タッチパネルを導入しないキッチンABC 3代目が大切にする“昭和感”
キッチンABCとの店名で、池袋界隈で4店舗の洋食屋を展開する「東京フードサービス」(東京都豊島区)。3代目の稲田安希さんは、店の価値や魅力を改めて考えた上で、アナログで昭和的なオペレーションの良さを残すことを決意。一方で、スタッフの負担を減らすためのデジタル化は進めました。コロナ禍で流行した冷凍自販機も「片手間ではなく本腰」で取り組みました。その結果、新たな客層や販路獲得などに成功、売上を1.5倍に伸ばしています。
キッチンABCとの店名で、池袋界隈で4店舗の洋食屋を展開する「東京フードサービス」(東京都豊島区)。3代目の稲田安希さんは、店の価値や魅力を改めて考えた上で、アナログで昭和的なオペレーションの良さを残すことを決意。一方で、スタッフの負担を減らすためのデジタル化は進めました。コロナ禍で流行した冷凍自販機も「片手間ではなく本腰」で取り組みました。その結果、新たな客層や販路獲得などに成功、売上を1.5倍に伸ばしています。
目次
キッチンABCは稲田さんの祖父である稲田義治さんが、スーパーマーケットチェーンの食堂部門を独立するかたちで、1969年に創業しました。現代表、稲田さんの父である稲田義雄さんの代になると、料理人でもあった義雄さんが得意であった洋食がメニューの中心となっていきます。
豚の焼き肉やカレーといった、いつでも気軽に通える価格帯のメニューを中心に、創業時から受け継がれる秘伝のタレで味付けした「オリエンタルライス」といった、ユニークなメニューも考案していきます。
一つひとつの料理をプロの調理人が手作りする本格的な味に加え、オムライスのお米をドライカレーにアレンジしたり、味噌汁は具材が豪華な豚汁にしたりするなどのアイデアや工夫も支持され、人気店へと成長。現在では池袋界隈に4店舗を展開、従業員約46人まで事業を伸ばしています。
コロナ禍となった際も、常連客がテイクアウトで利用を続けたため、売上は多少下がりましたが、店を休業するなどの大きなダメージは受けませんでした。一方で、コロナ禍はチャレンジのきっかけになったと、稲田さんは言います。
「父が以前から話していたことですが、いつ、何が起こるか分からない。事業がうまくいっているときこそ、新たなチャレンジをするべきだと。コロナ禍をきっかけに、まさにこのことを痛感しました」
一方で、義雄さんは自分ができる新たなチャレンジはすでに取り組んでいると感じていました。そこで稲田さんが家業に入り、新たな改革を進めていくことを決めます。2021年のことでした。
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そのため、特に役割なども与えられず、「自分で何をすべきか考え、動け」と父から言われたそうです。
そこで自店のほか、外食大手チェーン2社でアルバイトを掛け持ちし、オペレーションやシステムの最先端を朝から晩まで働き知ると共に、自社に何を取り入れればよいのか、探っていきます。
ところがいざ働いてみると、「キッチンABCの魅力はマニュアル化されていない、アナログで昭和的なオペレーションや雰囲気だと知りました」と、稲田さんは話します。
画一的ではない心の込もった接客、オープンキッチンから漂ってくる食欲をそそる香りなども含めた雰囲気です。常連客の多くは、味はもちろん、このような空気感を求めて来店しているのだと言います。
一方で、従業員が明確に意識していたわけではありません。そこで稲田さんは、このような店の魅力を具現化し、ホームページなどで発信していこうと考えます。
一人ひとりの従業員にインタビューを行い、店の魅力やメニューの特徴などを聞いていきました。すると、言葉や表現は違っていても共通している根幹が見えてきました。「みんな笑顔になる」との思いです。
稲田さんはこの思いを会社の理念とし据え、それまではなかったホームページも開設。商品開発や値段設定などにも生かしていくことを決めます。
従業員同士の仲がよく長く働く従業員も多いため、店のオペレーションは特に問題ありませんでした。一方で、店舗同士の連携があまり取れていない、情報共有が課題だと感じていました。
そこでLINEを活用し、全体グループ、店長グループ、若手メンバーを集めたグループなどを開設。店舗間でのコミュニケーションの醸成や、他店へスタッフを応援に行かす際などにLINEを活用することで、迅速かつ効率的な情報共有や指示ができるようにしました。
多くのチェーンで導入が進むタッチパネル式のオーダーシステムは、導入しないこととしました。理由は「いつものメニューで」「今日も元気そうですね」といった、客がキッチンABCに求める、アナログ昭和の接客がなくなってしまうからです。
