目次

  1. 【1】事前の問題意識がカギに:ダイワコーポレーション
  2. 【2】業績が悪い店をあえて経験:坂内食堂
  3. 【3】異業種で見つけた共通点:ぬま田海苔
  4. 【4】「ザ・昭和」の家業に外の風を:高速
  5. 【5】大手の研修プログラムを活用:高橋商店
  6. 【総括】成功する修業とは?
70周年祝いで装飾されたオフィスに立つ「ダイワコーポレーション」3代目の曽根和光さん

 現在の社長は、新卒時に大手総合商社に入社し、そこで活躍されますが、ご家族の意向もあり、最終的には、現在の会社を継ぐこととなります。その商社時代の経験をうまく経営に生かしているのがこの事例です。確かに、商社は商売のノウハウが詰まった業界であり、物流だけでなく、金融の知識、人脈、交渉術を学べる場所だと思います。実際、この記事においても、商社時代の経験から新規ビジネスを立ち上げた話が紹介されています。

 具体的には、自社ですべての倉庫を保有するのではなく、他社が持つ倉庫を借り、倉庫を空きスペースとして貸し出すというビジネスモデルである「物流不動産」を新しい収益の柱に育てたというものです。これを成功させたのは、まさに商社時代の経験から、倉庫会社のニーズや、リスクヘッジ方法について十分知識を蓄えていたからと言えます。また、新しいビジネスであったので、当初は業界の反発もあったようですが、商社経験で培った交渉術で、周りの企業などを説得するあたりも参考になります。

 さて、現在の社長は高校時代に家業の倉庫でアルバイトをしていたこともあり、漠然とですが、会社が抱える課題を感じ取っていたとのことです。そうした問題意識があったからこそ、商社で多くのことを吸収できたと思います。他社で修業する前に問題意識を高めておくことが、修業を実り豊かなものにするために重要です。

喜多方ラーメンの老舗「坂内食堂」の3代目・坂内章史さんは、分家の「喜多方ラーメン坂内」で修業を積みました(写真はすべて麺食提供)

 修業に行くということについて、ツギノジダイに登場される経営者は、大手企業などに行かれるケースが多いのですが、この記事は、少し違うパターンとして、実家と同じ業態(喜多方ラーメン)を営んでいる「分家」に行くというものです。大手企業での修業は必ずしも家業に直結するわけではありませんが、同業態ということであり、とても実践的な経験を積まれた話が記載されています。

 具体的なポイントとしては①実家から遠いところで修業させて、少しでも独り立ちする気概を養わせること、②業績が悪い店の店長などあえて厳しい立場を与え、壁にぶつけることで成長させる、③手取り足取り教えるのではなく、ことあるごとに心構えを説き、リーダーとしての覚悟を求めたことなどです。また、修業を引き受けた側である分家企業の社長は、「後継ぎになろうというのが間違いで、社長にふさわしい人が跡取りになるべきだ」と指摘していますが、まさに本質をついていると思います。どうすれば社長にふさわしい人間力を身に付けることができるか、そのためにどのように修業すればよいのかがわかる良い記事と思いました。 

ぬま田海苔4代目で代表取締役の沼田晶一朗さんと先代の母(写真はいずれもぬま田海苔提供)
ぬま田海苔4代目で代表取締役の沼田晶一朗さんと先代の母(写真はいずれもぬま田海苔提供)

 この会社は海苔という食品販売をビジネスにしていますが、社長はこの会社を継ぐ前に、アパレル小売でアルバイトと正社員で働いていました。そして、その経験をうまく経営に生かしているのがとても印象的な事例です。

 アパレルで学んだことがビジュアル・マーチャンダイジング。これはお店や商品をお客様にいかに見せるかというものですが、この会社では一般的な海苔店という雰囲気ではなく、アパレルでの知見をいかし、おしゃれで洗練された空間で販売しています。その際、商品を脈絡なく多数訴求しようとすると分かりにくくなるとして、「何をどう提案したいか」を整理して、シンプルな構成にしています。全型海苔のパッケージの青は、生産地の有明海をイメージしたといいますが、海苔の個性を追求したブランドであることをダイレクトに表現していることに感心しました。また、海苔の食べ方を提案したり、アパレルの「試着」のように、海苔の食べくらべができたりする仕組みを構築しているのも、修業先での経験が生きていると思います。

 海苔店と衣料品は全く違う業態です。一方で、店舗を構えて、お客様に近い「小売業」という意味では同じとも言えます。共通点と異質なポイントを冷静に見極めて、うまくビジネスを行っている事例と思いました。

