産業資材は、縫製業界でも特異な技術が必要とされ、社員の過半数は勤続15年を超えるベテラン縫製技術者がそろいます。また、アパレル向けと異なり、産業資材という消費者市場に左右される要素の少ない安定した業態でした。
しかし、2020年以降の新型コロナによる緊急事態宣言の影響で、それまで売り上げを支えていた主要な顧客である酒造メーカーからの注文が激減したほか、佐藤縫製の主力仕入れ先でもある中国の反物工場がコロナによる稼働・出荷停止となり、原材料の仕入が不可能となったことで、一時的に売上が減少しました。
黒澤さんは栄養士ということもあり「地元でとれた野菜などを利用した惣菜を作って、それを移動販売できないか」という相談でした。当時はコロナ禍ということもあり、テイクアウト需要も多く、当時黒澤さんとしては「ニーズはあり、食品分野は自分の夢でもあったので、なんとなくできるのかどうか相談してみた」という感覚だったそうです。
その後、社内で検討した結果、当時は採択率が低く「狭き門」でもあった事業再構築補助金の申請手続きを開始します。
「強みがわからない」事業を一つずつ組み立てていく
「事業再構築補助金に応募したんですが、採択されませんでした。何がダメだったのでしょう」
黒澤さんが初回の相談から半年以上たって再びゆざわ-Bizに訪れた時は、自分たちで事業再構築補助金の申請書を提出し、事務局から不採択の連絡を受けた後でした。
筆者は当時、初回の相談で「惣菜事業と移動販売を行う」としか聞いていなかったため、申請内容を見るのは初めてでしたが、黒澤さんから渡された申請書を読んだ瞬間「これは不採択になるだろうな」と感じました。
惣菜業は本業との関連性があまり書かれておらず、唯一の接点は「事業責任者の黒澤さんが栄養士」ということだけで、一見すると突拍子もない事業を始めると見られかねないと思いました。
黒澤さんにまず伝えたのは「黒澤さん以外、佐藤縫製と惣菜業の接点がなく、会社としての強みや事業をやる意味が書かれていないので、まずはそこから詰めていきましょう」でした。
そこから、黒澤さんとの対話を通して、事業をやる意義や、どのような事業にするのか、地域の問題や、事業を行ううえでの佐藤縫製の「強み」を見つけ出す作業が始まりました。
佐藤縫製の本社は、湯沢市でも稲庭うどんの産地として全国に知られる稲川地区にあるため、稲庭うどんの製造販売も行っていました。
しかし、食品製造業ではあるものの、今回の惣菜事業でつくる惣菜は稲庭うどんを使うものでもなく、そもそも食品を加工して販売をするという事業と、乾麺の製造は全くの別物で、これは佐藤縫製が移動式の惣菜業を始めるうえで、優位性や強みにはなりません。
相談の中では佐藤縫製の事業から在籍する社員のことまで多岐にわたってヒアリングを行いました。
突破口は「兼業農家の社員さん」
対話の中で、黒澤さんの一言が突破口となりました。
「うちの社員の方々は兼業農家さんが非常に多くて、7割を占めるんです」
相談の中で色々な視点で話を掘り下げていくなかで、佐藤縫製に勤める社員に話が及んだ時に出た話題でした。佐藤縫製がある稲川地区は田畑が非常に多く、会社勤めをしながら農家を営む「兼業農家」が多く存在します。
湯沢市内には兼業農家を社員に抱える会社は多くあるものの、佐藤縫製の「7割」という数字はこの地域でも非常に多い印象を持ち、筆者は直感的に「食品業に携わっていくうえで、これは佐藤縫製の特徴だな」と感じました。
そこで、さらに話を掘り下げていくと、こうした兼業農家の社員さんたちから、売り物にならない規格外の野菜が多く出るといいます。通常は近所に「お裾分け」が行われるか、量が多い場合は廃棄対象になるという話をきき、筆者は「もし廃棄対象であれば、その野菜を佐藤縫製で買い上げませんか?」という提案をしました。
規格外野菜の買い上げが「社会課題解決」へ
筆者が黒澤さんに説明した構図は、非常にシンプルながら、社会課題を解決する要素が多く含まれていました。
まず、佐藤縫製の社員から、通常は販売できない規格外野菜を購入することで、食品ロスの問題も防げます。
また、社員の方々にとっては、会社が買い上げることにより給与以外の「副収入」となる可能性もあり、社員の働き方改革にもつながる可能性があります。
佐藤縫製としては、ある程度リーズナブルに規格外の食材を仕入れることができれば、惣菜の製造原価が下がるというメリットもあります。通常、製造した惣菜を車で移動して販売する場合、目的地までのガソリン代や人件費などが余分にかかり、それが商品の金額に転嫁され、販売金額が高くなる傾向になります。
しかし、こうした兼業農家の社員から規格外野菜を仕入れて原価を抑えることで、その問題もクリアできそうです。
湯沢市でも公共の交通機関による交通の便が良くないところは多く、いわゆる「買い物難民」と呼ばれる人たちも多くおり、会社でもお昼時に昼食を購入したり、食べに行ったりするのが不便な立地もあります。佐藤縫製の移動式惣菜事業は、こうした地域特有の「社会課題」も解決するいい手段になります。
「強みを生かした社会性のある事業」へ
当初は本業と関連性の薄かった新規事業が、約7割の兼業農家の社員を「事業の強み」ととらえ、社員から規格外野菜を買い上げて惣菜を製造するという事業に組み替えてストーリーを整理したことで、佐藤縫製の強みを活かした事業に生まれ変わりました。
さらに「地域課題解決」「社員の働き方改革」「SDGs」という社会課題解決のキーワードが組み合わさり、通常の惣菜事業とは異なる特徴的な事業に変化を遂げました。
佐藤縫製の自社事業のSWOT分析のほか、惣菜の移動販売事業は佐藤縫製の優位性や強みを活かした事業であることを黒澤さんが申請書に丁寧に書き込んだ結果、二度目の挑戦で事業再構築補助金も採択されました。
ゆざわ-Bizからは「兼業農家社員の優位性を生かした社会課題解決型の新規事業」という視点でプレスリリースも発行しました。事業開始となった2023年1月には、湯沢市役所での販売会に合わせて、多くのマスメディアが取材に訪れ、「うちにも来てほしい」と販売を望む会社からの問い合わせも相次いで、新規事業は好調な滑り出しを見せています。
事業の強みは製造するものや提供するサービスだけに限りません。その会社の立地や、会社を支える社員も「強み」となる可能性があります。今回の佐藤縫製の事業はまさに、「自分たちでも見えていなかった会社の強み」にスポットライトを当てた結果、実現できた異業種参入であるとも言えます。
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