山中温泉は漆器の一大生産地として知られています。山中漆器は木地挽物(きじひきもの)技術に優れ、お茶碗などの丸い漆器をメインに製造してきました。茶道具の棗(なつめ)など木地の漆器の多くはこの地域で作られ、全国の挽物の中で質も生産量も群を抜いているといいます。
守田漆器は1909(明治42)年、守田さんの曽祖父にあたる初代庄作氏が営んでいた守田商店が母体です。祖父の2代目庄作氏が1970年に守田漆器を創業。その後、2代目の叔父を挟み、守田さんの父で3代目の進氏が経営を担いました。現在の従業員数は14人、商品アイテム数は約2800点にのぼります。
守田さんは高校卒業後、米国の大学で電子工学を学びました。「これから伸びていく分野かなと。モノづくりはもともと好きで、大学時代はコンピューターやソフトを作る勉強をしていました」
それまでも漠然と「いつかは自分が継ぐのかな」と思っていた守田さん。「将来的にというなら、今からやったほうが早く伸びるのでは」と、漆器の道に進むことを決意します。大学卒業後、修業のため京都にある漆器の老舗企業に就職しました。
「本当にゼロからのスタートで、漆器とは何かというところから勉強しました。山中漆器は、基本的に轆轤(ろくろ)で引くのがメインで、製品はほぼ円形なんです。京都には様々な技術者や職人さんがいて、日本の伝統漆器のほとんどの製品を作ることができます。京都で2年間、色々な種類の製品の作り方を勉強できたのは、今でも役に立っています」
後継者不足と文化の希薄化
家業に入ってから感じた経営課題について、守田さんは次のように話します。
「ほかの伝統工芸にもいえますが、大きな課題は後継者不足です。家業に入り、専務を務めた時代から次の技術者が少なくなっているのを実感していました。山中漆器が売れていた一昔前は、職人さんも自然に増えていましたが、モノが売れない時代になり、新しくやろうという人が減っています」
「また昔は祖父母と一緒に住み、お正月には良い漆器を使って料理を食べるなど、小さいころから昔の文化を自然に習っていました。しかし、核家族化でそうしたことが希薄になり、昔からの良いものを使う機会も少なくなりました」
守田さんは、伝統的な茶道具やお椀などのほか、新製品の企画開発を積極的に進めました。
「若い人が自宅に漆塗りの器をそろえることは少なくなりつつありますが、日常の中でも使えるような現代的な製品をまずは見て、使ってもらうことで、漆器の良さや技術を広めたいと思っています」
子どもを意識した新ブランド
そうして生まれた企画の一つが、「ぬりもの静寛(じょうかん)」というオリジナルブランドです。主製品は桜や欅材のお椀で、ブランド全体で約500点のアイテムがあります。山中漆器が得意とする薄挽きで口あたりのよい器、毎日使っても丈夫で飽きのこない品質を追求しています。
子ども用の木の漆器シリーズは2011年、「キッズデザイン賞」を受賞しました。自身に子どもが生まれたのをきっかけに製造したといいます。
「小さいときから本当に良いものに触れさせることが大切だと考えるようになりました。当時、子ども用の食器はプラスチック製ばかりで、木製があまりにも少なかった。安心・安全で、スプーンでのすくいやすさや口当たりの良さなど、使い勝手も考えて作っています」
職人の手仕事で作られる漆器は「一度使ってくださると、良さを知ってもらえると思う」と守田さんは言います。
「例えば、左右に手持ちがついたカップは、使っているうちに持ち手が取れてしまうことがあります。それは、直すことも、片手カップにすることも、手を取り外してお椀にすることもできる。直しながら、成長とともに長く使っていただけるのは、作り手としてもうれしいです」
漆器の技術がランプシェードに
木地を薄く挽く「薄挽き」の技術を生かし、漆器以外にも幅を広げたのが「ウスビキ」シリーズです。
ウスビキライト(LED照明)は、内側の光が透けて見えるほど薄く木を削り出すことで、美しい木目と温かな表情をみせるランプシェードになります。
「山中漆器の特徴である『薄挽き』の精密さを見せたかった。以前は、薄く挽いたランプシェードは電球の熱で割れてしまい、製品化が難しかったのですが、LED電球が出たことで製品化が実現しました」
23年7月には、猫のための漆器ブランド「ねっこ」の販売も始めました。猫好きのスタッフも多く、猫たちも人間と同じように山中漆器を使って欲しいという思いで生まれたブランドです。
古来、自然と共に歩んできた伝統工芸の「根っこ」と「猫」をかけたネーミングとなりました。食器を作る際には、吐き戻しをしやすい猫のために高さをつけて戻しにくい形状にするなど、試行錯誤を重ねています。
猫を飼っていない猫好きの人にも使ってもらうため、一般向けの食器や、シーリングライトも展開しています。どの製品にも猫の絵が塗られ、山中漆器の技術が詰め込まれています。
