指差呼称とは?正しいやり方や定着させる方法を解説
製造業界をはじめ設備機器を使用している現場では、点検漏れなどが重大な事故につながります。ヒューマンエラーによる安全リスクを防ぐ手法の中でも、特に有効性があるのが指差呼称です。この記事では、指差呼称のやり方、職場に定着させるための教育方法などを、製造業界の専門家が解説します。
製造業界をはじめ設備機器を使用している現場では、点検漏れなどが重大な事故につながります。ヒューマンエラーによる安全リスクを防ぐ手法の中でも、特に有効性があるのが指差呼称です。この記事では、指差呼称のやり方、職場に定着させるための教育方法などを、製造業界の専門家が解説します。
目次
指差呼称(ゆびさしこしょう)とは、製造業界や鉄道業界で広く使用されている安全確認の手法です。作業者が対象物を指差しながら、声に出して確認することで、ヒューマンエラーを防ぐ目的があります。
具体的には、チェックリストの項目や計器の値など、確認すべき対象を指差し、その内容を声に出して確認するという流れです。例えば、工場での定期保全作業などで、「電源スイッチ、オフ。ヨシ!」と声に出しながら電源スイッチを操作することで、作業の確実性を高めます。
指差しと声出しを同時に行う理由は、どちらかの動作のみと比較して、より注意力が高まるためだとされています。安全人間工学のフェーズ理論によると、指差呼称はフェーズ3「脳が好調に働き、仕事や作業の意欲が高い状態」状態に該当するため、不注意によるミスやヒューマンエラーなどを減らすのに効果的です。
フェーズ理論 | |
---|---|
フェーズ0 | 脳が寝ている、無意識状態 |
フェーズ1 | 疲労や居眠り状態など、判断がうまくできない状態 |
フェーズ2 | 正常、リラックスしている状態 |
フェーズ3 | 脳が好調に働き、仕事や作業の意欲が高い状態 |
フェーズ4 | 緊急事態に直面し、緊張している状態 |
指差呼称は生命に関わるような重大な危険が伴う現場での使用が効果的です。訓練によって習慣化することで、作業の安全性と品質の向上に寄与します。
指差呼称を正しく行うためには、4つのステップで進める必要があります。以下では、厚生労働省が推奨している指差呼称のやり方を紹介します(参照:厚生労働省|職場のあんぜんサイト)。
確認対象(例えば計器やスイッチ)をしっかりと見つめます。この時、対象から目を離さないように注意しましょう。
確認対象に向けて右腕を真っ直ぐに伸ばし、人差し指を真っ直ぐに突き出して指差し、確認項目を大きな声で読み上げます。このとき、左手は腰に当て、背筋をピンと伸ばしましょう。
指差しした後、右手を耳元まで戻します。このとき、「本当に正しいか」を自問しながら、確認項目が適切かどうかを再度確認します。
確認が完了したら、「ヨシ!」と声を出しながら、右手を対象に向かって振り下ろしましょう。
指差呼称の一連の動作はキビキビとした動きで行い、はっきりとした口調を意識することが大切です。これらの手順を守ることで、作業の確認精度が向上し、安全性が確保されます。
指差呼称には、以下3つのメリットがあります。
指差呼称では、確認対象を指差しながら声に出して確認を行います。これにより、視覚と聴覚の両方を使って確認することができ、脳が情報を多面的に処理しやすくなるため、注意力が高まります。
指差呼称は、脳の前頭葉を活性化させます。前頭葉は、思考や判断、意識、注意などの認知機能を担っている部分です。前頭葉の活性化により、作業中の思考や判断の精度が向上し、ミスを減らす効果が期待できます。
指差呼称を行うと、前頭前部の活動も増加します。前頭前部は前頭葉の一部で、言語認知機能を司る部位です。この部位の活動が増えることで、作業中に扱う情報をより正確に理解したり、適切に処理したりできます。
指差呼称は、国鉄時代の蒸気機関車の機関士が、信号確認のために実施していた安全動作をきっかけに生まれました。蒸気機関車の運転士たちは、信号や計器の確実なチェックのために、対象を指差しながら声に出して確認する方法を採用していたのが始まりです。
