィスで総合的に収益を支えるビジネスモデルになります。
プロジェクトを進めるにあたり、旭人社長は世界で30以上の施設を視察し、「それぞれのいいところを詰め合わせた」といいます。
その中で折目さんが「我々のモデルに近い」と位置づけるのは、シンガポールのタンピネススタジアムという複合施設です。「スタジアムの収容人数は5千人ほどですが、シアターや商業施設、図書館などの公共施設が一体化していました」
Jリーグの視察報告書(19年)によると、同スタジアムの建設費は約405億円(為替レートは当時)にのぼります。多数の施設を兼ね備えている点については「日本の地方都市のスタジアム建設にとって大きな示唆になる」とまとめています。
長崎スタジアムシティプロジェクトのホテルや商業施設は、ジャパネットグループが運営主体となります。
ホテルは「日本初のスタジアムビューホテル」を掲げ、ピッチを見渡せる客室やプールなどが売り物です。商業施設でも温浴設備などを完備し、ワイヤロープを滑車で滑り降りる「ジップライン」もスタジアム上空に設置します。
折目さんは「試合がない日でもスタジアムに遊びに来る動機を作りたい」と話します。
ホテルや商業施設の運営について、折目さんは「ジャパネットで手がけたクルーズ旅行の成功体験が大きい」と言います。
同グループは17年から旅行業に本格参入。豪華客船によるクルーズ旅行で実績を上げています。そこで培ったホスピタリティーの経験値を、今回のプロジェクトにも生かせるというわけです。
20年からは稲佐山公園・ロープウェーの指定管理を請け負い、飲食施設の運営を手がけるなど、2年後のスタジアム開業に向けて準備を進めています。
「スタジアムが開業すれば300人以上の社員を抱えて巨大なオペレーションを回すことになります。ただ、いきなり大きなものは動かせないので、まずは小さなところから経験値を高めています」
プロジェクトが掘り起こすのは、エンターテインメントの需要だけではありません。併設するオフィス棟には「情報通信技術(ICT)を使ったデータ分析などで、新しいビジネスを作っていける企業を誘致したい」(折目さん)といいます。
22年7月には同棟の第1号テナントとして、設置構想中の長崎大学大学院(情報データ科学分野)と入居について基本合意。産学連携を進めていきます。
最上階にはシェアオフィスを設けて、スタートアップの拠点も作る計画です。「長崎は最低賃金などが全国平均と比べてかなり低いという問題があります。オフィスに生産性の高い企業を誘致し、人口流出を防ぎたいというのがゴールになります」
今回のプロジェクトの投資回収は約25年を目指すといい、「一番安定しているのはオフィスの需要」と位置づけています。「日本初」というスタジアム併設型オフィスなどに、毎日多くて2千人程度の昼間人口を抱えることで、スポーツだけに偏らないビジネスモデルを作る考えです。
長崎スタジアムシティプロジェクトについて、市内で長い歴史を持つ商店街を歩き、店主らにも受け止めを聞きました。
100年以上続く菓子店「くろせ風月堂菓子舗」は、入り口にV・ファーレン長崎のポスターを貼っていました。
経営する黒瀬寿子さんは「昔は午後10時まで店を開いていましたが、今は人通りも少なくなりました。でも、最近はサッカーボールを抱えて歩いている子が増えたように思います。スタジアムができて、全国からサッカーファンが来ることを期待しています」と期待を寄せます。
一方、スタジアムについて「ピンとこない」、「サッカーが好きな人はいても、どれだけのファンが来るのだろうか」という店の反応もありました。
折目さんは「プロジェクトをそもそも知らないという声は結構多い」と課題を挙げたうえで、「長崎出身の福山雅治さんを起用したCMを放映するなどして、2年後の開業に向けてPRしていきたい」と話します。
ジャパネットたかたは、通販事業で「見つけて、磨いて、伝える」という手法を強みにしてきました。そうした企業文化は今回のプロジェクトにも表れていると、折目さんはいいます。
「全世界から良い事例を見つけて、自分たちのサービスとして設計して磨き、最後はスタジアムという形で伝えていくのは、(通販事業と)共通しているように感じます」
旭人社長は民設民営のスタジアムプロジェクトについて「感動とビジネスを両立させて、持続可能な世界を作りたい。我々が成功したら日本中の民間企業がまねしてくれて、地域が元気になるはずです」と話します。
折目さんは近くで接する立場から、旭人社長のプロジェクトへの意欲を感じています。
「社長は現場に任せきりではなく、かなり細かいところまで見ています。企業の強みである『磨く』という部分に並々ならぬ力を注いでいるのが伝わり、それがジャパネットのいいところだと感じています」
ジャパネットはファミリービジネスをベースに、急成長を遂げた日本企業の一つです。
折目さんは「だからこそ、トップの意志決定が早くリスクも取れる面があると思います。それがなければ、今回のような大規模プロジェクトは成立しなかったのではないでしょうか」と言います。
投資額800億円という前例のないスタジアムプロジェクト。そこにも、創業者の髙田明さんの代から積み上げた企業文化や、ファミリービジネスの強みが根底に流れているように感じました。
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