デジタル化で広げたモナカの可能性 加賀種食品工業7代目の業務改善

モナカの皮をはじめとした菓子種を製造販売する加賀種食品工業(金沢市)7代目の日根野逸平さん(44)は、ウェブ制作の仕事を経て家業に入りました。キャリアを生かしてアナログだった帳票管理をデジタル化。3DCADを用いて金型の内製化を進め、小ロットから注文可能なECサイト「たねらく」も立ち上げ、販路を飲食店や個人にも広げています。
モナカの皮をはじめとした菓子種を製造販売する加賀種食品工業(金沢市)7代目の日根野逸平さん(44)は、ウェブ制作の仕事を経て家業に入りました。キャリアを生かしてアナログだった帳票管理をデジタル化。3DCADを用いて金型の内製化を進め、小ロットから注文可能なECサイト「たねらく」も立ち上げ、販路を飲食店や個人にも広げています。
目次
加賀種食品工業は1877年、東京・神田で菓子種の製造販売などを営む個人商店として創業したといわれています。やがて富山県出身の2代目は北陸に戻り、金沢市に根を下ろしました。
「菓子種」はあまり聞きなれない言葉ですが、和菓子の世界でもち米で作った菓子材料のことを「種もの」といいます。そして、加賀地方で作った菓子種を「加賀種」と呼びます。
日根野さんの祖父にあたる4代目の時代に業界で全国トップクラスに成長。金沢、京都などの有名菓子店や菓子メーカーが使用するモナカの種の多くを供給しています。
2021年の売上高は12億円で従業員数は約200人。モナカ、ふやき、せんべいなどで、1万点近い商品数と3500社超の取引先を抱えています。
日根野さんは「本業以外でもうけようと思うな」という祖父の言葉を、今も心に刻んでいます。
幼少期は現在の本社裏に自宅があり、工場などが遊び場でした。家業のことは漠然と頭の隅にありました。
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祖父の娘で先代社長の母親から「家業を継げ」とは一度も言われませんでした。日根野さんが地元の工業系大学に進むと、インターネット文化が急速に普及し、コンピューターの魅力にのめり込みます。
「はじめはホームページを作ろうとデザインを独学で勉強し、仕組みを作るにはシステムやプログラムなども理解しなくてはと思うようになりました」
コンピューター専門学校に入学し、卒業後は約1年半にわたりウェブ制作の仕事を手がけました。
2002年に母親が社長に就任。日根野さんはその翌年、自分の意志で入社しました。「ひとりっ子で母と仲が良かったので、助けたいという思いもあったでしょうね」
日根野さんは1年半程度、製造現場などを回り、仕込みや焼きの工程など覚えます。男性社員が主に担当するのは体力が必要な仕込み作業。思った以上の重労働でした。
「全国に販路があるのが強みのひとつ。もっと商品を知ってもらうために必死で勉強しました」
現場回りを終え、日根野さんがまず着手したのが帳票類のデジタル化でした。当時も3千社ほどの取引先を抱えていましたが、商談の記録すら紙で残している状態だったといいます。
「コンピューターは得意分野なので、まず思いついた改善点がそこでした」
簡単なシステムは自分で設計したプログラムを入れ、改善を図りました。
19年には自らが旗振り役となり、販売と生産を一元管理して、営業が外出先からも発注作業などできるよう基幹システムを導入しました。
こうしたデジタル化の結果、顧客対応のスピードが大幅に向上したといいます。「これまで担当者しか分からなかった、納期や発注、製造の進み具合などを誰でも共有できるようになり、素早いレスポンスが可能になりました」
情報を発信するサイトには「賞味期限がある」と言う日根野さんは、古くなった自社ホームページのリニューアルも手がけました。「デザインなどの流行は日々変化します。時代に合わせた刷新が必要です」
現在は製造工程を動画で紹介するなど、ページのコンテンツをより充実させています。
先代の母が掲げたテーマは「モナカの皮を和菓子だけでなく、あらゆる食のシーンで使われるようにしたい」というものです。そのため、菓子種を作る金型の製造の内製化に挑みました。
日根野さんを中心に和菓子業界以外を担当する営業部署をつくり、食品業界向けの大型展示会に毎年出展しました。
当時、全国でモナカの金型を作れる業者は2社しかいなかったといいます。同業他社からも注文は集中し、完成まで半年ほどかかることもある状態で、金型の内製化は急務でした。
当時の営業部長が1年半ほど製造業者で修業し、日根野さんは二人三脚で自社に合わせた金型の内製化を進め、13年に事業化にこぎつけました。
石川県津幡町の新工場建設に併せて補助金も活用し、必要な機器類を整備しました。現在は自社内で3DCADを使ってデザインし、最新の3Dプロッターと切削機を用いて製作します。内製化によって金型製造は最短2週間で可能になりました。
「以前は木彫りの型だったので、モナカの形を修正しようとすると時間がかかりましたが、今は3DCADでデザインするので『もうちょっと丸く、かわいくしよう』といった細部の形状にこだわれるようになりました」
商品の質を高めながら、納期の短縮と大幅なコストダウンにもつながりました。複雑な金型にも挑戦できるようになると商品の幅は大きく広がったのです。
自社のモナカ種と他社との違いは「うまみ」だと、日根野さんは強調します。
