組織マネジメントに「必要な恐怖」とは パワハラとの違いも解説
部下を思って厳しく接したつもりが、パワーハラスメントと受け止められたり、気付かぬうちに社内でパワハラが起きてしまったり。そんな経験をした経営者は少なくないかもしれません。コンサルティング会社「識学」の上席コンサルタント・吉原将之さんは「組織運営に必要な恐怖と不必要な恐怖がある」と説きます。経営者に求められる「恐怖」のマネジメントを解説します。
部下を思って厳しく接したつもりが、パワーハラスメントと受け止められたり、気付かぬうちに社内でパワハラが起きてしまったり。そんな経験をした経営者は少なくないかもしれません。コンサルティング会社「識学」の上席コンサルタント・吉原将之さんは「組織運営に必要な恐怖と不必要な恐怖がある」と説きます。経営者に求められる「恐怖」のマネジメントを解説します。
目次
我々は組織運営において、以下の三つを「必要な恐怖」として伝えています。
一方、「不必要な恐怖」は以下の三つになります。
二つの「恐怖」の違いは「死の回避につながるかどうか」です。つまり、必要な恐怖を感じていないとやがて死んでしまうと言いたいのです。
もちろん、実際に死ぬというわけではありません。社会生活における死とは糧を失うということ。社会に参加できず、生活が困難になることを、我々は「死」と表現しています。
必要な恐怖を感じていると、自分が糧を失う方向に進んでしまっているときに、その状態を正しく認識できます。これに対し、「不必要な恐怖」をいくら感じても「死」を回避する行動には結び付きません。
では「必要な恐怖」とはどういうものか、それぞれみていきましょう。
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評価者というのは、社長であれば市場、社員であれば上司です。社長は自分たちの会社が市場からどのようなものを求められているか理解していなければ、売り上げを伸ばすことができません。上司の求めていることが分からない社員は組織から見れば有益性が低いため、給与が減り、重要なポジションに就けなくなるでしょう。
「時間を雑に扱ってよい」という感覚に陥ると、その人の価値はどんどん減っていきます。人は限られた時間のなかで生活し、仕事をして世の中に価値を提供しています。労働人口が減っている日本において、時間生産性を上げることは莫大な価値があるはずです。それに気付かせなければいけません。
誰でも「今のままでも大丈夫なのではないか」、「たとえ成長しなくてもやっていけるだろう」と感じてしまうときがあるでしょう。しかし、変化し続ける世の中に対応しなければ、取り残されてしまいます。現状維持は衰退と同じなのです。
経営者は、社員一人ひとりが「必要な恐怖」を感じた上で仕事に取り組むようにマネジメントしなければなりません。そのため、経営者に必要とされる行動は三つあります。
一つ目は期限と状態を明確にした目標設定です。例えば「今週金曜日の17時までに20万円を売り上げる」といった明確な目標であれば、達成できたかどうかはすぐに分かり、期限が来たときに上司がそれを判断できます。こうすれば、社員は前述した1.と2.の「恐怖」を自然と感じることができるのです。
一方「会社の売り上げに貢献する」というあいまいな目標では、社員は自分に何が求められているのか分からなくなり、期限が決まっていないため、だらだらと毎日を過ごしてしまいかねません。
二つ目に、残業をしなければならないときは理由と合わせて上司に報告し、承認を得なければならないというルールを設けるといいでしょう。これだけでも定時で仕事を終わらせようとする意識が働き、社員が「時間を無駄にしている」という「恐怖」を感じるようになります。
三つ目は、「変化していない」という「恐怖」を認識させるために、マイナス評価の導入が効果的ということです。目標の達成はあくまで及第点とし、目標に達しなかったらマイナス1点やマイナス2点にします。マイナスが付けば社員は「変わらないといけない」と思うでしょう。
一方、目標を大きく超える成績を残した社員には、2点や3点を付けます。そして、目標の達成度合いに応じて給与が変動する仕組みを構築することが大切です。
ここからは「不必要な恐怖」について説明します。
「私なんか何をしたってどうせだめだ」と自分で恐怖を妄想している状態を指します。やってみる前に結果は分かりません。サッカーW杯を戦った日本代表が、グループステージで強豪国と戦う前から「どうせ予選突破なんてできっこない」などと考えないはずです。
そんなことは考えても無駄で、本来の実力を発揮できなくなる恐れもあります。むしろ「勝たなければやばい」という「恐怖」から好成績を上げたのかもしれません。
疑念とは「何でこんなことをやらなきゃいけないんだ」や「こんなことやって正しいのか」と、自分が今いる環境を疑い、集中できなくなっている状態です。長時間悩んで心を痛めてしまっては仕事のパフォーマンスは上がらず、むしろ下がるばかりです。
消失とは、今あるものへの執着が強くなり、それが失われることを受け入れられず、保身に走って不必要なことをしてしまうことです。
例えば営業部長が、自分よりはるかに営業成績がいい課長に自分の椅子を奪われたくないという理由からいじめをしたり、自分の営業成績をごまかしたりする状態を指します。本来、営業部長でいたいなら結果を出すしかありません。しかし、怖くて仕方がないからそこに目がいかず、事実を見ることができないのです。
