米東部ペンシルベニア州パトラーで開かれた共和党の政治集会で2024年7月13日、トランプ氏が演説中に突然銃撃を受けました(トランプ氏はSNSに「銃弾で撃たれて、右耳の上を貫通した」と投稿)。
この銃撃事件も影響し、選挙戦で劣勢に立たされていたバイデン大統領は7月21日、秋の大統領選での再選を断念し、後任候補としてカマラ・ハリス副大統領を支持する考えを示しました。
ハリス氏はジャマイカ出身の父とインド出身の母との間に生まれ、これまでにカリフォルニア州司法長官、上院議員などを務め、既にトランプ打破に向けて臨戦態勢に入っています。
トランプ氏はバイデン氏よりハリス氏の方が戦いやすいと主張していますが、ハリス氏は7月23日、激戦州の1つである中西部ウィスコンシン州での選挙集会でトランプに必ず勝利すると強い意気込みを示しました。
トランプ陣営にとっては、このままバイデン大統領が選挙戦を続けた方が良かったのですが、バイデン氏が潔く選挙戦からの撤退を表明し、時間が掛からないうちにハリス氏が新たな対抗馬となったことで、今後は“反ハリスキャンペーン”を徹底してくるでしょう。
これまでのところ、CBSニュースの世論調査ではトランプ支持が51%、ハリス支持が48%となり、ロイターによる調査ではハリス氏がトランプ氏を2ポイント上回る状況となっており、現時点でどちらが勝つかは読めません。
トランプ氏かハリス氏か 世界情勢への影響を予測
では、トランプ氏、ハリス氏それぞれが勝利した場合、世界情勢はどのように変化していくのでしょうか。
経済のグローバル化が進み、多くの日本企業はその環境下でビジネスを継続してきました。ただし、そこには政治は政治、経済は経済で回すという政経分離的な意識が働いていたと考えられます。
しかし、今日の国際政治は再び大国間競争の時代に回帰していて、国家が他国に対して経済的手段で圧力を掛ける、経済が武器化される現象が顕著に見られることから、企業としては政治リスクと企業経営を表裏一体の関係で考えていくことが重要になります。
対日姿勢、いずれも継承か
まず、日本との関係ですが、民主党全国委員会(DNC)が8月18日に公表した政策綱領(PDF方式)を読む限り、ハリス政権の対日姿勢は基本的にバイデン政権と変わらないでしょう。
ハリス政権となっても同盟国日本との関係を重視し、戦略物資の安定供給、サプライチェーンの強靭化など経済安全保障分野における日米の結束も深まるでしょう。
しかし、先端半導体をめぐる対中輸出規制でバイデン政権が日本に足並みを揃えるよう求めたように、対中国においてハリス政権が日本に協力を呼び掛け、それによって日中の間でも貿易摩擦が拡大する可能性もあります。
また、保護主義化が指摘される米国ですが、ハリス政権が日本に対して経済や貿易面で独自の圧力を強化してくる可能性は考えにくいでしょう。
そして、トランプ氏が勝利しても、同氏は第1次政権の時の対日姿勢を継承する可能性が高いでしょう。
以前、トランプ氏は日本製鉄のUSスチール買収問題で「それを絶対に阻止する」と言及するなど保護主義的な主張を展開しましたが、安倍・トランプ時代の良好な日米関係もあり、トランプ氏は基本的にはそれをもとに日本との関係を重視してくるはずです。
トランプ再選になれば、日本企業への圧力も強まると心配の声も聞かれますが、これについては過剰に懸念する必要はありません。無論、先端半導体分野での対中輸出規制でバイデン政権が日本に協力を呼び掛けたように、トランプ政権が中国に貿易圧力を強化する中で日本に同調圧力を掛けてくる可能性は考えられます。
米中対立、厳しい姿勢を継続か
つぎに、米国にとって最大の問題である米中対立についてです。これは両氏のどちらが勝っても中国への厳しい姿勢に違いはありません。
財務省広報誌「ファイナンス」2024年4月号では、トランプ前政権から続く中国を念頭においた通商、産業政策上の措置を以下のようにまとめています。
トランプ政権
2018年 |
鉄鋼・アルミニウムへの追加関税賦課 |
対中追加関税(301条関税)の賦課 |
2019年 |
華為技術(ファーウェイ)をエンティティ―・リストへ追加 |
301条関税リスト4A発動、約7割の対中輸入品が追加関税の対象に |
