目次

  1. 大手生保から妻の家業へ
  2. コンセプトは「文化を継なぐ店」
  3. モダンクラシックな下駄と草履
  4. コンセプト外の履物をそぎ落とす
  5. ギャラリー化で広げた間口
  6. 売り上げ300万円のイベントも
  7. 才能発掘と海外展開も見据えて

 「忘れもしない2019年の12月、みなで集まった忘年会で、わたしは妻の実家が営む大和屋履物店に加わることを宣言しました」

 4代目で義母の小倉佳子さん、佳子さんの実妹で型染め作家である充子さん、そして船曵さん夫婦で囲んだ忘年会。なんらかの手を打たなければならない時期にきているが、我々だけではどうしようもない――。ふと漏らした佳子さんの言葉に「ならばわたしが」と答えていたといいます。

大和屋履物店は神保町の専大前交差点の角にあります(大和屋履物店提供)
大和屋履物店は神保町の専大前交差点の角にあります(大和屋履物店提供)

 船曵さんは明治大学を卒業すると住友生命に就職。入社3年で四国地方のマネジメント職に抜擢されます。その功績が認められ、2019年には本社に戻り、新規プロジェクトに携わりました。まさに順風満帆の船出です。道半ばで下船することに後ろ髪が引かれることはなかったのでしょうか。

 「わたしたちの世代にとって転職はそこまでチャレンジングな選択肢ではありません。それに誰かの助けになるならば、こんなにうれしいことはありませんから。旅館の三男坊なので接客業への抵抗もありませんでした」

 「創業者は六本木の下駄のお店で丁稚奉公をし、独立したと聞いていますが、いまとなっては生い立ちはおろかその名さえもやぶの中です」

 1884(明治17)年に創業した大和屋履物店は、2代目の小倉清一さんがたすきを受けとり、3代目の進・ヤス子夫妻、4代目の佳子さんがもり立ててきました。ヤス子さんが嫁いだときは近隣に70軒を超える履物屋があったそうです。大和屋履物店は「角の下駄屋」と呼ばれ、近隣住民の憩いの場でした。

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