食品包装資材の専門商社「高速(宮城県仙台市)」2代目の赫 裕規(てらし・ゆうき)社長。写真はいずれも高速提供

 この記事に出てくる社長は、会社を継ぐ前に取引先でもあった発泡スチロール業界最大手のメーカーに営業マンとして入社し、5年働いた後は別の総合商社に移ります。つまり、メーカーと商社の両方を経験することで視野を広くしています。メーカーは「アットホームで楽しい雰囲気」である一方、商社は「競争意識が激しく、実績重視」と社風が大きく異なっていたとのことですが、どちらの社風にもメリットとデメリットがあります。それを体験したことが成長の糧となっていることが参考になります。

 会社を継ぐ前に別の企業で修業することはありますが、複数の会社というのは意外と珍しいと思います。もっとも、よく考えてみると、複数の会社をみることで、世間の広さを感じられるのはとても良いことです。加えて、メーカーという「ものづくり」と、商社という「販売」を経験したことは、社風だけでなく、違う「機能」を経験したことを糧にしていることが面白く思いました。社長は会社の全ての機能を知る必要がありますので、違う役割を持った会社を複数経験することは経営全般をみるためにとても意味があることです。

 この記事の会社はもともと、旧態依然とした、「ザ・昭和」な会社であったようです。修業した2社とは大きく異なっていました。そこで体質を現代風に改善し、従業員の定着率を高めたほか業績も向上しました。こうしたことからも外部で修業して、自社と比較することの重要性を痛感します。

高橋商店の3代目・高橋成紀さんは、前職の日本IBMやアメリカンフットボールコーチの経験を、家業の成長に生かしています

 この記事の社長は、日本IBMで新入社員時代を過ごします。大手企業は研修プログラムがしっかりしており、それを見て入社したとのことでした。確かに大手企業では、毎年のように研修プログラムを改定しており、最新の経営知識を勉強できるというメリットがあります。就職活動の際には、そこまで会社の事情は分からないにもかかわらず、勉強という観点から会社を選んでいるところは非常に鋭い着眼点と思います。

 加えて、面白いのが、アメフトコーチの経験を経営に生かしているところです。練習メニューの組み立てや、合宿所の運営なども、学生の自主性に任せ、そうした蓄積が下級生に引き継がれることで、年を重ねるごとにアメフトチームが強くなったとのことですが、それを会社に応用しています。具体的には、稟議書を導入し、備品を買う際も本当に購入する必要があるのか、その場合はいくつ必要かなど、社員自らストーリーをつくって書類に示す習慣をつけさせた結果、無駄な発注が少なくなったとのことです。ここでのポイントはチームで物事を考えさせるということ。皆がアイデアを持ち寄り、それをチームで共有することは、確かに、企業経営でもスポーツでも同じです。勉強の場は、会社以外にもあることがわかる事例です。

 今回ご紹介した記事は、事業承継前に経営者がどのように修業していたかをまとめたものです。一言で修業といっても、様々なやり方があることに気づかされます。これらの記事をみて、「成功する修業」について考えてみました。

 まず、修業に行く前に問題意識を持つことの重要性があげられます。やはり様々なことを教えてもらうにしても、問題意識の有る・無しで収穫の「量と質」は異なります。今回紹介した経営者においても、事前に問題意識を高めていたことが印象的です。また、修業先では、修業先の社員として目の前の仕事に対してトップレベルの業績を目指して、チャレンジすることが、その後の経営者となってからの糧になっていることもとても印象的でした。

 さらに、一つの仕事だけでなく、複数の会社や部署を経験することで、視野を広げている経営者も多くおられ、人間の幅を広げることの重要性も痛感しました。業績が良いお店ではなく、業績が悪い店の店長をすることで修羅場を経験し、それを今の経営に生かしている経営者もいました。こうした事例をみるにつけ、修業先での苦労は本当に価値があることを改めて認識しました。

 また、経営のヒントは会社以外にもあります。アメフトのコーチ経験から経営のコツを見いだしている例も参考になりました。かつて、ある著名コンサルタントの方が「マンションの理事長をきちんと務めれば、十分に立派な経営者になる」と指摘していましたが、コミュニティーでの活動も人を動かすという意味では企業経営に近いといえ、修業の場になると言えるでしょう。

 ツギノジダイを読んでおられる方で、これから他社に修業に行くことを考えておきたい方や、ご家族を修業に出すことを検討している方も多くおられると思います。ツギノジダイから、一番、成長できる修業先はどこか、ヒントとなる事例を発見して頂きたいと思います。

※ 連載「日本総研・石川智久さんが選ぶ5本」は今回で最終回となります。1年間、ご愛読をいただきありがとうございました。