新商品のアイデアが“ワンマン体制”だった常磐精工 3代目は全社員に開放
常磐精工(大阪府堺市)は、店舗やイベント会場にある看板を手がける「街の看板屋さん」で、アイデアマンである2代目が、多くの自社商品を開発してきました。そんな父のアイデアを事業化してきた3代目の喜井翔太郎さんは事業承継を見据え、全社員が新商品のアイデアを提案できるようにしました。アイデアの“ワンマン体制”から脱却することで、OEM依頼のきっかけづくりや社員のモチベーションアップにもつながっています。
常磐精工(大阪府堺市)は、店舗やイベント会場にある看板を手がける「街の看板屋さん」で、アイデアマンである2代目が、多くの自社商品を開発してきました。そんな父のアイデアを事業化してきた3代目の喜井翔太郎さんは事業承継を見据え、全社員が新商品のアイデアを提案できるようにしました。アイデアの“ワンマン体制”から脱却することで、OEM依頼のきっかけづくりや社員のモチベーションアップにもつながっています。
目次
常磐精工は喜井さんの祖父である喜井繁隆さんが、金属の切削加工やベアリング製造を行う下請け工場として1964年に創業しました。しかし、次第に海外製の安価な製品が台頭するようになり受注量が減少していきます。
そこで2代目、喜井さんの父親である喜井充さんが自社商品の開発に乗り出します。キャンプ用品などを開発していく中で、看板製作に光明があると感じ、以降は特化した企業として歩みます。
現在は特に自立型の「スタンド看板」に注力しており、スタンド看板の生産では国内トップ クラス。年商5億円、従業員16人の企業に成長しています。
父親は2ヵ月に一度のペースで新看板を生み出していくアイデアマンでしたが、職人気質でもありました。そのため許可の取得や手続きが煩雑な商品を製品化することが苦手でした。
自社サイトの開設や生産システムの構築も同様。そこで、建設機械メーカーで生産技術業務に従事していた喜井さんに声をかけます。
「幼いころから工場で遊んだりちょっとした手伝いなどをしていたりしたこともあり、なんとなくですが家業を継ぐんだろう、との思いはありました」
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喜井さんは家業に入り、大企業で学んだ生産技術のノウハウを活かし自社にマッチした生産管理システムの導入を担うことを決意します。
当時は工場長が経験や勘で材料の仕入れや在庫管理、製造などを指示していたため、余剰在庫が散らばっているなど、非効率でありコスト面からも大きなロスになっていることは明白でした。
ところが、喜井さんが仕事を進めていくと、工場長は退職してしまいます。さらには工場長を慕っていた従業員も、芋づる式で退職する事態になりました。
「従業員の半数以上が退職する事態となってしまったため、製造、採用活動も担当するようになりました」
喜井さんは苦笑いしながら、当時を振り返ります。
ハローワーク、求人媒体などを活用しましたが応募数がそもそも少なく、条件面で入社した人はしばらくすると辞めるとの傾向にありました。そこで大阪府や堺市が主催している小~中規模の無料採用イベントに参加したり、大学に直接出向き説明会を実施したりするなどの採用手法に切り替えます。
「手間も時間もかかりましたが、一人ひとりとじっくりと話し合い採用した人の方が、長く働いてくれることが分かってきました」
並行して、事業づくりも担当していきます。代表的なのが「防災看板サポートサイン」です。ぱっと見は看板ですが、ストレッチャーに変形するとの機能が備わっています。
東日本大震災をきっかけに生まれたアイデアでした。医療器具に該当するのか、規格などクリアするものはあるのかといった確認業務を喜井さんが担い、大学との産学連携事業としてものづくり補助金も活用し、商品化を実現します。
コロナ禍には薄いアクリル板でもパーテーションになる製品も開発。喜井さんはさらに、アスクル、モノタロウといった通販・ECサイトへの販路拡大にも取り組みます。
「父のアイデアは素晴らしいと思いますし、会社としてもうまくまわっていました。ただ事業継承を考えた際、いつまでもこの体制ではまずいな、と思うようになったんです」
まずは父親のようにアイデアを出せるノウハウやスキームを身につけようと、2つの公的事業で学びます。1つ目は、商品づくりのフレームワークや販路開拓などが学べる大阪産業局(大阪府)の「大阪商品計画」です。
もうひとつはデザインも含め、経営全般を学べる近畿経済産業局(経産省)の「関西デザイン経営プロジェクト」です。そして同プロジェクトで知り合ったデザイン会社と一緒に、「TABLEX」という組み立て式家具の開発を実現します。
