目次

  1. 企業を悩ます米中デカップリング・政治経済のカップリング
    1. 米中デカップリング
    2. 政治経済のカップリング
  2. バイデン政権が進める対中半導体規制
  3. 対中規制協力要請、Noと言えない日本の事情
  4. 企業が直面する可能性のある政治力学の変化

 近年、地政学リスクという言葉が頻繁に聞かれますが、企業の経済活動を悩ます2つの動きが顕著になっています。

 1つは、米中デカップリングで、米トランプ政権以降、経済や貿易というドメインを舞台とした米中対立がエスカレートし、関税引き上げや輸出入制限などあらゆる手法で貿易摩擦が拡大しました。それは、トランプ氏と理念やビジョンが大きく異なる米バイデン政権にも継承され今日に至っています。

 バイデン政権は2022年6月にウイグル強制労働防止法を施行したが、これによって米国へ物品を輸出する際、企業にはその製品が生産過程で強制労働によって生産されたものではないことを明確に証明する義務が課され、それができない場合には物品の輸出が禁止されることになりました。

 米中経済の完全なデカップリングは非現実的ですが、米中関係の安定性を望む多くの企業からすれば、デカップリングという動きは頭の痛い問題となっています。

 もう1つは、政治経済のカップリングです。

 ビジネスを進める上で政治からの悪影響は受けたくないのが企業の本音です。“政治は政治、経済は経済”とそこには明確な境界線があった方がいいのですが、今日経済安全保障が重視されるように、政治と経済を切り離す境界線はますます薄くなってきており、政治の不安定化による悪影響は経済や貿易の分野で頻繁に見られます。

 今回のバイデン政権による対中半導体輸出規制、中台関係悪化による中国の対台湾貿易規制などはその典型例です。今日、企業はまさに米中デカップリングと政治経済のカップリングという課題に直面しています。

 米産業安全保障局 (BIS)のプレスリリースによると、2022年10月、中国向けの先端半導体などに関する新たな輸出管理規則を公表しました。さらに、12月には米国の技術や製品の使い道に懸念がある中国の企業・団体を特定し、輸出規制の対象リストに加えました。

 2023年1月には、バイデン大統領がホワイトハウスで日本とオランダ両首脳と相次ぎ会談し、規制への協力を求めました。一連の流れからは、先端半導体の技術が中国へ流出し、軍事転用されることを懸念する米国が、製造装置の主要生産国である日本とオランダの協力なしには十分な規制効果がないと判断したことがうかがわれます。

2023年1月の日米首脳会談(朝日新聞のデータベースから)

 対中規制に加わったとしても、どの程度の規制なのかなど詳しいことは現時点で明らかになっておらず、日本の半導体関連企業が受ける影響も限定的だとの見方も上がっていますが、これを政治力学の視点から考えると、問題はそう単純ではありません。

 対中半導体輸出規制、名前だけから判断すると、これは経済や貿易の問題のように思われます。しかし、この問題の核心は経済貿易の領域にあるのではなく、安全保障、防衛の領域にあるのです。

 1980年代に日本が半導体で世界を圧巻させた時、それを警戒した米国は日本を日米半導体協定に落とし込め、日本の半導体市場での外国メーカーのシェアを10%から20%に拡大させ、日本の諸外国でのダンピングにメスを入れることに成功しました。

 それによって日の丸半導体の勢いが失われることになりましたが、今回のバイデン政権による対中規制協力要請も、米国からの日本への貿易圧力という点では同じです。

 しかし、日米半導体協定の時とは違い、米国は今回、将来の米中関係で優勢を保つため、またインド太平洋地域の平和安全の維持などを念頭に日本に要請しています。先端半導体に必要な技術や製造装置が中国に渡り、そのうち中国が独自で先端半導体を生産・開発できるようになり、それが人民解放軍のハイテク化を押し進め、いずれは日本周辺の安全保障環境が中国優位に傾く恐れがあり、米国はそれを強くしているのです。

 こういった安全保障上の核心を考慮すれば、国防を米国に実質依存している日本としては、対中半導体輸出規制でNoをバイデン政権に突き付けることはできなくなります。海洋覇権など中国による現状打破の脅威に直面しているのは米国より日本であり、日本はこれまで以上に強固で機能する日米同盟を必要としています。

 その際に、中国軍の軍備増強につながりかねない製造装置の対中輸出を継続することは大きな矛盾となり、米国との間で大きな亀裂を生むだけでなく、それを政治的隙と捉える中国が軍事的な威嚇をエスカレートさせてくる恐れもあります。

 以上のような安全保障の現実を考慮すれば、バイデン政権が進める対中半導体輸出規制に賛同する以外に選択肢はなかったと言えるでしょう。

 では、今後企業はどのような政治力学の変化に直面するのでしょうか。誰もその変化の中で大きな津波が発生することは望んでいないが、米中の力が今後さらに拮抗すればするほど、米国が日本に対して対中国で足並みを揃えるよう要請してくる回数、圧力度数は増してくることが1つ考えられます。

 今回のように、日本に対中貿易規制を求める要請なのか、または、サプライチェーンを開発・強化する際に同盟国や友好国と結束するフレンドショアリングに関する要請なのかは分かりません。

 日本としては後者なら積極的に受け入れるでしょうが、前者だと米中の狭間で難しい選択となる場合もあるでしょう。

 今回の件で、すでに米国では、「日本が厳重に対中規制を取るか分からない」、「制限的な規制だと中国に利することになる」と懸念の声も聞かれますが、米中対立の長期化によってこういった懸念は今後拡大する可能性があります。さらに「このレベルの規制ではダメだ、もっと厳しい対中規制を」と対日圧力が強まる恐れも考えられます。

 一方、米国に追従し過ぎるあまり、中国側から先行的に対中貿易規制が敷かれる可能性も排除できません。半導体製造装置の日本からの輸入を停止する可能性は低いと思われるが、日本の対中依存度が強いコンピューター関連の部品、ノートパソコンやタブレット端末などの日本向け輸出規制など様々な対抗措置が考えられるでしょう。

 最後に最も重要なことですが、今回の半導体獲得競争が、他の業界、業種に影響を及ぼすかも知れません。半導体獲得競争は、米中競争の1つでしかなく、これによって他分野での競争に拍車が掛かり、非半導体関連企業にも米中競争の風が吹くリスクは十分にあり、決して対岸の火事ではないとの意識を持つ必要があります。