悲しみに寄り添う「おくり鳩」 中島プレス工業2代目が生んだ特許技術
埼玉県越谷市の中島プレス工業は、やわらかな素材の型抜き加工技術を強みとする町工場です。2代目の小松崎いずみさん(55)は、35歳で社長に就任した後、事務所の焼失やリーマン・ショックなどの危機に直面します。それでも素材加工の技術力を生かした自社商品開発に乗り出し、形状記憶不織布で折られ、折り目を解いてもすぐに元通りになる「おくり鳩」を開発。その技術で特許を取得し、年間5万羽以上を出荷するまでに成長させました。
埼玉県越谷市の中島プレス工業は、やわらかな素材の型抜き加工技術を強みとする町工場です。2代目の小松崎いずみさん(55)は、35歳で社長に就任した後、事務所の焼失やリーマン・ショックなどの危機に直面します。それでも素材加工の技術力を生かした自社商品開発に乗り出し、形状記憶不織布で折られ、折り目を解いてもすぐに元通りになる「おくり鳩」を開発。その技術で特許を取得し、年間5万羽以上を出荷するまでに成長させました。
中島プレス工業は、小松崎さんの父・敷香さんが1971年に創業しました。現在は電子部品パッキン材加工事業を主軸に、五つの事業を展開。中でも様々な素材に対応できる「裁断・型抜き事業」に定評があります。
小松崎さんは「強みはフィルムやウレタン、フェルト、不織布、ゴムなど、やわらかな素材を加工するソフトプレス加工です。現在、約2200種類の素材を扱っています」といいます。裁断・型抜き事業の顧客は、電子部品会社やフィルター産業といいます。
「裁断・型抜き」の工程は、まずは2メートル以上の反物を適切なサイズに切り出し、型枠を用いて裁断。ここから顧客の要望に沿って、穴あけなどの加工を施します。
型枠の設計から素材加工、部品製造、品質管理まで一貫対応ができ、完成品は工業製品や携帯電話、コンピューター、家電などの部品に活用されています。
工場内には大型プレス機や連続裁断機などが設置され、23人の従業員が働いています。うち8割が女性で、約100トンの機械を動かすのも女性従業員です。
小松崎さんは「私自身、育児しながら働いていたので、彼女たちの苦労がよくわかります。子育て世代の従業員も多く、家庭と両立できるよう多様な働き方に対応しています」
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小松崎さんは89年、両親から「人手が足りない」と相談され、21歳で事務員兼製造職として入社しました。「入社当時は長男を妊娠中で、産後はおんぶして仕事していました」
事務員として売り上げデータを見るうち、工場を維持する難しさを実感します。取引先を増やすためのファーストアクションとして、まずは既存顧客に要望を聞いて回りました。
「品質管理をした方が良い」というアドバイスを受け、小松崎さんは品質管理の強化に着手します。これまでは不良が再発しても、「人間はロボットではないし、間違いは仕方ない」と従業員に注意を促すのみに留めていました。
「デジタル化が進み、多くの取引先が品質管理体制の見直しを図っていました。これに対応しなければ、私たちはさらに危機的状況に陥ると感じました」
小松崎さんは、各顧客のカルテとQC工程表を作り、不良品の数量や原因を全て記録。報告書にまとめ、顧客に情報共有しました。時には管理状況をプレゼンしに客先へ赴くこともありました。
取引先との接点が増えると、小松崎さんの軸足は品質管理と営業へと変わります。「品質管理体制の構築で依頼が増え、売り上げも徐々に伸びました」
小松崎さんの働きは父からも評価され、2003年に35歳の若さで2代目社長に就任。同年に大型自動裁断機を導入し、仕事の幅を広げました。
しかし、社長就任から4年後の07年、事務所が火災で全焼する被害に見舞われます。幸いにも工場と顧客データは無事でした。
