脱赤字の推進力になった若手の積極性 東京包装3代目が進める人材開発
埼玉県川口市の東京包装は、小ロットの段ボール箱製造を強みとするメーカーです。かつては赤字に苦しめられていましたが、専務で3代目の黒岩崚太郎さん(27)が若手社員と一緒に工場などの生産性改革などを進め、黒字体質への転換に成功しました。後継ぎとして、社員に「当事者意識」が芽生えるよう、コミュニケーションの工夫で若手人材の定着へとつなげています。
埼玉県川口市の東京包装は、小ロットの段ボール箱製造を強みとするメーカーです。かつては赤字に苦しめられていましたが、専務で3代目の黒岩崚太郎さん(27)が若手社員と一緒に工場などの生産性改革などを進め、黒字体質への転換に成功しました。後継ぎとして、社員に「当事者意識」が芽生えるよう、コミュニケーションの工夫で若手人材の定着へとつなげています。
1969年に創業した東京包装は、数量500枚に満たない小ロットの段ボール製造を得意としています。必要に迫られていれば1枚だけの納品にも応じてきました。顧客のほとんどを近隣の中小企業が占め、取引先は産業財の製造業を中心に約200社にのぼります。現在の年間売り上げは約1億円、従業員の数は10人前後になります。
中小企業では、段ボール箱が急に足りなくなるトラブルが頻繁に起きます。段ボールは生産工程の最終段階で必要になるため、在庫切れに気づくのが遅れてしまうというわけです。納期が迫っているケースも多々あり、小回りの利く東京包装は「縁の下の力持ち」として頼りにされています。
現社長の順子さん(60)の息子である黒岩さんは「赤字が続いた時期もありましたが、若手人材の活躍で会社の黒字体質ができあがってきました」と胸を張ります。
黒岩さんは高校卒業直後の2014年から、家業でアルバイトとして働き始めました。そのころ、お笑い芸人を目指してプロダクションの養成所に通っていたからです。芸人の仕事について「自分のアイデアをすぐ試せるのが楽しかったですね」と振り返ります。事業承継が家庭の話題にのぼることはなく、黒岩さんは夢に向かって邁進していました。
そんな黒岩さんが、家業を継ぐためにお笑い芸人をやめたのは、20歳になった16年でした。好きなことを仕事に選んだものの、社会人経験が皆無だったことがコンプレックスとして膨らんでいたといいます。
「段ボールの製造現場はアルバイトの2年間を通じてだいぶ分かるようになっていました。会社を成長させるため、その経験を下地に頑張りたいと思いました」
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事業承継の決意を社長の順子さんに打ち明けると、意外な申し出に驚かれたといいます。
「後になって、母から内心ではうれしかったと聞かされました。創業者の祖父は一代限りで廃業する予定でしたが、12年に母が社長に就任して存続することに。それでも、一時期は廃業が予定されて顧客を徐々に減らしていたので、かつての業績を取り戻すまでに母はずいぶん苦労したそうです。口には出さないものの、ひとかたならぬ思い入れがあったと思います」
家業に本腰を入れた当初、黒岩さんはバラ色の未来を想像していました。自身に課した月3件の新規開拓ノルマを途切れることなく達成するなど、順調に売り上げを伸ばしていたからです。
同業他社は中小企業に限れば高齢化が進んでおり、20代前半の黒岩さんは目立つ存在でした。前途のある若者として顧客から目にかけてもらうチャンスに恵まれると、丁寧なコミュニケーションを武器に信頼関係を固めたといいます。
「段ボール箱の発注では口頭でのやりとりが生じがちですが、私の感覚では内容の確認やリマインドを行っている会社はあまり多くありません。取引関係が長きにわたるケースが多いため、『ツーカー』で通じているのだと思います。ただ、お客様も人間である以上、注文内容を間違えたり重複したりすることがあります。ごくごく当たり前のことですが、注文を受けるたび確認書を出していると、丁寧な仕事ぶりにご好評をいただけるという実感がありました」
黒岩さんの営業活動などが功を奏し、当初は2千万円前後だった年間売り上げが、19年には5千万円前後で推移するようになりました。
ただ、売り上げは伸びていたものの、東京包装は赤字体質に悩まされていたといいます。主な原因は固定費がかさんでいたことでした。それでも、一定数以下に人手を減らすわけにはいかないため人件費を削るには限界があります。また、製造に用いる機械は修繕費がかさむうえに数年おきに入れ替えが必要です。
赤字額は年間数百万円と、大きな額ではありませんが、頑張っても報われない現実に苦しんだといいます。黒字体質に転換するには売り上げをさらに伸ばす必要がありました。
しかし、黒岩さんはジレンマに悩まされます。5千万円の年間売り上げを上積みするには、製造現場のキャパシティーが追いついていなかったからです。
