目次

  1. 「金融所得課税」とは金融資産から得た所得にかかる税金
    1. 税制の歪みといわれる「1億円の壁」
    2. 2025年から適用される「ミニマムタックス」
  2. 金融所得課税が中小企業へ与える影響2つ
    1. 第三者への事業承継の懸念
    2. ベンチャー企業の資金調達への懸念
  3. 中小企業がやるべき金融所得課税への対策3つ
    1. 法人版事業承継税制を活用する
    2. エンジェル税制の適用要件を満たす
    3. 信頼できる税理士へ相談する
  4. 金融所得課税は今後どうなる?
  5. 金融所得課税の動向をキャッチして経営戦略を立てよう

 金融所得課税とは、銀行預金の利子や株式などから得られる配当、株式や投資信託を売却した際に得られるキャピタルゲインに課税される税金のことをいいます。

 給与所得や事業所得などの所得税は、すべての所得を合算して課税する方式である「総合課税」によって計算されます。税率は5%〜45%の累進課税です。

 一方、金融所得は原則、他の所得とわけて一定の税率で課税する「分離課税」により計算されます。そのため金融所得に対し、所得税15% + 住民税5% + 復興特別所得税0.315%の合計20.315%が一律で課税されます。

 ただし、同じ金融所得であっても「NISA」や「iDeCo」による運用益は非課税となっています。

 所得税は累進課税のため、所得が増えるほど基本的には所得税の負担は大きくなります。しかし、所得金額が1億円を超えると、所得税の負担率は逓減(ていげん)する傾向にあります(参照:第17回 税制調査会 財務省説明資料〈個人所得課税〉p.31|内閣府)。この現象を「1億円の壁」といいます。

 所得金額が1億円を超えると所得税の負担率が逓減する要因は、富裕層が得ている所得の多くが株式などの譲渡による金融所得や、不動産売買などから得られる分離長期譲渡所得であるためです。これらの所得は総合課税における高い累進税率よりも、税率が低い分離課税が適用されています。

 なお、同資料によれば、所得金額が50億円〜100億円の層では、所得の89.5%が金融所得です。このことからも2024年以前は、多くの富裕層がこの税制を有効活用していたといえるでしょう。

 1億円の壁という税制の歪みを解消するために、2025年分の所得税から富裕層に対し課税強化が行われます。この課税強化を「ミニマムタックス」といいます。

 ミニマムタックスとは、「極めて高い水準」にある所得の税負担を適正化するための追加納税措置です。なお、財務省による「令和5年度税制改正」では下記図のように、追加納税が発生する水準について、合計所得金額が約30億円の層と位置付けています。

令和5年度税制改正|財務省
出典:令和5年度税制改正|財務省

 追加納税額については、次のような計算式で算出します。

(合計所得金額 - 3.3億円)× 22.5% - 通常の所得税額 = 追加納税額

 合計所得金額には、株式の譲渡所得や土地建物の譲渡所得、利子所得、配当所得、事業所得、給与所得などが含まれますが、NISA口座で得た所得やスタートアップへの再投資などは含まれません。

 金融所得課税は、個人に対する所得税の課税強化です。富裕層に対する課税強化として、ミニマムタックスの導入や税率の見直しが度々議論されていますが、中小企業の経営者にとっても他人ごとではありません。

 「第17回 税制調査会 財務省説明資料」によると、1億円以上の所得を得ている納税者は1.9万人です。この1.9万人の納税者が得ている所得総額約5.6兆円のうち、27.4%にあたる約1.5兆円は非上場株式などの譲渡による所得です。つまり、多くの中小企業に影響があるといえるでしょう。

所得種類別の所得金額の内訳(合計所得1億円の納税者)
第17回 税制調査会 財務省説明資料(個人所得課税)p.32|内閣府をもとに作成

 金融所得課税が中小企業へ与える影響の1つに、事業承継による後継者問題の深刻化が挙げられます。なぜなら、中小企業の事業承継やM&Aを行う際に、所得税の負担が増加するためです。

 後継者不足の解決方法の1つとして、中小企業の経営者が保有する株式を社外の第三者に譲渡する方法があります。

 株式を第三者に譲渡した際に生じる利益は、金融所得に該当します。この金融所得が高額になれば、給与所得などと合算してミニマムタックス税制の対象になり得る可能性があります。

