目次

  1. SaaSツールのサブスク、月に27万円
  2. コスパの概念捨て「仕事に余白を作りたい」
  3. 「DXに取り組む前に組織文化から変える」
  4. 仕事の質向上を実感 社員の自主提案も
  5. 「社員の『不』を解消するところから」

 側島製罐で導入しているクラウドツールは次の通りです。

ツール およその費用(円)
マネーフォワード会計 4980
マネーフォワード勤怠 11400
マネーフォワード給与 11100
マネーフォワード経理 3000
Amazonプライム 500
でんさい 1540
Adobe 15660
SmartHR 28200
楽々明細 25000
販管システム 104500
Wantedly 45000
インターネットFAX 980
Google Workspace 20000

 導入するツールを決めるポイントは社員がマニュアルを読み込まずとも直感的に操作できるかどうか、導入済みのツールとデザインや使い勝手が似ていて初めてでも混乱せずに使えるかどうかを中心に考えているといいます。

 「SaaSツールについては社内でマニュアルはほとんど用意していません。ネット検索すれば自分で使い方が分かるようになっていることも選ぶときのポイントです」

 導入を始めたのは最近のこと。石川さんが家業である側島製罐に戻ってきた2020年はまだ現金出納帳と、現金を保管している金庫で、会社のお金を管理していました。

長年使われてきた金庫は会社正面入り口で飾られている
長年使われてきた金庫は会社正面入り口で飾られている(石川さんのSNSから)

 社員が経費を請求すると、経理担当の祖母が帳簿に記入し、金庫を開けて現金を渡す、帳簿には領収書を貼り付けていく…といった作業を続けていました。請求書も紙で印字し、取引先に毎月200通ほど郵送していました。

 そんな業務を減らすため、社員と相談しながら様々なツールを徐々に導入していきました。

 費用対効果は上がっているのか、石川さんに尋ねると「表面的な数字だけをみると、ツールを導入する方が高くなるケースの方が多いですね。でも、費用対効果だけを考えると何もできなくなっちゃいますよ」との答えが返ってきました。

 そもそもの出発点として、費用削減を目的としているわけではないと話します。

 「ムダな業務を減らし、働くみんなの余白をつくるためです。利益率向上というよりも、仕事を面白くするためのものです」

 経営者という立場からすると、経費を抑えるために、社員には常に100%で働いてほしいと考えるかもしれません。しかし、現状で手いっぱいだと、社員が新しいことに挑戦する余力を持てません。

2024年にリノベーションした側島製罐のオフィス
2024年にリノベーションした側島製罐のオフィス

 「経営者からすると『社員も経営者目線を持って』などと言いたくなることもあるかもしれません。でも、そのためにはまず将来を考えられるための余裕を生み出す仕組みを作らないといけないと考えたんです」

 仕事に余白を作り出すと、目先の労働生産性は落ちます。それでも、「未来の売り上げを伸ばす」ために、できるだけ単純作業の繰り返しのような業務を減らそうと考えたのだといいます。

 そうなると「余白をつくると社員はサボりませんか?」と聞きたくなります。

 石川さんは「だからこそ、DXに取り組む前に組織文化から変える必要があります。側島製罐はMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を掲げ、企業文化を再構築し、各自が余白の時間を自律的に考える仕組みにしています」と話します。

 最低限の決まり事以外は社員それぞれが仕事に裁量権を持ち、さらに給与も自分で決める「自己申告型報酬制度」をはじめています。

 「監視していないと社員がサボる」という考え方から抜け出せないと実現できない取り組みです。

 社員に自分の責任で自律的に行動してもらうために、まず経営者は給与査定・人事評価を駆使して自分の思い通りに人を動かす権利を手放す覚悟を背負います。その反面、社員は自分の存在意義・価値を自ら証明し、自律的な生き方に責任を負う覚悟を持つことになります。

 石川さんは、相互信頼がないと成り立たない関係を「覚悟の交換」と呼んできました。

 こうした取り組みが始まると、「取引先に工場を見て仕事任せたいと言ってもらえるようになろう」という掛け声で始まった5S活動「ピカピカチャレンジ(ピカチャレ)」など10個以上のプロジェクトやサークルが立ち上がっています。

「宝物を託される人になろう」というビジョンに合わせて「取引先に工場を見て仕事任せたいと言ってもらえるようになろう」という掛け声で始まった5S活動「ピカピカチャレンジ(ピカチャレ)」(側島製罐提供)

 ツール導入は、日々の仕事の改善を見つけ出す仕事でもあります。バックオフィスの業務は以前、パートに任せていました。しかし、石川さんは業務改善に取り組むのであれば、正社員に任せる必要があると考え、正社員比率を高めています。

 ツール導入を始めて、単純作業の時間を減らせたことだけでなく、石川さんは会社全体の仕事の質が上がったと実感できるようになりました。

 たとえば、以前は会計士との月1回の面談でも、会社の帳簿を会計システムに転記するだけでほぼ終わっていましたが、いまは事前に会社の経理データを共有しておくことで、月1回の面談では、予実管理や経営相談など「会社の健康診断ができるようになりました」と言います。

 社員からも自発的な取り組みが増えてきました。残業時間を30分単位から1分単位で計算するよう改めたときのこと。社員から朝礼で「残業代もみんなで稼いだ大事な利益からだすものなので、大切に使いましょう」という説明資料が配られました。

残業時間の考え方
残業時間の考え方

 資料では、どんな場合が残業にあたるのか、移動時間や資格取得などの勉強時間は残業には当たらないなどよくある事例をもとに解説していました。

 そのうえで、「残業代は”人件費”という費用から捻出されるものです。各自の業務達成やレベルアップのための前向きな残業に遠慮をする必要はありませんが、残業は胸を張って意義を語れる時間にできるようにしていきましょう!」と書かれていました。

 とはいえ、側島製罐も含めて中小企業にはベテラン社員も多く働いています。新しいツールの導入は混乱、反対が起きないのでしょうか?

工場での缶をつくる様子
工場での缶をつくる様子

 「仕事の質を高めていくために、企業文化から変えようとしてきました。とはいえ、実際には新しいツールが入って、業務が変わっていくことにネガティブな意見もありました。最初からすべての社員から理解を得られていたわけではありません」と石川さん。

 そこで、石川さんは業務で日々感じている社員の「不」(不便、不満、不都合、不安、不快感など)を見つけ、不を解消するところから始めたといいます。

 「野球のヒットのようなものです。1本だけでは成果につながりません。少しずつ積み重ねていくことで成果につながっていったのです」