一方で、従来の紙伝票では閉店後に毎日、メニューごとや全体の売上などを記帳する業務が発生していました。集計したデータの活用も進んでいませんでした。
そこで、データの集計や活用はデジタル・効率化した方がよいと考え、Airレジを導入。閉店後の労働時間短縮はもちろん、新しいメニューを考える際の構成や値段設定の分析が容易にできるようになりました。
「キッチンABCさんは値段が安すぎる。実はこれまで、お客さんから何度も言われていました。ただ、どの商品をどの程度値上げしても大丈夫なのか。より好まれるメニュー構成はどうなのか、など。これまではデータが不足していたため、何となく行っていました。Airレジを導入することで、意思決定が明確になりました」
実際、2024年3月に値段やメニューを改定し、メニュー表も刷新しました。というのも、以前のメニュー表は料理名をテキストで表記しただけのものだったからです。
常連客は問題ありませんが、初めての客が「オリエンタルライスって何?」と戸惑うケースが少なくなかったからです。一方で、これは以前からですが豚汁は意図的に「味噌汁」とだけ表記しています。
まさに店の根幹。一般的な味噌汁だと思って食べた客が驚き、笑顔になる。そのような体験を演出したいとの思いからです。
もうひとつ、従業員のインタビューを通じて、「舌ではなく、脳が美味しさを覚える味」との店の魅力も把握していました。その言葉をそのまま表したような、シズル感を全面に感じるメニュー表としました。
同時に、人気メニューが生まれた理由や歴史などもあわせて盛り込んだポスターも作成。秘伝のタレがキッチンABCの味の決め手であると同時に、創業来変わっていないことを、一見の利用客にも伝わるようにしました。
コロナ禍では、着手した飲食店が少なくない、冷凍事業にも取り組みます。しかし東京フードサービスの場合はコロナ禍対策という意識ではなく、あくまで新たなチャレンジの一環だと稲田さんは強調します。
「だからこそ片手間ではなく本腰を入れて。この先、継続できる事業として投資も含め取り組みました」
実際、先の取り組みとは投資額も桁違いでした。キッチンABCの味を冷凍商品として専用の自販機やオンラインで販売するビジネスモデルですが、専用のキッチンを立ち上げると共に、同じく専用の冷凍機や配送用の車両も手配、問い合わせ窓口も設けます。
「味が落ちるのでは」、と心配の声も上がりましたが、急速冷凍など冷凍技術が進んでいたため問題ありませんでした。逆に、カレーなど時間の経過と共にスパイシーさが薄れていくメニューは、冷凍にした方が美味しい場合もある、との気づきを得ます。
一方で、自販機販売のためサイズが限られている。ご飯の盛り方などを調整しないと、正しく解凍できない。いくつかの課題を克服していくことで、商品化を実現します。
冷凍事業に本腰を入れて取り組んだのは、他の理由もありました。たとえば、働き方。飲食業はどうしても待機時間が発生したり、労働時間が長かったりする傾向にあります。
冷凍事業であれば工場的なものづくりですから、決められた時間内に決められた数を作ればよく「働き方の多様性にもつながると考えました」と、稲田さんは言います。また、核家族化や高齢者の増加などから、社会的に宅配が求められていること、フードロス問題の解決に寄与するとも考えました。
ライバルもいますが、ここでもキッチンABCの魅力が差別化になる、と稲田さんは言います。一つひとつの料理を、町の洋食屋のプロ調理人が手作りしている点です。当初はOEMなども考えたそうですが、各店舗のシェフが交代で調理する体制としました。
設置場所にもこだわりました。店に行きたくても時間や仕事の関係から行くことが難しい。そのような客のことを考え、住宅街エリアの最寄り駅の構内や、公園などに設置。現在では企業の福利厚生として、タクシー会社などにも導入が進んでいます。
オンラインも含めると、冷凍事業の売上は全体の1割までとなりました。
店舗に来る客層も、変化しました。以前は男性の1人客が多かったそうですが、女性の一人客や子どもも含めた家族連れが増えたからです。
「はっきりとした原因は分かりません」と稲田さんは言いますが、ホームページのほか、InstagramやXなどSNSで情報発信にも注力したことが理由であることが考えられます。
客数の増加もあり、売上は以前と比べると約1.5倍に伸びました。しかし、あくまで飲食店の本質は現場であり、そこにこだわり続けることに重きを置いていきたい、と稲田さんはブレません。
「訪れたら笑顔になる場所。その本質を、変える気持ちはありません。突飛なことはせず、長年慕われてきた店の雰囲気や味を、これからもスタッフと一緒になって継続していきます」
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