その根拠は原材料、製法、作る人にあるといいます。原材料のもち米は、富山が発祥とされる「新大正もち」という品種を使用。香ばしさと時間がたっても風味が落ちないという特徴がありモナカ種に適しています。
多くの工程がいまだに手作業で、素材の良さを生かしてパリッと香ばしく焼き上げ、完成したモナカ種は一つひとつ検品します。熟練の技を持つ社員が多く、季節や天候に合わせてもち米の量などの微妙な調整もできます。
もっと需要があるはずと信じた日根野さんは、15年にECサイト「たねらく」を立ち上げました。
最少100ロット、100種類のラインアップから、誰でもモナカ種が注文できるサイトです。バレンタイン用のハート形や、クマや貝殻、ハロウィーンに合わせたカボチャやオバケなど季節限定品まで、見るも楽しい種の数々が並びます。
飲食店や個人からの要望が多かったものの、以前の製造方法ではロットや納期、値段が合いませんでした。金型の内製化で技術的には小ロット生産も可能になりましたが、先代や現場の社員の理解を得るまで時間を要したといいます。
「少ない数で梱包する箱を変えるため、作業や在庫のスペースも別に必要になり、現場としてはかなりの手間です。業務用の取引先との価格調整などもあり、営業からも反対意見がありました」
日根野さんは一人ひとりに説明し、粘り強く賛同を得ていきました。
先代の母とは費用対効果でたびたび議論になったといいます。「すぐに効果が見えるものではなく、母はECサイトにそんな費用と労力をかけなきゃいけないのかと、はじめは快く思っていませんでした」
日根野さんはネット販売を柱の一つにしたいと考えており、あきらめるつもりはなかったといいます。
余分な業務を減らして管理費などを削減。電力会社を変えるなどのコストカットに努め、その分をECの運営に充てる形で理解を得ようとしました。
年間売り上げ1億円を目標にサイトを立ち上げ、最初の1、2年は現在の10分の1もなかったといいます。それでも根気よく続けた結果、飲食店を中心に注文が入り、22年度は年間150万個の販売で6500万円の売り上げを見込み、23年度での目標達成を見据えます。
最近では自社製品に偶然出会うこともしばしばあるといいます。「大阪でたまたま入った焼き鳥屋のデザートに、見慣れたモナカにのったアイスが出てきました。店主に尋ねると『たねらく』というサイトで買っていると」
「たねらく」はリピーターが多く、売り上げアップにつながっているといいます。コロナ禍で主力の業務用モナカ種の売り上げが落ちても、個人販売もできる「たねらく」は右肩上がりでした。
そして22年5月、日根野さんは母から社長のバトンを引き継ぎました。
日根野さんは200人超の従業員を抱える社長となり、働きやすさにはより気を配るようになったといいます。女性社員が7割という環境のため、就業時間の厳守や休暇を取りやすい風土は徹底して守っています。
「お子さんの行事でも遠慮せず、休める勤務体制になっています。仕事が終わってから買い物して夕飯を作らなければいけない方も多い。家族との時間は大切にしたいと常々思っています」
今後の課題は、製造ノウハウ継承の仕組みづくりです。職人の「勘」をデジタルの力でできるだけ標準化する必要があると考えています。「今後起こりうる労働力不足を解消し、生産性向上にもつながります」
現在、和菓子と異業種の売り上げ構成比は6対4まで進みました。「コロナ禍前までの売り上げは10億円から15億円に伸びました。増えた分は和菓子屋さん以外のところからです」
昨今の厳しい経済状況の中、日根野さんは創業以来培ってきた強みを実感しています。
和菓子の取引先相手の売り上げはコロナ禍で一時急落したものの、すでに底は脱したといいます。「和菓子は日本人のソウルフード。根強いニーズがあり簡単には落ちません」
3年ほど前からは「モナカップ」という商品ブランドも始めました。「もなかは挟むもの」という先入観を変え「のせる器」というコンセプトでの提案です。
和菓子以外にも用途を広げたことで、料理や洋菓子でモナカを器として使うことが増えています。SDGs(持続可能な開発目標)の広まりもあり、ごみを出さずに食べられる容器として関心が高まっています。
「かわいいデザインもたくさんあるので、ニーズが増えてきました。和菓子屋さんも世代交代の時期で、新しいものを受け入れてくれています」
22年8月には「モナカップ」専用のECサイトを開設。これから本腰を入れて、洋菓子や飲食店への販売促進を計画しています。
日根野さんは「ものづくりのスーパープロフェッショナル企業」を目標に掲げます。「いい意味でクセの強い、ものづくりへの探求心のある会社にしたい、と社員にはいつも言っています」
評価が上がるにつれ、技術力も営業力もさらに磨きをかけていかなければいけないと感じています。自社の強み、他社との違い、歴史なども含めて、社員がしっかりと提案できるよう、教育にも一層力をいれたいそうです。
「本業以外に手を広げようとは思っていません。強みはあくまで、うまみのある菓子種です。先代の思いを引き継ぎ、モナカ種をあらゆる食のシーンで使われる食材というポジションにまで高めたい」
老舗に新しい価値を吹き込んだ7代目は、歴史や伝統を大切に継承しながら、モナカ種の可能性を広げていきます。
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