 安定した経営実績と継続した利益が見込める企業は、高い企業価値を有しています。さらに、ブランド力や独自の技術力といった超過収益力を持つ企業なども、企業価値が高くなる傾向にあります。このような中小企業が事業承継やM&Aを株式譲渡で行う場合、株式譲渡益は多額になるでしょう。

 金融所得課税が強化されると、ベンチャー企業の資金調達が停滞する可能性があります。投資家にとって出口戦略は重要なテーマであり、課税強化は投資判断へ影響を与えるためです。

 投資家は、投資資金を回収して利益を得ることを目的としています。特にベンチャー企業への投資は、リスクを理解したうえで大きなリターンを期待していることも少なくありません。しかし、課税強化によって期待できるリターンが減少してしまえば、ベンチャー企業への投資自体を避ける人が増えるかもしれません。

 たとえば、ベンチャー企業でバイアウト(経営陣が自社の株式を買収すること)が行われる場合、株式を売却する投資家の譲渡益がミニマムタックスの対象となると、所得税の負担は増加するでしょう。

 金融所得課税が影響をおよぼすのは富裕層の投資家だけではありません。中小企業の経営者にとっても、事業承継や資金調達など重要な経営判断に関わる可能性があります。

 これらの影響に対して、中小企業ができる具体的な対策を3つ紹介します。

 事業承継やM&Aを行う際は、一般的に金融所得課税の対象となります。ただし、承継先が親族である場合は、金融所得課税の対象とならないよう法人版事業承継税制を活用する方法があります。

 法人版事業承継税制とは、非上場会社の株式などを贈与した場合に、それにかかる贈与税について、一定要件のもと猶予・免除を受けられる制度です。この制度を活用することで、後継者に対し事業承継を円滑に行いつつも、経営者側が税負担を抑えられるメリットがあります。

 ただし、株式を贈与することになるため、手元にキャッシュが残らないというデメリットに留意すべきです。

 投資家から積極的に資金を調達するには、「エンジェル税制」の適用要件を満たす方法があります。

 エンジェル税制とは2023年の税制改正で創設された制度の1つで、投資家が株式譲渡益をスタートアップ企業に再投資する場合に、譲渡益が非課税になるなどの優遇を受けられる制度です。

 なお、企業がエンジェル税制の対象となるには以下の要件を満たしている必要があります(参照:エンジェル投資に対する措置|経済産業省)。

  • 設立5年未満であること(優遇措置Bは設立10年未満)
  • 設立経過年数(事業年度)ごとに設定されている要件を満たしている
  • 外部(特定の株主グループ以外)からの投資を1/6以上取り入れている
    (プレシード・シード特例の適用を受ける場合は1/20以上)
  • 大規模法人グループの所有に属していない
  • 未登録・未上場の株式会社である
  • 風俗営業など該当する事業を行っていない

 企業がエンジェル税制の適用要件を満たすことで、投資家が税制上の優遇措置を受けられる投資先となります。結果として、積極的な投資を受けやすくなるでしょう。

 「1億の壁」を是正すべく導入されたミニマムタックスですが、中小企業の経営者であれば富裕層になる可能性が十分にあります。

 また経営に関しても、法人版事業承継税制やエンジェル税制などさまざまな選択肢があるなかで、メリット・デメリットを理解して適切なタックスプランニングを策定する必要があります。

 それぞれにシミュレーションを行い最善の選択をすることで、会社としても個人としても手元に残るキャッシュは大きく変わってくるでしょう。状況に合わせて最適な判断を下すためにも、信頼のおける専門家へ早めに相談することが重要です。

 2025年からミニマムタックスが導入されます。導入後は「1億円の壁」が解消されるのか、エンジェル税制の活用などにより本当に富裕層の所得税負担率が上がるのか、注意深く見守る必要があります。

 政府の動向としては、ミニマムタックスの効果を検証しながら諸外国の負担率や課税方法を参考にすることも考えられます。また今後は、所得税の負担率に限らず、社会保険料を含めた国民負担率を考慮した検討がされるものと予想できます。

 中小企業やその経営者にとって税務コストを最小限にすることは最重要課題です。中小企業は中長期の事業計画を、経営者は自身のライフプランを立てることにより、見えてくる未来が変わってくるかもしれません。

 金融所得課税に限らず、常に最新の情報をキャッチし経営戦略を立てましょう。