目次

  1. 宇宙と酒造りとの共通点
  2. 隈研吾さんが語る日本酒の未来
  3. 企業の在り方を伝えるイベントに

 会場全体で約500人が詰めかけた初日の6日、特に人気を集めたのは新政酒造の佐藤さん、「宇宙兄弟」の小山さん、担当編集として宇宙兄弟を送り出した佐渡島庸平さん(コルク代表)を交えたシンポジウムです。新政酒造はこれまでも著名人との共同企画を実現しており、23年秋に発売する限定酒では「宇宙兄弟」とコラボします。

 日本酒と宇宙。一見かけ離れたジャンルにも共通点がありました。「宇宙兄弟」の愛読者でもある佐藤さんは「宇宙はマクロコスモスで、日本酒はミクロコスモス。正反対にも見えますが、宇宙兄弟でも微生物学者が出てきたり、顕微鏡をのぞいたりするシーンがありました。作品でミクロの世界に触れてくれるのがうれしくて、リアリティーがあります」と言います。

「宇宙兄弟」の制作について語る小山宙哉さん

 小山さんはシンポジウムで、制作の舞台裏を明かしました。

 「僕はキャラクターを中心に(物語を)考えています。大まかなストーリーはありますが、キャラクターがどう動くかで続きが決まる感じです。例えば(メインキャラクターの)南波日々人がロシアの宇宙飛行士として月に行くことが決まった時、かつて所属していたNASAの仲間にあいさつに行くシーンがあります。これは、日々人がそのときどうしたいのかを尋ねるような形で、ストーリーが動きました」

 佐藤さんも「キャラクターに任せるという点は、酒造りも一緒」と言います。「酒造りで重要なキャラクターは米です。蔵人が関与しすぎたり、技術を使いすぎたりして同じ味になるのを避けるため、原料を尊重し過剰にコントロールしないようにしています」

 2人の話は、表現者や経営者としてのこだわりにも広がりました。

 小山さんは「酒造りで何回も味見するように、描いては読むことを繰り返しています。『会話が長い』とか『シリアスが続くとうそっぽくなる』とか。シリアスなシーンでも時々ギャグが入っているほうが引き立ちますよね。それは、作品を何度も味見して確認しています」と明かしました。

 佐藤さんも「蔵元(経営者)は酒造りはできなくても、利き酒だけはできないといけません。造った酒を世の中に出していいかどうかが分からないと、経営者としては問題です。酒造りの過程は職人に任せていますが、最初の酒の設計と、最後にお酒を送り出すときの確認は責任を持ちます」と話しました。

 初日には「日本酒と建築の未来を語る」と題したシンポジウムも開かれ、建築家の隈研吾さんが、冨田酒造(滋賀県長浜市)15代目の冨田泰伸さんらと語り合いました。

「日本酒と建築」をテーマにしたセッションに登壇した(左から)日本総合研究所エクスパートの井上岳一さん、建築家の隈研吾さん、建築家の冨永美保さん、冨田酒造15代目の冨田泰伸さん

 隈さんは地域の酒蔵を巡った経験などから、「その土地と密接に結びついている建築に未来を感じており、日本の酒蔵が面白いと思っています」と言います。

 隈さんは冨田さんから、地方の小さな酒蔵が持つ可能性について聞かれると次のように答えました。

 「蔵の中の菌を利用して造る日本酒は、世界中の酒と比べても場所との密着性が強いと感じています。建築でも世界的に場所の時代が来ている中で、酒蔵は圧倒的に大きな可能性があると信じています」 

 「Fermentopia 2023」では7日以降も、日本酒にとどまらず、木桶文化や農業、音楽、器づくりなどをテーマにしたシンポジウムやワークショップを開き、企画の総数は15を超えています。週末は東京・豊洲に会場を変えて試飲や音楽を楽しむフェスティバルを企画しています。

会場では日本酒を仕込む木桶の展示もありました

 新政酒造の佐藤さんはこれまで、酒蔵の後継ぎと一緒に団体を作ってライブコマースを展開し、著名アーティストらに酒瓶のラベルをデザインしてもらうなど、従来の日本酒業界の枠にとどまらない連携を深めてきました。

 今回、発酵文化にフォーカスしたイベントを立ち上げた背景には、強い危機感がありました。「酒造りだけでなく周辺の発酵文化も含めたバックグラウンドを理解した方が面白いし、知ってもらわないことには日本酒は存続できません」

 国税庁の資料によると、清酒の出荷量は右肩下がりが続き、2020年度はピークだった1973年度の3割以下に落ち込みました。一方、付加価値の高い純米酒及び純米吟醸酒は増加傾向にあります。

 「Fermentopia 2023」では、「獺祭」で知られる旭酒造(山口県岩国市)4代目の桜井一宏さんら、新政酒造の「ライバル」とも言える後継ぎ経営者も登壇。地方の酒蔵が企画するイベントとしては異例の試みです。

 佐藤さんは「日本酒業界は今まで卸会社や酒販店に(発信を)任せきりで、日本酒の思想をお客さんに伝えていませんでした。お酒も多様性がないと、独りよがりになってしまいます。酒造りのスタイルが違う蔵も招いて議論することで、魅力を高めたいです。今は世界的にもエシカルな経営が求められており、伝統文化である日本酒にも共通点があります。日本酒を起点に、日本人の生き方や企業の在り方を考えるイベントにしたいと思っています」と話しました。