「品質管理に注力していたので、顧客のデータファイルを事務所と工場の2カ所で保存していました。工場も機械も人手もありましたが、発注連絡を受けていたファクスが焼失し、お客様の依頼を受け取る手段がありませんでした」
火災直後、近所の町工場が自社のファクス回線を快く貸し出し、顧客の発注連絡を代わりに受け取ってくれました。事務所の電気・水道が復旧するまで、近隣住民も力になってくれました。
「地域の皆さんが助けてくれたおかげで、火災3日後から操業を再開できました」
この経験を機に、小松崎さんは「危機に陥った時こそ地域の連携が何よりも大切」と実感。ファクスを貸してくれた町工場と、自然災害発生時にも協力し合えるよう、22年から経済産業省が推進する連携事業継続力強化計画に参画しています。
「会社の近くは五つの河川があり、浸水リスクが高いエリアです。我々町工場が中心となり、防災や緊急時に備えることで、火災の時に助けてくれた地域の方々に恩返しをしたいと思っています」
07年は他にも悲しい出来事がありました。小松崎さんの祖父が亡くなり、先代の父には大きな病が見つかります。翌08年には、リーマン・ショックが発生。「09年ごろから徐々に取引先に影響が出始め、売り上げも減っていきました」
小松崎さんは「人生で最も喪失感にさいなまれた時期だった」と振り返ります。
「終業後、行き場のない思いを抱えながら工場を掃除していました。落ちていたゴミで鳩を折り、『これだ』とひらめきました」
小松崎さんは祖父の葬儀で「放鳥の儀」という儀式を知りました。「放鳥の儀」とは出棺の際に白い鳩を放ち、冥福を祈るものです。「葬儀規模の縮小化や予算の事情で、放鳥の儀ができない遺族もいます。当社の技術を用いて、葬儀用の鳩を作れないかと考えました」
小松崎さんが目をつけたのは折り加工技術でした。同社では素材の加工時、生地に折り目をつけて基準線にします。次の作業者へ、穴開けの箇所や裁断位置を示すため、製造上欠かせない工程です。
「新しい設備を購入する資金はありません。既存の設備や加工ノウハウだけでできるものを模索した結果、折り加工技術を生かした商品開発にたどり着きました」
小松崎さんは09年から同社初の自社商品として開発をスタートします。その背景は、リーマン・ショックでした。「クライアントの業績は自社の経営に大きく響きます。安定経営をし続けるには、下請けとメーカーの両面を持つ町工場になる必要があると感じました」
同社は下請けの町工場のため、顧客が買い上げた素材を預かり、製品を作っていました。そのため、自社製品を開発するまで、材料を自社で購入したことがなかったといいます。「工場で出たゴミを拾い、いくつも鳩の形を折り、おくり鳩に最適な素材を探し続けました」
約3年の開発期間を経て完成したのが「おくり鳩」です。1枚の正方形の不織布を折って作った鳩は、一度折り目を解いても容易にもとの形へ戻ります。「丈夫で折り加工がキープしにくい不織布にプレス機で折り目をつけ、熱を加えて形状記憶加工を施しました」
葬儀社が主な販売先で、現在の定価は1羽500円(税別)となっています。
11年、小松崎さんは「おくり鳩」を中小企業展に出展。販路や活用法は展示会で知り合った葬儀業界の関係者から教わりました。
「商品を手に取った葬儀業界の方に『故人にメッセージを伝え、送り出したいご遺族は多い。おくり鳩は葬儀でとても役立つ』と言われました」
形状記憶の「おくり鳩」は、一度折り目を開いても元のかたちに戻ります。そこで、中に故人へのメッセージを書き入れる活用法を打ち出しました。
素材は燃やしても害がない不織布を使用しているため、納棺時に封入し、火葬しても問題ありません。「長く素材を扱う仕事をしてきたので、環境負荷のない不織布を選定できました」
