目次

  1. カーボンニュートラルとは
  2. 各国政府のカーボンニュートラルの取り組み
  3. 製造業が注目すべき市場ルール
    1. カーボンフットプリントとは
    2. 欧州バッテリー規則:CFPの申告・上限を義務付けへ
  4. 日本政府の動き:2050年カーボンニュートラル実現に向けて
  5. 日本の製造業の取り組み
    1. 取り組み事例①:旭鉄工
    2. 取り組み事例②:日立製作所

 環境省の脱炭素ポータルサイトによると、カーボンニュートラルとは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにすることです。

 人為的に出された温室効果ガスの「排出量」から、植林や森林管理などによる「吸収量」を差し引き、全体でゼロにすることを意味します。

 世界の環境問題について協議する2015年のCOP21で採択された「パリ協定」では、以下の長期目標が定められました。

  • 世界的な平均気温上昇を工業化以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること
  • 今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成すること

 各国の間で合意されたこの目標に向け、カーボンニュートラルの取り組みが世界規模で進められています。

 COP21で長期目標が採択されたことを受け、近年、各国政府は気候変動対策が喫緊の課題であるとの認識を強めています。

 欧米の主要国はこぞって対応に本腰を入れ始めており、以下のように、大規模な政府支援を決めています。

  • 米国 10年間で約50兆円の政府支援(2022年8月)
  • ドイツ 2年間を中心に約7兆円(2020年6月)
  • フランス 2年間で約4兆円(2020年9月)
  • 英国 8年間で約4兆円(2021年1月)
諸外国のGXへの政府支援(脱炭素化に向けた欧米主要国の政府支援額(経済産業省「2023年版ものづくり白書 全体版」p172))

 足元では、途上国でも取り組みへの意識が高まりつつあります。

 インドのモディ首相は、2021年のCOP26において「2070年までにネット・ゼロ達成を目指す」と表明しました。

 経済産業省のまとめでは、COP26の終了時点(2021年11月)で、G20のすべての国を含む世界154か国が年限付きのカーボンニュートラル目標を掲げるに至っています。

COP26終了時点で、年限付きカーボンニュートラル目標の表明国は世界150か国以上に広がっている(経済産業省「COP26の成果と今後の動向」https://www.rite.or.jp/news/events/pdf/kihara-ppt-kakushin2021.pdf)

 世界・国単位の長期目標が定められるなか、その実現に向けて民間事業者の取り組みを促す具体的な市場ルールが形成されるようになってきました。

 製造業に関わる主要なルールの一つが「カーボンフットプリント」です。

 カーボンフットプリント(CFP)とは、ある商品が作られてから捨てられるまで(原材料調達から廃棄・リサイクルまで)に排出される二酸化炭素の総量を表示する仕組みのことをいいます。

カーボンフットプリントのイメージ(経済産業省「サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けたカーボンフットプリントの算定・検証等に関する検討会 報告書」資料https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_footprint/pdf/20230331_1.pdf)

 ものづくり白書では、カーボンニュートラル実現のためには、個々の企業の取り組みのみならず、サプライチェーン全体での温室効果ガスの排出量削減を進めていく必要があると指摘されています。

 脱炭素・低炭素製品が選ばれる市場を創出することが目標実現において不可欠であり、その仕組みとしてCFPが重要視されています。

 カーボンフットプリントに関連し、欧州ではさらに踏み込んだルール形成も進んできました。「欧州バッテリー規則」です。

 欧州バッテリー規則とは、EU市場で取引される電池について、カーボンフットプリントの申告や上限を定めるルールのことです。

 製造から廃棄・リサイクルまでバッテリーのライフサイクル全体を規制することにより、電池の安全性・持続可能性・競争力を確保することを目指しています。

 規則は今後、段階的に施行されていく予定です。主な施行内容と時期は次の通りです。

  • 製造者や製造工場の情報、バッテリーとそのライフサイクルの各段階でのCO2総排出量、独立した第三者検証機関の証明書などを含む、カーボンフットプリントの申告(2024年7月1日~)
  • ライフサイクル全体でのCO2排出量の大小の識別を容易にするための性能分類の表示(2026年1月1日~)
  • ライフサイクル全体でのカーボンフットプリントの上限値の導入(2027年7月1日~)
流通する電池にCFPのルールを設ける欧州バッテリー規則(「2023年版ものづくり白書(概要版)」p5)