指差呼称は鉄道業界での安全確認の実践として広まり、その後、他の業界でも有効性が認められました。指差呼称の普及には、鉄道総合技術研究所の効果検定実験や、広島大学の研究論文「確認作業に『指差し呼称』を用いた時の前頭葉局所血流変動の比較」(PDF方式)なども関わっています。
これらの研究により、指差呼称は「注意力を高め、認知機能を活性化し、確認の精度を向上させる」と実証されました。その影響もあり現在では、航空業、運輸業、製造業、医療現場など、幅広い業種で取り入れられています。
実際に、指差呼称がどの程度効果を表すのかを調査した結果があります。1994年に実施された鉄道総合技術研究所による効果検定実験(指差呼称のエラー防止効果の室内実験による検証)では、指差呼称の効果を検証するために、操作ボタンの押し間違いの発生率を、以下の条件で比較検証しました。
実験条件 | 押し間違い発生率 |
---|---|
指差しと呼称を共に行わなかった場合 | 2.375% |
呼称のみ行った場合 | 1.000% |
指差しだけ行った場合 | 0.750% |
指差しと呼称を共に行った場合 | 0.375% |
実験結果からわかるように、指差しと呼称を共に行わなかった場合、押し間違い発生率は2.375%でした。これに対して、呼称のみ行った場合の発生率は1.000%、指差しだけ行った場合は0.750%でした。
さらに、指差しと呼称を共に行った場合の押し間違い発生率は0.375%であり、共に行わなかった場合に比べて約1/6に減少することがわかりました。この結果から、指差しと呼称を同時に行うことは、注意力と確認精度が大幅に向上すると結論づけられています。
指差呼称は、幅広い業界で安全管理手法として活用されています。ここでは、各業界での使用例や効果などを解説します。
指差呼称は製造業において、安全性の向上と作業効率の改善を実現するための有効な手段として広く利用されています。
例えば、自動車製造ラインでは、部品の取り付けや機械の操作時に指差呼称を行います。作業者が部品の取り付け位置や操作パネルのスイッチを指差しながら「取り付け位置確認、ヨシ!」「スイッチオン、ヨシ!」などと呼称し、確認ミスや操作ミスを防ぐことが目的です。
これにより、ヒューマンエラーの減少、作業の精度向上、作業者の注意力向上などの効果が得られます。
また、機械のメンテナンス時にも指差呼称が活用されており、チェック漏れを防ぐことで機械の不具合を早期に発見し、故障や事故を未然に防ぐ可能性を高めています。
指差呼称は、建設業における高所作業や重機の操作時に広く使用されています。特に高所作業では危険が伴うため、作業者が安全帯の装着や足場の確認を行う指差呼称の実施が重要です。
作業者は、安全帯を指差しながら「安全帯装着、ヨシ!」と呼称し、その後に足場を指差しながら「足場、ヨシ!」と確認します。このプロセスにより、視覚と聴覚を使って確認漏れやミスを予防しています。
建設現場での安全性が向上することは、労働災害の発生率が低減されるのはもちろん、全体的な作業効率と品質が向上し、プロジェクトの進行を円滑にします。
指差呼称は、物流業界においても安全性と作業効率の向上に寄与する手法です。
例えば、倉庫内でのピッキング作業や荷物の仕分け作業時に、指差呼称が活用されます。作業者が商品やラベルを指差しながら「商品番号確認、ヨシ!」「ラベル確認、ヨシ!」などと声に出して確認を行うのが一般的です。
これにより作業の確実性が高まり、間違った商品をピッキングしたり、誤った場所に荷物を仕分けしたりするリスクが減少します。結果的に、顧客への誤配送を防ぎ、顧客満足度の向上にもつながるでしょう。
指差呼称は、作業の安全性や正確性の向上のために有効な手法ですが、定着しにくいという一面があります。ここでは、現場が抱える課題を3つ紹介します。
指差呼称が定着しない理由の一つに、実施する際に「恥ずかしい」と感じてしまう心理的な抵抗があります。
指差呼称は、多くの人がいる環境下でも大きな声を出して行う必要があります。特に新入社員や若い作業員は、他者の目が気になって恥ずかしさを感じ、抵抗感を持ってしまいがちです。