12年に「布生地の形状記憶方法」として特許を取得。15年には革新的な技術開発を表彰する埼玉県主催の「渋沢栄一ビジネス大賞」(現・彩の国SDGs技術賞)のテクノロジー部門で特別賞を受賞しています。
さらに葬儀スタイルの多様化にあわせ、水溶性の素材を使った「おくり鳩」も開発。海洋散骨で役立てられています。
「おくり鳩」は看板商品となり、現在は年間5万羽を出荷しています。小松崎さんは「遺族の思いをくみ、寄り添ってきた葬儀業界の方々がいたからこそ、良い商品になった」と語ります。
中島プレス工業は15年、埼玉県の「次世代ものづくり製品開発支援事業」に採択されました。プロダクトデザイナーとタッグを組み、おくり鳩と同じ技術を用いた商品開発にも着手。形状記憶不織布で作られた見本をもとに、和紙でぽち袋を作れる「折方見本帳 ORU-KOTO」を開発しました。
ゼロからスタートした自社商品事業は、同社の売り上げの約1割を占めるまでに成長しました。
小松崎さんは09年から、自社商品開発と並行して10年かけて工場内の仕組みづくりを進めました。それは、品質管理の徹底と業務効率化が狙いでした。
「部署は作業工程ごとに分かれていますが、お客様の進捗状況の確認や追加注文に対応するためには、事務所と現場の両方で各工程の進行を正しく把握する必要がありました。現在は受注から加工、納品まで全ての流れを紙とデータで記録し、見える化しています」
見える化することで、作業者は次に自分が取り組むべき仕事が明確となり、手を止める時間が大幅に削減。作業工程ごとに加工履歴が残るため、不良が生じる箇所が明確になり、品質保全に役立っています。
現在は11年に入社した長男の晃さん(34)を中心に、デジタル化を推進。材料の在庫はクラウドサービスのキントーンで管理しています。工場内に設置したスマートフォンで各素材に割り振られたQRコードを撮影すると、使用日や数量、残数などの情報が自動で記録され、プラットフォーム上に保管される仕組みです。
「今まではお客様からの在庫の問い合わせや、残数報告などの作業がしばしば発生していました。でも在庫情報をオンライン上で共有すれば、やり取りの手間も省けます」(晃さん)
ゆくゆくは晃さんが3代目として後を継ぐ予定です。晃さんは「小さいころから家業を見て育ったので、いつか継ぐと思っていた」といいます。
晃さんはコロナ禍で減った売り上げを補うべく、22年に自動梱包事業を立ち上げました。既存のプリンター設備とソフトプレス加工技術を生かし、プラスチック袋に商品を高速で封入するサービスです。現在の主な取引先は釣り餌メーカーで、中島プレス工業でプリントしたパッケージに高速で釣り餌を封入しパッキングしています。
晃さんは「近い将来、自動梱包事業の売り上げを5倍に成長させたい」と力を込めます。
3代目就任に向け、晃さんは小松崎さんと初代(小松崎さんの父)に相談をしながら業務にあたっています。小松崎さんは「子どもに若いうちから継ぐ意志があるなら、親子3代で事業承継に取り組むのがおすすめ」といいます。
「父(初代)は『今の時代のことはわからないから、良いと思ったことを挑戦してみなさい』と孫の背中を押してくれる存在です。祖父と孫ほどの年齢差があれば、(先代の)後継ぎに対する競争心や価値観の違いから生じる衝突が起こりにくいのだろうと感じます」
小松崎さんは、晃さんへ社長のいすを明け渡す準備を進めています。まずはコロナ禍で落ち込んだ売り上げを回復させ、事業承継の土台を整えたいそうです。
「社長になってから、火災やリーマン・ショック、東日本大震災、コロナ禍など、大きな事件が多かった。でも、会社は変化が多いほど強くなると感じています。息子にもさまざまな変化に対応しながら、会社の新たな歴史を作る経営者になってほしいです」
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