「推しの子」コラボを進めた新社長 タマノイ酢はロングセラーを若返り
「すしのこ」や「はちみつ黒酢ダイエット」などのロングセラーで知られる食品メーカーのタマノイ酢は2024年4月、6代目の播野貴也さん(40)が、33年間経営トップを務めた父・勤さんの後を継ぎ、社長に就任しました。若者世代にはなじみが薄くなった長寿商品の魅力を新たに引き出すため、SNSでのサーチや人気漫画「推しの子」とのコラボに力を入れ、ロングセラーを若返らせて新たな価値を吹き込むマーケティング戦略を描いています。
「すしのこ」や「はちみつ黒酢ダイエット」などのロングセラーで知られる食品メーカーのタマノイ酢は2024年4月、6代目の播野貴也さん(40)が、33年間経営トップを務めた父・勤さんの後を継ぎ、社長に就任しました。若者世代にはなじみが薄くなった長寿商品の魅力を新たに引き出すため、SNSでのサーチや人気漫画「推しの子」とのコラボに力を入れ、ロングセラーを若返らせて新たな価値を吹き込むマーケティング戦略を描いています。
目次
タマノイ酢は1907年、大阪造酢として創業しました。1963年に世界で初めてお酢の粉末化に成功し「すしのこ」を発売。1996年から、薄めずに飲む黒酢をコンセプトに「はちみつ黒酢ダイエット」を売りだし、いずれもロングセラーとして全国の店頭に並んでいます。従業員数は250人です。
播野さんが子どものころ、商品ができるたびに父・勤さんが持ち帰り、自宅には常に新商品がありました。家族間で自然と試食会になり、新商品の動向や次の展開、売れ行きなどに触れました。
勤さんが5代目社長に就任したのもそのころです。播野さんは母から「大人になったら手伝えるように」と言われましたが、父から後を継ぐよう言われたことはありませんでした。
小学校で将来の夢を問われ、播野さんは父に初めて「僕は将来社長になるの?」と尋ねます。返ってきたのは「小学校にはスポーツが得意な人、音楽が得意な人、いろんな人がいる。経営もそれと同じで向き不向きがある」という答えでした。
播野さんは学校でもリーダー役を買って出るようになり、大学時代にはゼミの仲間と大学対抗のビジネスコンテストに参加して、2年連続優勝を果たします。
コンテストで取り組んだテーマは、地域活性化やマイナースポーツをどうはやらせるかというものでした。播野さんは日の目を見ない商品やサービスを伝える仕事に面白みを感じるようになります。
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「タマノイ酢でも、いい商品なのに終売したものは多く存在します。消費者に広く商品をアプローチできる仕事はないか、とゼミの先生に相談し、広告会社を勧められました」
播野さんは2007年、広告会社のアサツーディ・ケイ(現・ADKホールディングス)に入社し、主にゲームの広告動画などを中心に手がけていました。
中でも印象的だった仕事は15秒~30秒のCM制作です。実際にゲームをプレーし、その魅力を10個上げて短い時間に凝縮するため、ギリギリまで要素を削りこむ作業はハードでした。
何を魅力ととらえ、限られた時間でどう伝えるか。これは、自社商品の良さを伝えるという点で今の仕事との共通点が多いといえます。
「コンビニとかスーパーに並ぶ商品を買うときは、じっくり見るというより、衝動で心が動かされたものを選ぶ傾向があります。短い時間で最大限に魅力を伝えないと、人の心は動かないのかなと感じました」
播野さんは3年ほど広告業界に身を置き、祖父が体調を崩したのをきっかけに家業に関わることを決意します。入社直後に平社員として配属されたのは、前職と畑違いの工場の現場。人事を決めたのは社長の父でした。
当時はまだ20代。お酢のタンクを洗う工場内の力仕事や飛び込み営業など、現場仕事を中心にこなしました。社内の部署を一通り回りましたが、どれも前職の広告制作とは方向性が異なる仕事でした。
その後は東京を拠点として働きはじめます。主に営業の仕事をするなかで、タマノイ酢に思い入れのある企業が多い大阪に比べると、地域性の違いを感じたといいます。熱心に商品を見せ、足しげく通うと受け入れてくれるものの、タマノイ酢をどうPRするのがいいのかを悩み、鍛えられた期間となりました。
「先代は経理や人事など管理部門中心で働いていました。自身とは逆のレールを敷くという意味で、現場修業を積ませてくれたかもしれません」
営業として働くなかで、播野さんはタマノイ酢が他の食品メーカーと比べ、社外との付き合いが少ないということに気づきます。
「印象的だったのは、支店長を務めていたころ、部下のチームリーダーから『得意先から会食に誘われたんですが、行ってもいいですか』と聞かれたことです。現場では、外部との交流がしにくい空気感があるのだろうか、と感じたのを覚えています」
播野さんは東京勤務時代、同じオーナー系企業で集まる機会を生かし、仲間とのネットワークを広げました。交流会などに部下たちを連れていき、現場間の関係を深めるように心がけました。実際、他社の社員と仲良くなり、貴重な情報交換ができるようになったといいます。
タマノイ酢の主力商品「すしのこ」はお酢を粉末化し、簡単に酢飯を作ることができるロングセラーです。しかし、播野さんは入社当時から、家でおすしを作る家庭が減っていることを実感していました。
回転寿司店が台頭し、スーパーマーケットでクオリティーの高いおすしが普及。家庭で料理する人も少なくなり、「おすしってお酢が入っているの」という認識の人を見かけることさえあったといいます。
「文化が変わるのは仕方ないこと。若者層にも使ってもらうきっかけを作らなければと思っています。ハロウィーンやバレンタインデーが、近年定着したのと同じように、元ある文化を変えるにはきっかけが必要なんです」