また、職場の文化や雰囲気が恥ずかしさを助長することも少なくありません。例えば、事務作業が多く声を出すことが少ないような職場や、黙々と作業することが求められる環境では、指差呼称が異質な行動と見なされることがあるでしょう。このような環境が、指差呼称の定着を妨げる一因となっています。
指差呼称が定着しないもう一つの理由は、確認項目が多すぎて負担に感じてしまうことです。
一つひとつの項目を指差しながら声出し確認するのは時間がかかり、作業の流れを妨げると感じる作業員も少なくありません。また、長時間の作業が続く現場では、すべての項目をしっかりと確認する余裕がなくなり、指差呼称を省略してしまうことも起こりえるでしょう。
指差呼称を頻繁に行うと作業者にとって大きな負担となり、疲労感の増加が懸念されます。実際に、工場の従業員に通常の3倍の頻度で指差呼称を行わせた研究では、腕や目、精神的な疲労が増加したという結果が報告されていました。
過度な負荷はエラーの発生率を高めるリスクがあります。そのため、重要な確認項目のみに絞り、作業者の負担を軽減する配慮も大切です。
「いつも問題ないから大丈夫」という心理も、指差呼称が定着しない理由の一つです。
作業員は日常的に同じ作業を繰り返す中で、過去に問題が発生していないと、安全確認を軽視する傾向があります。特に経験豊富な作業員ほど、「自分は大丈夫」という過信が生じやすく、確認作業を省略しがちです。
指差呼称を定着させるには、作業員の過信を防ぐことが重要です。経験やスキルにかかわらず指差呼称の重要性を正しく理解しているか、日々のチェックが形骸化していないかなど注意しましょう。
指差呼称の有効性を高めるためには、実践する現場の社員が重要性を理解し、実践できるような環境を整える必要があります。ここでは、指差呼称を正しく行い、社内で定着させるための教育方法を紹介します。
指差呼称の教育では、研究データなどを活用して有効性を理解してもらうことが効果的です。
鉄道総合技術研究所による効果検定実験では、指差呼称を行わなかった場合の操作ボタンの押し間違い発生率が2.375%なのに対し、指差呼称を行った場合は0.375%と、約1/6に減少することが報告されています。
また、広島大学の研究論文「確認作業に『指差し呼称』を用いた時の前頭葉局所血流変動の比較」では、指差呼称を行うことで前頭前部の活動が増加し、認知機能の向上が確認されました。
これらのデータを社内で共有し、視覚と聴覚を通じた確認の重要性やミス防止効果を具体的な数値で示すことで、作業員の理解と納得につながると考えられます。
指差呼称を恥ずかしいと感じて定着しにくい職場にしないためには、「みんなで取り組む」ことが有効です。
会社全体で指差呼称を実践すれば、個々の作業員が感じる抵抗感を軽減させられます。全員が同じ行動を取ることで恥ずかしさが払拭され、指差呼称が標準的な作業手順となり、日常的な習慣となって定着するでしょう。
また、上司やベテラン社員が指差呼称を実践し、他の作業員も指差呼称を自然と受け入れられる環境を整えることも大切です。
指差呼称を定着させるためには、現場での直接指導が欠かせません。
口頭説明だけでは、指差呼称の具体的な動作やタイミングを把握するのが難しいでしょう。そのため、指導者が手本を示し、各作業員に直接指導しながらの練習方法が効果的です。併せて、適切なフィードバックを行うことで、作業員は正しい手法を習得できます。
さらに、定期的なフォローアップを行い、指差呼称が習慣化されるようにサポートすることが重要です。
指差呼称は、作業者が確認対象を指差しながら声に出して確認する手法です。視覚と聴覚を同時に使うことでヒューマンエラーの発生率が大幅に低減し、作業の安全性と品質の向上につながります。
製造業のような設備機器を使用していない中小企業でも、指差呼称による確認手法は効果的です。横断歩道や階段、刃物作業などの安全リスクが潜む場所で実践することで、職場の安全管理を強化できるでしょう。
指差呼称を定期的な現場指導と全社的な取り組みで習慣化し、安全な作業環境を築いて労働災害の防止を目指しましょう。
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