 バッテリーは自動車やスマホなど、幅広い製品で使われています。こうしたルール形成が進むことにより、各製造業者に対応が求められることになりそうです。

 日本では2020年10月、菅義偉首相(当時)が、2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言しました。

 2022年6月には、岸田内閣が、温室効果ガス排出削減と産業競争力向上との両立を目指すグリーントランスフォーメーション(GX)の実現に向け「今後10年間に官民協調で150兆円規模のGX投資を実現する」との方針を示しました。

 こうした大きな方針に基づき、政府は経済産業省を中心に「GX推進会議」「GXリーグ」といった具体的な取り組みに着手しています。

 また経済産業省は、上記のカーボンフットプリントに関する取り組みも加速させています。

 2022年9月に「サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けたカーボンフットプリントの算定・検証等に関する検討会」を設け、2023年3月にレポート・ガイドラインをまとめました。

 製造業に特に関連した部分では、重視すべき取り組みの方向性を各産業ごとに分けて示している点が挙げられます。

  • 鉄鋼や化学など中間材製造企業 CFPの算定において客観性、正確性の双方を重視する
  • 自動車、電機、電子などB2B取引が中心の企業 顧客からの排出量削減の要求に応えるため削減努力をし、その成果や算定の数値への正確性を高めることを重視する
  • 衣料品、食品、衛生・生活消費財などB2C製品が中心の企業 消費者に気候変動対策を訴求するため、比較的やさしい方法でCFPを算定する製品数を増やす
産業別に示されたCFPへの取り組みで重視すべき方向性(経済産業省「カーボンフットプリント レポート」p39  https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_footprint/pdf/20230331_2.pdf)

 またレポートでは、鉄鋼業、化学⼯業、窯業、紙パルプ製造業といったサプライチェーン上流に位置する多排出産業について「ステークホルダーからは、排出量可視化や削減が強く要請されており、特に下流企業からのCFP情報や排出削減のニーズが⾼まっている」と指摘しています。

二酸化炭素の産業別排出割合を占めすグラフ(経済産業省「カーボンフットプリント レポート」p40)

 ものづくり白書に引用された三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査によると、日本の製造業のうち大企業では約9割が、中小企業で約5割が脱炭素への取り組みに着手しています。

 取り組み内容をさらに分析すると、自社が直接排出する温室効果ガスの削減・見える化は比較的進んでいる一方で、原材料製造時や製品輸送時などに発生する温室効果ガスについてはまだ取り組みが進んでいないことが明らかになりました。

各企業による脱炭素の取り組みがどの段階まで進んでいるかについて示したグラフ(経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」p184)

 以下では、ものづくり白書で示された国内製造業の取り組み事例を紹介します。

 トヨタ自動車の1次サプライヤーである旭鉄工は、生産プロセスの効率化を進めるためのIoTシステム「iXacs(アイザックス)」を開発。これを用いて、電力消費量のモニタリングとCO₂排出量の削減に着手しました。

 その結果、付加価値を生み出さない無駄な電力が、いつ、どの設備から、どれくらい消費されているかを可視化し、具体的な対策を明らかにすることに成功しました。結果として、工場内のエネルギー効率性の大幅な向上を実現しました。

 旭鉄工はiXacsを、脱炭素のためのツールとして販売を試みると、具体的な商談に進むケースが増加。脱炭素に向けた取組が、自社のビジネスの幅を拡大するきっかけとなりました。

 日立製作所大みか事業所では、生産現場全体の「ヒト」と「モノ」の動態をリアルタイムに俯瞰できる進捗・稼働監視システムが構築されており、こうしたデータを活用して仮想空間に現実世界を再現する「デジタルツイン」と呼ばれる技術を実現しています。

日立製作所の「デジタルツイン」技術のイメージ(経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」p185)

 現実世界と対になる仮想空間を駆使し、CO2排出量実質ゼロに向けた様々なシミュレーションを実施しています。そこで得られたデータから、最適な設備導入やオペレーション制御、再生可能エネルギー設備への投資といった実践にまで結び付けています。

 取り組みにより、大みか事業所を含む4事業所で年間CO2排出量の約15%に相当する約4500tの排出削減を見込んでいます。さらに2022年6月には「大みかグリーンネットワーク」構想を立ち上げ、日立製作所に関わる様々なパートナーと連携した取り組みを始めています。