2020年 |
中国人民解放軍協力企業に対し、証券投資等を禁ずる大統領令を発令 |
バイデン政権
2021年 |
半導体等安全保障上で重要な製品のサプライチェーン強靭化の大統領令を発令 |
2022年 |
CHIPSプラス法およびインフレ削減法(IRA)が成立 |
中国を念頭に先端半導体の輸出管理強化を発表 |
2023年 |
ファーウェイへの輸出許可を全面停止 |
米国から懸念国への対外投資を規制する大統領令を発令 |
トランプ氏は政権1期目の2018年以降、米国の対中貿易赤字を打破するため、4回にわたって計3700億ドル相当の中国製品に最大25%の関税を課す措置を発動し、中国も報復関税などで対応し、米中貿易摩擦が激しくなっていきました。
その後、トランプ政権のあらゆる政策を批判してきたバイデン政権が誕生しましたが、バイデン政権も中国・新疆ウイグル自治区における人権侵害、先端半導体の軍事転用防止などを理由に、中国に対して先制的な貿易規制措置を次々に発動し、対中国では連続性が生じています。
近年、米国では市民の間でも中国警戒論が広がっており、要は、選挙戦で中国への厳しい姿勢を強調することが自らの支持拡大につながるという状況になっています。残された選挙戦の期間でも、両氏とも中国に対して厳しい姿勢を強調し、2025年1月に新しい政権が発足しても、米国の対中強硬姿勢は続いていくことになります。
一方、対中姿勢で違いがあるとすれば、トランプ氏は1期目のように米国自身で中国への経済、貿易的圧力を仕掛けていく一方、ハリス氏はバイデン氏と同じように、日本など同盟国や友好国との協力のもと、多国間で中国へ圧力を掛けていく可能性があると言えるでしょう。
以上のように、両氏のどちらが勝っても対日、対中ではそれほど大きな違いはないと思われます。
台湾政策には差異 台湾の本音はトランプ氏よりハリス氏か
しかし、大きな変化が生じる可能性のある国もあります。たとえば、緊張が続く台湾情勢です。
ハリス氏が当選すればバイデン政権のように、台湾問題を民主主義と権威主義の戦いの最前線と位置づけ、台湾防衛に対して積極的な姿勢を示すと考えられます。
一方、トランプ氏は、台湾は防衛費を払うべきだ、台湾が米国の半導体産業を奪ったなどと主張しており、トランプ勝利となれば米台の関係が不安定化していく可能性があります。
実際、トランプ政権にならないと分からない問題ではありますが、台湾の本音はハリス勝利であり、米国と台湾の間で不和や亀裂が生じれば、それによって中国の台湾への圧力がいっそう強まることが懸念されます。
欧州との関係に要注視 ウクライナ支援にも影響
米国と欧州の関係性にも注視が必要です。2017年にトランプ政権が誕生した際、国連やNATOを軽視し、パリ協定やTPPなど多国間の枠組みから離脱したことで、英国やフランス、ドイツなど欧州との関係が急速に悪化しました。バイデン政権が発足直後に取り組んだのが欧州との関係改善でした。
もし、トランプ氏が再選するとなれば欧米陣営の中で再び亀裂が深まる可能性があります。特に、ウクライナ情勢において、トランプ氏は現状での和平実現の可能性にも言及しており、バイデン政権下で進められるウクライナ支援が縮小、停止へ向かうことも考えられます。
北朝鮮問題にも温度差生まれる可能性
最後に、韓国には約4万人の日本人が在留しており、可能性としては高くはないものの、日本企業の中には朝鮮半島有事を心配する声も聞かれます。北朝鮮問題をめぐっても違いが出てくることが予想されます。
北朝鮮問題においても、トランプ氏は北朝鮮の金正恩氏とベトナム、シンガポール、板門店の3ヵ所で会談を行うなど、米朝の間では緊張が大きく緩和されました。
一方、バイデン政権は対中国、対ロシアに優先順位を置き、北朝鮮については核・ミサイルで改善を示さないと相手にしないというスタンスでした。
ハリス政権となれば今日のように緊張感漂う朝鮮半島情勢となるでしょうが、トランプ政権となれば朝鮮半島情勢の緊張が再び緩和される可能性があるでしょう。
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