2023年4月ごろ、SNS上で「すしのこの粉末をポテトチップスに混ぜると、ビネガーポテトチップスができる」という投稿が拡散されました。
商品を若者層に知ってもらうチャンスにつながると感じた播野さんは、すぐに小売店に掛け合い、ポテトチップスの棚にすしのこを置いてもらうよう交渉。その小売店での1週間の売り上げが、3~6倍に膨れ上がりました。
「企業発信でゼロから食文化を作るにはかなりの体力が必要となります。超大手の企業なら、お金を投じて文化を作ることもできるかもしれませんが、我々のような中堅クラスは難しいです。我々は世の中の声にアンテナを張り、その声を受けて形にしていく。そんな風を読む力を磨いた方がいいのではと感じました」
コロナ禍によってもう一つの主力商品「はちみつ黒酢ダイエット」の売り上げにも変化がありました。コンビニなどでも販売されている125ミリリットルの売り上げが下がった一方、濃縮タイプの500ミリリットルの売り上げは上がったのです。
コロナ禍で健康志向が高まったことに加え、できる限り人との接触を避け、狭い空間にいたくないという意識が広がっていました。大型スーパーなどで、容量の多い商品を買い込むという人が増えたことが影響しています。
コロナ禍で免疫や健康に対する関心がより大きなものになり、「はちみつ黒酢ダイエット」は、健康軸において世間から必要とされるポジションを確立できたと、播野さんは感じました。
播野さんはマーケティングや商品開発に取り組む一方、商品自体の魅力と人間力のかけ算が営業力につながると考えています。得意先や消費者との関係性を作り、「一緒に仕事をしたい」、「この商品を買いたい」と思ってもらえることは、商品開発と同じように重要と捉えました。
「提案をする際、もちろん『他社にない商品があります』ということをアピールすることは欠かせません。ですが、保険や車のセールスと同じく、商品のクオリティーが拮抗している場合は、関係性の深い得意先から購入するケースも多いでしょう」
企画部ではSNSでのリサーチを日常的に取り入れ、習慣化させています。自社商品に関する意見や要望などを見かければ、その都度部内で共有。特に、新商品の情報を発信した時はサーチにより力を入れています。
「SNSは怖い部分もありますが、うちみたいな規模の会社でもSNSを味方につけることで、今までにはなかったチャンスを作れる時代になりました。しっかりファンを作っていくことは大きなテーマになっていると思います」
播野さんは今までとは異なる客層や市場に目を向け、海外や若者世代向けのマーケティングに力を入れ始めました。
その一環として、播野さんが先頭に立って進めたのが、世界的に広がった大人気漫画「推しの子」とのコラボレーション企画です。以前から、ネット上で「すしのこ」とタイトルが似ているという声が広がっていたことから実現。社長就任から間もない2024年4月4日、企画を発表しました。
漫画の人気キャラクター・有馬かなが「すしのこ」を推しているパッケージデザインが目を引きます。発売開始以来、61年間変えることのなかったデザインに初めて手を加え、タマノイ酢の公式X(旧ツイッター)で発表したところ、289万インプレッション(2024年5月現在)を獲得しました。
播野さんは昔から、タレントや作品を広告塔として起用する場合、「なにかストーリーが必要」だと考えていたといいます。
「先代には単なる短期的なコラボではなく、長期ビジョンであることを示し、『企画を通じて何を目指すのか』という点を訴えました。単純にくっつけるだけでは単なるコラボレーションです。『実際に愛用している』『昔から話題になっていた』など、なにかストーリーやフックがないと、商品やサービスの良さは広がらないし、何より面白くないと感じていました」
播野さんは「推しの子」とのコラボを発表したプレスリリースで、次のような決意を示しました。
「社長就任にあたり、『繋がりを原動力に未来の可能性に挑戦』という経営方針を新たに打ち出しました。今回の施策は、その経営方針に基づく初の取り組みです。(中略)本企画を通じて、【推しの子】ファンの皆様をはじめ、普段酢飯を作る機会の少ない若い世代の方々にも、手軽で簡単に酢飯が作れる『すしのこ』を手に取って頂き、おいしさを実感してもらえたらと願っております」
コラボ発表から1カ月で、「すしのこ」の売り上げは、昨年対比で大幅に伸びたといいます。2024年6月~7月には、「推しの子」との新たなコラボキャンペーンを行いました。
播野さんは「推しの子」とのコラボ発表に先立つ2024年4月1日、6代目社長に就任しました。経営者として心がけるのは「エネルギーの源泉」を持つことといいます。
「経営者は不測の事態に直面したり、エネルギーを使い果たしたりすることも多いでしょう。普通の社員なら逃げ出す選択肢もありますが、経営者はそうもいきません。モチベーションになる何かがないと、心が折れてしまいます」
ただし、その源泉を利益や売り上げなどにすると、不慮の事態に直面した場合、会社の廃業や売却に至る可能性もあると、播野さんは考えます。
「私は人とのつながりを源泉にしています。 一生懸命頑張る社員や応援してくれている仲間、社外の関係先の存在が大きいです。創業117年の会社なので、父や祖父らのことを考え、モチベーションを形成しています」
播野さんにも子どもが2人います。将来についてどのように考えているでしょうか。
「経営者は無理やりやらせて務まる仕事ではありません。無理に継がせて子どもや会社、社員が不幸になるのは一番避けたい。ただ、私自身がそうであったように、経営に興味を持つなら、それに応じた経験をさせてあげたいです」
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