当初は各地の家具店向けに自社開発の本棚、食器棚、飾り棚などの一般向け家具製造を手掛けていましたが、その後住宅設備機器メーカーのシステムキッチンなどのOEMメーカーに変遷。
「父は家庭で仕事の話をしなかった。だから、うちは家具屋さんという程度の認識しかなかったのです」と安孫子さん。
しかし、幼稚園の時に、祖父から会社に連れて行かれた時にある衝撃を覚え、幼いながらに会社を意識する1つのきっかけが出来たそうです。
「会社にすずめがいるから見に行くぞと連れて来られたのに、なぜか社長室の大きな椅子に座ってみろと言われて・・・ドキドキしながら座ってみました。
今も鮮明に覚えているので、会社という存在を意識し始めた大きなきっかけだったのだと思います。そして、僕に家業に興味を持ってもらうための祖父の作戦だったのかもしれません」と満面の笑顔で話します。
安孫子さんは東北大学の経済学部を卒業後、東京の大手銀行に就職し、法人営業部に希望配属。
転機は、ある日何気なく創業者の祖父から言われた「家業というのは事業を通して、世の中に幸せを広めていくためにある」という言葉でした。
この言葉が、安孫子さんの心にモヤモヤした何かを芽生えさせます。
このモヤモヤが「後を継ぐという決意」だったことに気が付いたのは、まさかのヒマラヤの地でした。
「ヒマラヤ登山をして、山脈の壮大な景色を目にした時に、心の中にあったモヤモヤが一気に晴れました。俺は何を小さいことに悩んでいるんだ、思い切って家業で挑戦しようと」という直感を信じたと安孫子さん。
家業を継ぐために、山形に戻ってきたのが6年前です。
挫折の現場修業 見えてきたのは自社の強み
家業のことをまったく知らず、業界知識もゼロの安孫子さんは、入社してすぐにマンションに収納家具を据え付ける現場の監督を任せられますが・・・大きな壁にぶち当たります。
「辛くて100回くらい、辞めようと思いました。現場で職人さん達にボンクラ息子と笑いものにされたり、出禁にされたりと、精神的にかなりつらい時期でした」と当時を振り返る安孫子さん。
でも、持ち前の当たって砕けろの精神と現場帰りの寄り道で、自分でこの現状を打破していきます。
「職人さん達からもう来るなと言われても、翌日朝から普通に現場に顔を出して、また来たのかと怒鳴られながら、現場の資材運搬や掃除を必死に手伝いました。またこっそりと職人さんの道具箱を漁り、ポケットにネジを入れて持ち帰り、泥だらけの作業着のまま帰りに工具ショップに寄り、同じものを探して種類を確かめたり、書店で閉店まで書物を読み漁りました」
そうしているうち、安孫子さんはうまくいかない原因は、周囲の人や環境にあるのではなく、自分自身のプライドや考え方にあると思えるようになったそうです。
すると仕事が楽しいと感じられるようになり、少しずつ周囲から受け入れられるようになりました。そんな現場を経験したことで、「自社の強み」が見えてきたのです。
一貫体制~企画・設計・製造・取付工事~
その強みとは、デベロッパーやゼネコン向けのオーダー家具の企画、設計、製造、取付工事を自社でおこなう「一貫体制」です。
家具製造業界では、一般的に製造工程と施工工程が別々の会社となっています。工場の設備費や人件費などの面からも、1つの工程に特化したほうがコストの削減ができるからです。
ですから、ホクシアのようにすべての工程を行う一貫体制は非効率的に思われがち。
けれども、安孫子さんはハッキリと言い切ります。
「仕事量に波が出たり、多くの業務を管理するコストがかかり、一見すると非効率に見える一貫体制。しかしこれこそが、ホクシアの競争優位を生み出しているのだと思います」
現場を経験していく中で、同じマンション内でも部屋ごとに家具のサイズが違うことが多いため、企画から取り付けまでの一貫体制の方が、柔軟に対応ができると感じています。
「でも、これらは表面上の強み。もっと大切な本質的な強みは、例えコストがかかっても一貫体制によって生み出される【愛】であり、育むことで中長期的な利益につながると考えているんです」と安孫子さん。
ここで言う【愛】とは、2つの意味を持っています。
1つ目は、顧客への愛です。ホクシアでは顧客が直接工場に足を運ぶ機会を積極的に設けています。そうすることで、購入側はここで製品がつくられていることを実感でき、作り手側は顔の分かる顧客のために絶対にいい商品を納めたいという熱意と愛が湧いてくると言います。
これこそが、ホクシアのものづくりの原動力です。
2つ目は、「製品への愛」です。一貫体制をとり作り手の顔が見える商品づくりをしているからこそ、社員一人ひとりが自社製品に誇りと責任を持っています。
「この2つの【愛】こそが一貫体制の生み出す強みであり、イノベーションを生み出すホクシアの強さの源泉なんです」と安孫子さん。
強みと同時に自社の弱みも見えてきた