新商品開発ではプロジェクトで学んだとおり、「素材」「設備」「販路」「ユーザー」を意識しました。TABLEXのベース素材は看板づくりで使用しているアルミフレームであり、加工設備においても同様です。
販路に関してはBtoCの販路を持っていなかったことから、まわりの後継ぎ仲間などの動向も参考にMakuakeとしました 。Makuakeで需要が高く、自分がユーザーでもあるキャンプ用品にしようと、アイデアのベースはかたまっていきます。
ユーザーに関してはもう一人の開発メンバーであるスタッフのペルソナ、インテリア好きな女性も加えました。
以前から会社のラックなどをアルミフレームで製作していたころから、早い段階から家具がいいのでは、とのアイデアが生まれます。そしてそこからはデザイン会社、喜井さんを交えた3者でブラッシュアップを重ね、最終的に屋外でも屋内でも利用でき、椅子、ラック、テーブルなど複数の使い道を持つ、組み立て式家具が生まれます。
喜井さんは新商品開発を通じて、あることを学んだと言います。デザインです。
「初回ということもあり、デザイン会社の方にお願いしました。ただペルソナが自分や身近な人だったら、デザイン会社にお願いすることは必須ではない、と思っています。プロダクトデザインという観点ではペルソナである自分たちの方が詳しいからです。毎回お願いしていてはコストもかかりますしね」
実際、第2弾の新商品として開発している懸垂マシンでは、筋トレが趣味でふだんから懸垂マシンを使っている喜井さんがデザインを手がけ、すでに試作段階まで進んでいるそうです。
これまで数千ものプロダクトを開発、デザインしてきているわけですから、BtoC商品だからといって外部のデザイン会社を100%頼ることは必須ではないようです。
もちろん、デザイン性が重視される商品の場合は「デザイン会社にお願いした方がいい」とも話します。
TABLEXの開発で社員を加えたのは、全社員が新商品開発に携わることのできる環境を構築したいからです。現在は週に一度、新商品のアイデアを発表する場を設けています。
デスクワークの社員も含め、これまで詳しくなかった素材や設備について学ぶようになったり、製造メンバーが販路について勉強したりするといった効果も生まれており、すでに商品化が進んでいるアイデアも出ています。
「いずれは全社員のアイデアを試作事例として自社のWebサイトで紹介し、閲覧者からいいねが10個ついたら商品化したいと考えています。Webサイトに新商品のアイデアを掲載することは、看板以外の製品のOEM依頼のフックにもなりますからね」
自社商品開発事業では、さらなる効果も期待しています。入社当初に苦労した採用や離職などです。
「社長や一部のメンバーが開発した商品では、看板が別の新商品に代わっただけで、それほど意識は変わらないと思うんです。でも自分がアイデアを出した商品であったら、どうか。仕事に対するモチベーションが一気に高まると思うんです」
ものづくりの原点は、自分が作ったものを他人が喜んで使ってもらうことだと、喜井さんは熱く語ります。そして、より顕著なのがBtoC市場であると。そのためいずれはTABLEXで利用しているオリジナルのアルミフレームをホームセンターなどで販売したい、との展望も口にします。
アルミフレームを実際に使い、ものづくりの楽しさや魅力を知った人が常磐精工という会社や仕事に興味を持ってもらう。
そんな未来に向けて、ものづくりが体験できるワークショップにも取り組んでおり、すでにものづくり好きな大卒者の採用も実現しています。このような活動に取り組むことは、喜井さんが本当にやりたいことであった、とも話します。
「自分もそうでしたが、どうしても後継ぎは親から引き継いだアセットを残すとの責任感が強いように思います。でも活躍している後継ぎを見ると、自分の好きな領域に寄せているように思うんです」
常磐精工が自社商品開発に踏み切った25年前、父親がキャンプ用品を開発したのも“好き”であったことが理由のひとつでした。
従来の事業、スタンド看板においても街中で自社製品を見かけ撮影したら金一封支給する制度も設けました。
「自分が携わった製品が誰かの役に立っていることを改めて感じてくれているようで、仕事に対するやりがいやモチベーションにもつながっています。スタッフとの風通しをもよくなったように感じています」
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