前述した「不必要な恐怖」はいずれも無視すればいいのですが、人間は感情が備わっているため「感情的になるな。心を強く持て」といった指導では意味がありません。誰でも感情的になります。意思を持ってその状態を修正しようとしなければいけないのです。
「1.自己評価」をしている社員には、上司が「あなたの評価者は私だから自己評価するな」と言い続けなければいけません。管理職全員がそれをできるようにするのが経営者の役割です。指導を忘れないようにしましょう。
「2.疑念」を抱いた社員には、その都度上司に確認させます。このとき部下の納得を求める必要はありません。立場が違うので上司の考えを部下が完全に理解することはできないのです。上司には期限と状態を明確にして仕事を命じるようにしてください。
とはいえ、そもそも疑念が起きない組織が望ましいわけです。疑念が起きやすい組織はルールがあいまいか、形骸化している恐れがありますので、社内ルールを明文化して是正します。
「3.消失」は、余計なことを考えるがゆえに現実が見えなくなっている状態です。上司はとにかく目標だけに集中させるように部下を管理するしかありません。1週間ごとに先週の目標を振り返らせ、だめだったら次に向けてどのような行動変化をするのかを必ず約束させます。
消失の恐怖を発生させないためには次のゴールに向けて、修正し続けることが大事です。修正できていると、たとえ結果がどんなに悪くても未来への対応が特定できているので集中できます。一方、修正できていない状態は対応策が特定できていないので、ただ悪いままの状態です。事実が見えず、感情的な妄想、決めつけで物事をみるので、失うことしか想定できず、思考停止状態になります。
1週間後のゴールに向けて、次の一歩を特定し続けることで、目の前のことに集中して、妄想しなくなります。
かくいう私も不必要な恐怖を毎日感じています。そんなときは「これは余計なことだから考えても仕方ない。それよりも目の前の目標達成に向け集中しよう」と強く意識するようにしています。
「恐怖は必要ない。大切なのは夢や希望だ」と主張する人もいるでしょう。もちろん夢や希望を持って努力する姿勢は素晴らしいですが、これらは自分の判断で「やめた」と妥協してしまうこともできるものです。
それゆえ、夢や希望の大切さを説き、社員を鼓舞するマネジメントをしていると「これ以上の給与を求めていないので、私はこんな仕事はやりたくない」などと言い出す社員が出てくるかもしれないのです。
しかし、それをしなかったときの未来に「恐怖」を感じたなら、「やらない」という選択肢は存在しません。「恐怖」には集中力を持続させる働きがあるのです。「この仕事をやらなければ大変なことになる」という考えが働けば、誰でもそれに集中できるはずです。
とはいえ、ここまで述べてきたように「恐怖」には必要なものと不必要なものがあります。経営者は「必要な恐怖」だけを組織に浸透させつつ、「不必要な恐怖」を社員に抱かせないようにしてください。
恐怖を勘違いして、部下をおびえさせてはパワハラと言われても仕方がありません。「必要な恐怖」というのはあくまで評価に対するもの。つまり「変化しないとまずい」、「そこまでに仕事を終わらせないとバツが付く」などというものです。
一方、ハラスメントは個人の人間性にバツを付ける行為になります。「お前はだめなやつだ」、「君は能力がない」、「育ちが悪いからそんな失敗をするんだ」といった人間性への批判は絶対にだめです。
自分では指導のつもりでも、受け手がハラスメントだと主張したらそうなります。上司は感情的になったり、個人批判をしたりしてはいけません。人柄や個人の能力に関係なく、事実でマネジメントしましょう。
例えば、筆者の顧客の人材紹介業は、社長がトップ営業で会社を牽引していました。社長から見ると、社員は全員能力も意識も低く見えてしまい、毎週お説教のような会議で「なぜできないん? やる気あるのか?」という話になっていました。
社長が感情的に否定するので、社員は結果を出すのではなく、社長に怒られたくないと感じるようになり、不必要な恐怖が発生する環境でした。
その社長には以下の提案をしました。
上記を実践し、筆者が2週間に一度、会議をチェックした結果、1時間かかっていた会議は10分で終わるようになり、ほぼ未達だった業績目標も連続で達成するようになり、離職もなくなりました。
事実達成ベースで給与が上がる・下がるなどの評価基準を明確にしたので、社員が自分がやるべき役割に迷いがなくなり、「社長から好かれる」「仲良くする」といった感覚が減り、結果を出すという「必要な恐怖」を感じるようになりました。
ここまで述べてきた組織の仕組みづくりは、経営トップでなければできないことばかりです。組織を変える権限は経営者以外にはありません。経営者が先頭に立って、社員が「必要な恐怖」を感じながら仕事をする組織を構築していってください。
識学上席コンサルタント・事業戦略本部本部長
米セントラルミズーリ州立大学大学院で英語教授法修士を取得後、米国でキャリアをスタート。28歳のときに日本に帰国すると、教育系の上場企業でインバウンド・アウトバンド留学事業・日本語学校事業部長や、英国政府外郭団体のBritish Council のPRマーケティング&セールス部長、英国国立ウェールズ大学経営大学院MBAプログラムでマネージングディレクターなどを歴任。
(※構成・平沢元嗣)
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