時代や市場の状況に合わせて、商品ラインアップを変えてきたのにも、守田さんの問題意識がありました。
「前は贈答用に使われることが多かった食器の用途が狭くなり、だんだんパーソナルギフトがメインになっていました。従来の売り上げを、別の商品でどう作るのか。子ども用の食器、ライトなどのインテリア系、アクセサリーなどに幅を広げていこうとしています。季節商品にも力を入れ、ひな人形や鏡餅も作っています」
若手職人育成に取り組む
守田さんは7年ほど前から、若手職人の育成にも取り組み始めました。
「新しくやろうという人が減る中、5年後、10年後を考えたときに、今いる職人さんたちも年齢を重ねていくわけです。当社はもともと塗師の仕事を手掛けるメーカー。人手不足が顕著なのはどこか、と考えたときに、塗の職人が足りなくなると思いました」
やる気のある人材を自社で社員として採用し、若手職人を育成しています。
「この7年間、手探りでやり方も少しずつ変えてきています。育成した若手職人には、最終的には独立できる実力をつけてほしい。歩合制を取り入れるなど、色々な仕組みでやっています。取引をしている職人さんがメインになりますが、技術面で指導してもらうなど協力してもらっています。若手育成に共感してくれる職人さんたちと協力しながら、これからも進めていきたいですね」
5年前には、守田漆器も加盟する「山中漆器連合協同組合」も人材育成助成制度を立ち上げ、本腰を入れています。
カフェ付きの体験施設をオープン
22年11月、守田さんは漆器の工場や倉庫に用いていた築50年の建物を改装し、工房とカフェスペース、販売店を兼ね備えた「工房静寛(こうぼうじょうかん)」をオープン。23年11月12日に1周年を迎えました。
基本コンセプトは「五感で体感する漆器のお店」。漆と現代的ライフスタイルの組み合わせを提案するため、現代の生活を彩る漆器の販売をはじめ、工房での制作、カフェ、ワークショップの実施などの体験を重視しています。
温かみのある店内には、「ぬりもの静寛」、「山中ウスビキライト」など同社のオリジナルブランド商品が並び、カフェカウンターは漆器の材料としても使われる桜の一枚板を使用しています。
店内にはガラス張りの工房があり、木地挽きや漆塗りといった職人の仕事がを間近で見られ、観光客や地元客が轆轤挽きを体験できるワークショップも行っています。
店長は守田さんの妻・紀子さんが務め、守田さんと社員2人の計4人でチームを作り、ほかの社員も協力する体制をとっています。
守田さんは「メーカーとして、実際に買って使っていただくお客さんの声が聞ける機会はなかなかありません。変化の大きい時代、どんな製品が求められ、何を作っていけばいいのか、見えにくいという課題がありました。そこで工房兼店舗をつくって、若手育成と漆器を使ってもらう土壌を広げ、情報発信もできる場所にしたいと思いました」と話します。
「工房静寛」の企画から完成まで1年半ほどかかり、多くの課題を一つひとつクリアしていきました。資金は事業再構築補助金を活用しました。
「例えば、店舗のデザインもイチから決めなくてはならず、デザインが決まったら、次はどこの会社で建ててもらうかを考えなければいけません。考えがまとめるまで苦労もありましたが、地元のPTAつながりの人脈から実際にお願いする会社が決まるなど、良い出会いもありました。会社を継承して一番大きいプロジェクトでしたが、色々な積み重ねで形にできました」
付加価値を付けて伝統を創造
「工房静寛」がオープンして1年。店舗での黒字化には至っていませんが、漆器や若手職人の作業を見てもらう場があることは大きい、と守田さんは言います。
「工房静寛では漆器に触れ、職人の作業工程も見ることができるので、これだけの手間をかけて作っている、と知っていただけます」
「漆器はどうしても高級なイメージを持たれたり、敬遠したりする人が多いですが、実際に使ってみると、また違う感想が出てくると思います。カフェで実際に使った漆器を買い求めるお客さんもいますし、先日は高校生が生地挽きのワークショップに来てくれました。漆器の文化、体験もふまえて情報発信し続けたいです」
今後は、商品の付加価値をどう付けていくかが経営課題になっています。
「店舗でいえば、漆器を置くだけでなく、植物やカフェ、実際に触ったり使ったりできる、という付加価値をつけています。同じアイテムでも、そこに付加価値があれば、値段が高くても買ってもらえる可能性が上がる。それがデザインなのか、価格なのかを考えていきたいですね」
国内はもちろん、インバウンド客や海外への発信も力を入れようとしています。「僕らは美術品まではいかない、日常で使える良質の品を作っていると思っています。製品のストーリーや軸をしっかり作ることも大切と思っています」
日本の伝統工芸を守りながら、挑戦を続ける守田さん。漆器の伝統を創造し続ける先駆者としてのモノづくりは続きます。