野菜の苗とトマトを全国区に パナプラス創業者が広げる農業の裾野
栃木県栃木市のパナプラスは野菜苗やトマトの生産・販売を行う農業法人です。社長の小竹花絵さん(43)は非農家出身ですが、大学の実習で農業に関心を持ち、2010年に起業しました。地道な営業で野菜の苗を全国に広げながら、5年かけてオリジナル銘柄のミニトマト「こくパリッ」を開発し、専門家から高い評価を得ています。従業員はほぼ非農家出身で女性が9割を占めるなど、農業の裾野を広げる経営を追求しています。
栃木県栃木市のパナプラスは野菜苗やトマトの生産・販売を行う農業法人です。社長の小竹花絵さん(43)は非農家出身ですが、大学の実習で農業に関心を持ち、2010年に起業しました。地道な営業で野菜の苗を全国に広げながら、5年かけてオリジナル銘柄のミニトマト「こくパリッ」を開発し、専門家から高い評価を得ています。従業員はほぼ非農家出身で女性が9割を占めるなど、農業の裾野を広げる経営を追求しています。
パナプラスは約1クタールの敷地にあるハウスで、200種類以上の野菜の苗を育て、全国のホームセンターや園芸店に年間約100万ポットを出荷しています。19年に発売を始めたトマトはホテルやレストランなどに出荷し、オンラインストアで一般販売しています。
小竹さんは東京都八王子市の住宅地で生まれ育ち、土を触ったこともほとんどありませんでした。当時は客室乗務員を目指していて、英米文学科のある大学に進学しました。
農業と出会うきっかけは1年生のときでした。
「必修科目に野菜を育てる授業があったんです。ただ、虫は嫌いで、日焼けもするし、最初はすごく嫌でしたね。できあがった野菜は割れていたり、曲がっていたり。絶対おいしくないと思い、ずっと口にしていませんでした」
しばらくして育てた野菜で作ったけんちん汁を食べる授業があり、小竹さんの印象が一変します。
「仕方なく食べたら、野菜が甘くておいしくて感動しちゃったんです。その日のうちに将来は農業をやると心に決めました」。小竹さんは2年生でもその実習を選び、3年生でも単位には関係なく参加したそうです。
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しかし、農業をやると決めたものの、どうすれば従事できるかわからず、大学卒業後、園芸を学ぶためにテクノ・ホルティ園芸専門学校に入学しました。
「土日も学校にいてハウスを管理し、植物漬けの毎日でした。これだと思うと突き進んじゃうタイプなんです。当時発売されたビオラの色に感動し、学校の花壇を全部この色にしようと、先生に止められたのに、1200ポットを1人で植えたこともありました。でも、一色だからすごく地味な花壇になり、世の中に求められているものとは違うと気づきました。このあたりの整合性をつけないと商売にできないと実感しました」
在籍した園芸療法・福祉コース(当時)は生徒数が少なく、先生とマンツーマンで指導を受け、育てたい植物のリクエストが通ることも多かったといいます。
専門学校で2年間、濃密な時間を過ごした小竹さんは卒業後、学校の紹介で栃木県鹿沼市の農業法人に就職します。そこでは街路樹をメインに、鉢植えの植物などを作っていました。
街路樹の栽培では、ハウスでツツジやサツキの種をまき、小さいうちに畑に植えつけます。小竹さんは主に女性パートスタッフの管理業務を担当し、1日の業務の組み立てや、栽培作業の年間スケジュールの策定などを任されました。
就職して1年は「ゆるゆると仕事をしていた」と言いますが、2年目に入ったころ、改めて原価計算をしたときに「このままの働き方ではまずい」と感じ、しっかりとやるようになったそうです。
「入社してすぐ人件費の計算をしていました。学生時代と違い、苗1ポットの値段に対して経費や利益はどれぐらいか、何ポットを売れば私たちの給料が出るのかがわかります。パートの皆さんには、無駄なおしゃべりをしている時間も給料は発生しているということを理解してもらうように説明を続けました」
小竹さんは人件費や原価計算のスキル、作業スケジュールの計画作りなど、農業ビジネスの基本を学びました。
勤めて約5年が経ったころ、小竹さんのもとに「栃木市の農場を使わないか」という思いがけない話が舞い込みます。
その場所は元々、大企業のグループ会社が植物の苗や種子の開発栽培を行っていましたが撤退。その後、別の外資系企業も事業を継続できず、空いている状態でした。
以前、大企業のグループ会社の所長が鹿沼に来たとき、小竹さんは「私もこういう農業をやりたい」という話をしていました。所長はそれを覚えていて「農場が空くけど、居抜きでやってみるか」と言ってくれたそうです。
小竹さんは「このときも農場も見ることなく『やる!』って答えました。今思うと若さですね(笑)」。
事業計画を練り始めたのは、やると決めた後でした。29歳だった09年、5年半働いた会社を辞め、新規就農者向けの支援制度を通じて1500万円の借金をして独立しました。
小竹さんは翌10年に現在のパートナーと2人でパナプラスを創業しました。当初は個人事業でスタートし、法人化するときに小竹さんが代表取締役になりました。
パナプラスは野菜の苗を主力事業に選びました。「栃木に野菜の直売所がたくさんあり、スーパーにはない種類の作物もありました。その多くは収穫量が少なかったり、品種として古かったりで流通していませんでしたが、おいしいんです。そういった野菜を育てて食べる楽しさを知ってほしいと考えました」