ただし、強みと同時に自社の弱みも見えてきました。
最初に疑問に感じたのは、工場で実際に家具を作るスタッフたちの残業時間です。
スタッフ自らが夜遅くまで、次の日の作業で使う図面を印刷し、自らまとめる作業が発生していたのです。家具の製造、取付工事の仕事において、図面は必須アイテムのため、翌日の業務をスムーズに進めるためには、どうしても削ることができない時間でしたが、改善の余地があると感じていました。
そこで思い切って、全社員にタブレットを支給することを提案した安孫子さん。
実際には設計チームが図面を書き終えたら、Google Driveへ移し、工場のメンバーは生産のタイミングに自分でGoogle Driveからダウンロードし図面を閲覧できるようにしました。
スタッフの平均年齢が33.4才と、日頃からデジタルに慣れ親しんでいる世代が多いこともあり、紙からタブレットへの移行もスムーズだったそうです。
加えて、驚きだったのは社歴や年齢を飛び越えたスタッフ同士の会話が増えたことでした。
安孫子さんは「生産管理データとか色んな情報を共有できるようになったので、自然と仕事に関する議論が増えてきました。あとは、年長者が若い人に教えてと言える空気感が生まれたのが良かったです」と話します。
タブレットを活用することで、外国人スタッフ用の多言語化マニュアルの作成と更新もすぐに対応できるので、人材不足の解決だけではなく、組織の多様化に結び付いています。
また現在新たな挑戦として、ホクシアの一貫体制の強みを更に高め、より働きやすい業務環境を構築するべく、全社統合のシステム構築を目指し議論を進めています。
衝突不可避なリブランディングをスタート
安孫子さんが最大の悩みと感じていたのが、自社サイトがないことです。
ホクシアの前身である北進木工時代から、首都圏・宮城県を中心にお決まりのデベロッパーやゼネコンと直接取引をしていたこともあり、山形にある会社なのに、山形の人にこそ知られていませんでした。
安孫子さん自身「どんな会社ですか?」と聞かれても、説明する難しさを感じていたので、スタッフに働く意味を問いてもうまく答えられないのではないかと予想していました。
もっと、この会社の良いところを「見える化」したい。
そこで安孫子さんは、ホームページ制作をきっかけに、会社のリブランディングに取り組みます。
経営陣を中心に半年という目標期間を設定して、週に1度リブランディング会議を開き、経営理念や会社の目指すべきところを徹底的に洗い出し、話し合いを重ねていきました。
しかし、話し合いは難航。
「社名変更、経営理念の再考、デザインの全面変更、ウェブサイト構築、制服の変更…というようにリブランディングは多方面に及びましたが、そのすべてで衝突があったと言ってもいいくらいです」
特に安孫子さんと父親である社長は、どうしても分かり合えないと感じたこともあったそうです。「親子ですから、私情を挟んでしまう場合もある。そういう時は、お互いに一旦離れました。冷静になることで、相手の考えを受け止められる余裕が生まれるので」と笑顔で話す安孫子さん。
結局予定より大幅に遅れて、リブランディングは約1年半で一旦の目途がつきました。
収納課題を解決 世界一のメーカーを目指して
思い切って社名も変更して、北進木工から「ホクシア」になりました。
「ホク」は北進木工の頭文字から、「シア」は祖父から教えられた「家業というのは事業を通して、世の中に幸せを広めていくためにある」という言葉の中の「幸せ」という文字からとりました。
また安孫子さんは中小企業庁主催、中小企業の後継者が既存の経営資源を活かした新規事業アイデアを発表するピッチイベントである「アトツギ甲子園」に応募し、地方大会を勝ち進んだ15人の決勝大会出場者の1人に選ばれます。
地元メディアなどからの取材のタイミングに合わせて、採用に向け作り込んだウェブページをベースに、インターネット上における採用チャネルの拡充、賃上げを実施したことなどが功を奏し、会社の知名度が少しずつ上がっていきました。
以前は採用募集をしても1~2人しか集まらなかったのに、現在は2ヵ月で約100人から応募が来るようになっています。
また自社サイトの作成をきっかけに会社の状況や経営理念を見える化したことにより、社内スタッフ同士のコミュニケーションも増え「なんだか最近、みんなの笑顔が増えた」「雰囲気が明るくなった」という現場の声も聞こえてきます。
安孫子さんにリブランディングの目的について聞きました。
「一番の目的は、私達は何のために汗水垂らして働くのか?を社員一人ひとりが理解できるようにすることです。それが企業としての誇りや文化につながります」と話します。
安孫子さんの夢は、建設業と収納課題を解決する、世界一の企業になることです。すべては、祖父の教え通り「家業を通して世の中に幸せを広げていくために」。
奮闘は続きます。