納期に間に合わせるために、黒岩さん自身が製造現場に入らなければならないほどで、新規開拓もおぼつかない状態でした。「ハローワークを通じて人材を採用していましたが、忙しいときほど人が辞めてしまいます。腰を落ち着けて働いてくれる人材を見つけないことには、会社に未来がないと思いました」
赤字脱却への糸口となったのが、従業員の川村和さん(22)を知人からの紹介で採用したことでした。黒岩さんは「高卒で働くときの心細さは私もよくわかります。自分と境遇の似ている彼なら職場に定着するためのちゃんとしたケアができると思いました」と説明します。
川村さんの入社が決まったとき、黒岩さんが「売り上げをさらに伸ばすには、あなたの存在が欠かせない」と心を込めて語りかけたことが、やる気に火をつけました。
「彼は製造現場ですぐに頭角を現しました。製造現場の生産性を高めるため、自分なりに業務改善を重ねてくれるのがありがたいですね。今では彼のやる気には目を見張ることがししばしばあります」(黒岩さん)
たとえば、川村さんの工夫によって、製造現場のレイアウトがより合理化されたといいます。以前は資材や製品が適当に配置されており作業の動線に無駄が生じていました。作業の動線に合わせてレイアウトを変更すると、最小限の動きで作業を進められるようになり生産性が向上したといいます。
黒岩さんは「具体的な数字には現れたわけではないのですが、製造現場がスッキリすると快適に仕事ができるようになりました。」と言います。
川村さんのスキルアップに対する意欲も黒岩さんは高く評価しています。例えば、生産キャパシティーの頭打ちについて川村さんに相談すると、技能習得による根本的な問題解決に取り組んでくれるようになったとのことです。
川村さんが習得を目指したのは印刷オペレーターの技能です。東京包装の工場では印刷オペレーターの仕事が最も難しいとされており、当時、担当できる人員は1人か2人と限られていました。印刷オペレーターの人手不足が生産キャパシティーのボトルネックとなっていたことから、川村さんが新たな担い手として名乗りを上げたというわけです。川村さんは残業によるOJTで先輩社員に弟子入りして学びました。
黒岩さんは「若手から上がった意見はどんどん採用しています。現場のやる気を引き出すには必要な配慮です。私も仕事を自分で工夫して進められるほうが好きなタイプなので気持ちがよくわかります」と話します。
川村さんの活躍により、黒岩さんは生産現場から離れて営業活動に専念できるようになりました。また、効率化を進めたことで生産能力が向上しました。営業と生産の両面からの改善により、20年には黒字転換を果たすことができました。22年からは川村さんの知人の山崎登生さん(22)も入社。若手人材の定着による成長サイクルが回り始めています。
黒岩さんは、若手人材の定着において「当事者意識」の重要性を感じているといいます。ひとごとではなく「自分事」として仕事を捉えてもらえれば、仕事のクオリティーが上がるうえに、会社に愛着が芽生えるというわけです。
そのため、黒岩さんは会社の方針について社員によく相談しているといいます。最近、フォークリフトを工場に導入したときも、その前に社員と相談して賛同を得るようにしました。導入後は実際の運用方法について、社員に使用感を聞いて改善点を浮き彫りにしています。
具体的な相談に限らず、あえて漠然とした問いを投げかけることもあります。例えば、ある工程について生産性を高める必要がある場合、黒岩さんは「どうすれば効率が良くなると思う?」と尋ねるようにしています。現場から創意工夫の楽しみを奪わないように配慮しているというわけです。
東京包装は若手人材の採用をきっかけに業績が上向いた一方、製造現場に依存することなく業績を伸ばす方法も模索し始めています。これまでは小ロット案件を得意にしてきましたが、最近では、既存顧客の大ロット案件の仲介業務を取り扱うようになりました。
顧客の事情を知り尽くす東京包装が大ロット案件を取りまとめたのち、必要なキャパシティーを備えた大手に取り次いでいます。
「大ロット案件では大手の流通センターが使われるので、パレットや包装フィルムなど関連資材を各顧客の事情に合わせて調達しています。仲介役でも付加価値を出す余地があります」と黒岩さんは説明します。
自社単独で完結する案件に比べると利益率は低い傾向にありますが、現在の生産設備のままで業績を伸ばすために、仲介業務は有効な一手になりました。
赤字に苦しんでいたころ、会社は目の前のことで手いっぱいでした。最近では周りや未来に目を向ける余裕が生まれています。黒岩さんはこれからの家業の形について、こう語ります。
「雇用の場に困っている人に手を差し伸べられる会社でありたいですね。当社で働く若い2人(川村さん、山崎さん)は入社前、どちらかといえば社会で働くことに自信がないように見えました。でも製造現場で働くうちに、自分の能力に自信をつけていきました。社会人を育て上げる場所として人助けができることは、会社を経営する一人として感慨深いと思っています」
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