資金を借り、苗を栽培する場所も見つかりました。あとは売るだけです。前職の農業法人で知り合ったホームセンターのバイヤーは「小竹が作った苗なら買う」と声をかけてくれました。ただ、それだけでは売り上げは足りません。
そこで小竹さんは大手ホームセンターの本社に営業の電話をかけ、運良くバイヤーとアポが取れます。早速、A4用紙に簡単な会社情報を印刷して会いに行きました。野菜の苗が売買されている市場にも電話して交渉。小竹さん自身がセリ場に立ち、育てた苗を買ってもらいました。
同社が扱う苗は、きゅうり、パプリカ、枝豆といったものから、オレンジ白菜、3色オクラ、多分裂にんにくという個性的な商品もそろえています。植物の苗を取り扱いや、生産計画の立案などの栽培やビジネスのノウハウは、前職の農業法人で培ったそうです。
「そのころは知らなかったのですが、苗や種子の商談は半年前にする習慣があります。創業したのが2月だったので、ホームセンターなどと直接取引をする春の商談はもう終わっていました。ただ、会ってくれたバイヤーさんが地方のバイヤーさんを紹介してくれて、市場を通して少し取引が出来ました」
自然相手の農業では、雪や台風でハウスが壊れたり、頑張っても結果が出なかったりすることも数多くあります。それでも小竹さんは泥臭く、地に足をつけて努力をしてきて良かったと感じています。
累計500種類ほどの植物を取り扱ってきた小竹さん。なかでも特に感動させられたのが、13年に出会ったミニトマト「つやぷるん」の苗です。
「つやぷるんは皮がすごく薄くてグミのような、口に入れるととろけるような食感でした。試食を用意すると、お客様も感動してくれました。これを何年か続けるうちに、苗ではなくトマトを売りたいと考えるようになりました」
「苗を100万ポット作っても『いい苗だね』と言われたことはありませんが、1粒のトマトで感動して目の前で表情が変わる瞬間が見られるんです。こんなに喜ばれるビジネスを自分たちでやらなくてどうすると思いました」
13年から試食用ミニトマトの栽培を始め、17年に販売用として栽培するために専用ハウスも立てました。しかし、おいしいトマトを作ると決めた以上、妥協はできません。
最初に作り始めた「つやぷるん」、さらに15年には「こくパリッ」の栽培試験も開始しました。19年に販売を始めるまで約5年間一粒も売らないで、苗の売り上げでトマトを作り続けました。
「新しくハウスを立てているのに何も売らないから、近所の人たちから何をしているの?って言われるようになりました」
そこで18年に近隣の老人会をハウスに招待し、トマトをお土産に渡しました。「すごく感動してくれて『おいしいから売ってくれ』って言われたんです。ホームセンターで箱を買ってきてお歳暮で売ったのが最初です。この時代に回覧板で注文を取りました(笑)」
近所の高齢者の声に押される形でトマトのネット販売をスタート。現在はオリジナル品種の「こくパリッ」のみを販売しています。
一般的なトマトの糖度が5~6度なのに対して、「こくパリッ」は8~12度と甘さが強いのが特徴になります。さらに樹上で完熟させるのでさらに甘みが濃厚です。強い甘さに負けない酸味もあり、バランスの取れた味になっています。うまみ成分であるアミノ酸が多いのも特徴です。
一般社団法人日本野菜ソムリエ協会の「野菜ソムリエサミット」では、3年連続金賞に輝きました。トマトは今後、さらにもう1種類増やすことも考えています。
現在、ホームセンターなどに卸す野菜の苗が売り上げの8割を占め、残り2割がトマトになります。今後はトマトの販売比率を増やすのが課題です。
パナプラスは創業から4年目の13年から黒字に転換しました。事業計画やコスト計算、従業員のチームづくりといったノウハウは前職で培いました。感動をきっかけに動き出し、その後は綿密に計算して事業計画を立てるのが小竹さんのやり方です。
「自然相手なので常に最悪を想定して事業計画を立てます。ただその後は、楽観的に進めていますね。(一緒に事業を行う)夫がパッション100%のタイプなので、一緒に感動してもすぐに現実に戻って計算を始めています」
パナプラスは従業員の9割が女性で、20代から70代まで幅広い年齢層がいます。
創業当時、正社員を雇うほどの余裕がなく、扶養の範囲内で働くパート従業員を雇っていたこともあり、結果的に女性が多くなったそうです。それでも、これから女性が活躍する時代に、農業だから男性という考えもなかったといいます。体力的に大変な部分もあるそうですが、みんなで力を合わせて対応しているそうです。
さらに従業員の99%が非農家の出身です。このため、農業に対しての固定観念がなく、フラットな付き合いができるといいます。「良い意見は取り入れたいですし、フリーに色々言える距離感の職場にしたいと思っています」
最後に事業を引き継ぐ後継者や、新規で事業を立ち上げようとしている人へのメッセージを伺いました。
「まずは夢を大きく持ち、自分が何のためにその仕事をするのかを考え、しっかりと事業計画を立ててほしいです。自分だけじゃなく、お客様や取引先も幸せになるというビジョンを掲げて事業計画を綿密に練られたら、うまくいきます。あとは行動に移し、信頼を得るまでは時間をかけてやることが大切だと思います」
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