錦城護謨の工場には、液体や固形を金型に入れて、熱してゴムに変える約120台の成形機がずらりと並ぶ。できる製品は1~2センチの小さいものから数メートルのものまで約5000種類に及ぶ。「何でも自由にできる。レシピがたくさんある料理店のようなところです」と担当者。

 1936年の創業時はゴムを買い付け、自動車メーカーなどに売る商社だった。戦後自社で製造も手がけるようになり、魔法瓶の口ゴムや炊飯器のパッキンなどを製造してきた。高度経済成長期は需要が相次ぎ、会社は成長した。

5000種類のゴム製品をつくる錦城護謨の工場内

「時代の流れを見て挑戦」

 1980年代は健康志向の高まりに目を付け、スポーツ分野に進出した。水泳のキャップ、自転車のブレーキなどを製造し、2000年代は携帯電話部品も手がけた。ただ、スマートフォンの台頭で売り上げは10分の1に。太田泰造社長(47)は「いい時ばかりじゃないが、時代の流れを見て挑戦することが大切」と話す。

 14年前、島根県の視覚障害者が屋内での歩行を誘導するゴム製のマット「歩導(ほどう)くん」を製造していると知った。屋外によく敷設されている点字ブロックは車いすが引っかかったり、障害がある人が転倒したりする危険が指摘される。「バリアフリーのはずがバリアになっている」。そう感じた太田さんはマットの販売を手伝うようになった。

 ただ、マットには汚れやすく、ぬれると滑りやすいという欠点があった。色も2種類しかなかった。普及させるには新商品が必要と判断した太田さんは、ゴム製造の技術を生かし、6年前に「HODOHKUN Guideway」を完成させた。

 表面に凹凸を付けて汚れを目立たなくし、滑りにくくした。マットの大きさも使いやすいよう従来の3分の2にし、色も標準で6色を用意した。市役所や銀行、病院などから注文が来るようになり、ドイツや米国のデザイン賞を受賞した。

 4年前には部屋の粉じんを少なくした「クリーンルーム」を新設し、内視鏡のカバーなど医療関連商品の製造に乗り出した。昨年は社内にバリアフリー推進課を設け、マットの普及にも力を入れる。

 「マットにセンサーを埋め込んで、杖が触れたら場所の情報などをスマホなどに送る技術に挑戦したい」と太田社長。2025年の大阪・関西万博での実証実験を目指している。(2020年12月5日付け朝日新聞地域面に掲載)

錦城護謨

 従業員295人。年間売り上げは約60億円でゴム製造が7割を占め、残りの3割は土木工事事業。2025年大阪・関西万博の予定地・夢洲(ゆめしま)(大阪市此花区)の地盤改良工事も請け負っている。