「技術力に加えてデザインを」鍛造会社3代目が社員と見つめ直した価値
鍛造部品会社ヤマコー(大阪府東大阪市)は、中小企業のデザイン経営支援プログラム「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ」(ロフトワーク主催)に参加しています。3代目社長・山本晃永さんへのインタビュー後編では、デザインの力で進めている商品開発や、組織の意識改革への思いなどを伺いました。
鍛造部品会社ヤマコー(大阪府東大阪市)は、中小企業のデザイン経営支援プログラム「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ」(ロフトワーク主催)に参加しています。3代目社長・山本晃永さんへのインタビュー後編では、デザインの力で進めている商品開発や、組織の意識改革への思いなどを伺いました。
――1月末現在、Dcraftの各企業向け集中講義は、クール2が終了したところです。このクールでは、参加企業に自社のビジョンをやさしく誰にでも伝わる絵本として制作するワークが出ました。
これには本当に戸惑いました。製造業はどこも同じだと思うのですが、社員は具体的な指示や設計図がないと何を作ったらいいのか分からなくなるんです。でも、Dcraftの課題はそうではありません。2020年12月のクール1では、私がまず講師陣の説明を聞いて意図を理解してから、社内のプロジェクトメンバーと議論をしてきました。
絵本の課題では、Dcraftを主催するロフトワークが作った「FabCafe」(デザイナーの交流拠点)のビジョンを伝える絵本が例に挙げられました。「FabCafe」がどういう場所か、これを読んだら背景や目的も含めてすべて分かり、私にはすごく勉強になりました。まずは、自社という大きいところからでなく、今回は開発を進めている鍛造なべにフォーカスし、その魅力を伝えることに挑戦しました。
しかし、メンバーにはその意図が伝わらず、「それで何を作ったらいいの?」となってしまう。まず4コマ漫画の作成から始まったのですが、案の定、私から見てもピントが少しズレたものになってしまいました。
――そこで描いたストーリーは、ヤマコーさんが自社製品として打ち出したい「鍛造なべ」ですね。
そうです。製品に対するみんなの意見がバラバラで、どうまとめたらいいのか分かりませんでした。伝えたい価値はあっても、うまく絵本に落とし込めない。そこでDcraftの参加企業を集めた報告会の際、プライドを捨てて、みんなの前で「どうしたらいいのか全然分かりません」と言ったんです。そうしたら、「FabCafe」の絵本を作った際の絵コンテを見せてもらうことができました。
――それがどんなヒントになったのでしょうか。
当初の絵コンテは完成したものと違い、そこをベースにどういう議論をしながら作ったのか説明してくれました。
「FabCafe」はものづくりが体験できるカフェで、最初の絵コンテでは、いかにも工作が好きそうな男の子を主人公にしていました。しかし、完成した絵本はもっと年齢が低い女の子に変わっています。そのほうが読者にとって、「FabCafe」がどういう場所か伝わりやすいという判断だったそうです。ものづくりとは関係がなさそうな主人公のほうが、「ここは誰でも楽しめる場所なんですよ」と自然に伝えられるということでした。
それを教えてもらってから、ヤマコーの絵本で目指すべき方向性が明確になりました。
最初は小さな男の子が、「鍛造なべ」でお母さんにホットケーキを作ってもらう話にするつもりでした。しかし、お母さんが料理を作る話だと当たり前のこととして受け止められる可能性があり、「壊れにくい」、「熱が伝わりやすい」という機能面しか伝えることができないと気が付きました。
発想を変え、一人暮らしで料理もしたことないような男の子を主人公にしました。「鍛造なべ」を使って、実家のおじいさんが作ってくれたお味噌汁の味を再現し、手作りの良さを思い出すストーリーを通じ、「鍛造なべ」が“生きるチカラ“を与えてくれる調理器具だと伝えるシナリオを作りました。また、「鍛造なべ」の良さを伝えるステートメントには、以下の言葉を入れました。
百年使える鍛造なべ
一生ものに出合える幸せ。
生きることは、食べること
誰かの生きる力にわたしはなりたい
――絵本の内容は、インタビュー前編でも触れた「鍛造なべ」の良さを伝えるためのプロセスとも合致しますね。
まさに作る側ではなく、使う側の視点に立った説明書になったと思います。製品に対するイメージのズレをなくすため、この絵本を社員全員にも配りました。
絵本を読んでから、みんなの顔つきが変わってきました。今までは製品を作る側の視点だけで、使った人がどう感じるかを考えてこなかったのですが、使う側にどういう価値を与えたいのかという説明書を読んだことで、製品の先にある顧客への提供価値まで考えられるようになったと思います。
――Dcraftに参加した効果が、すでに表れているのですね。
入社したばかりの社員も、目をキラキラさせながら社内コンペに参加してくれるようになりました。自分たちの仕事が何に貢献しているのか分かりやすくなったことで、仕事にやりがいを感じられるようになってきたのでしょう。
――まだDcraftのプログラムは途中段階です。今後は5月までに事業計画の作成を目指すことになります。
先のことは考えすぎず、目の前の課題を一つひとつクリアしたいです。デザイン経営に基づいた事業を進めるには、当社にはデザイナーがいないという課題を解決しなければなりません。
――想定しているのは、外部のデザイナーとの協業ですか。
今までは、私たちの事業や技術との関連性まで考えて提案してくれるデザイナーは、ほとんどいませんでした。事業のアイデア段階から一緒に入ってもらい、デザインの力で組織を引っ張ってくれるような人と出会いたいと真剣に思っています。
――デザイン経営は組織の存在意義を定め、そこから独自の企業文化や価値を創造することを目的としています。プロダクトの開発以前に、まず自社の存在意義を言葉として定義する必要があります。
自分たちが考えることに加えて、細かな部分ですが、社内で企画が進んでいる状況はすごくポジティブなことなので、そこは前向きに捉えたいです。また、外からの見え方を意識したいと思っています。デザイナーかコンサルタントかはまだ分かりませんが、第三者の方にも入ってもらい、色々な声を聞きながら進めていきたいです。
Dcraftに参加して、日本の中小企業が誇る高い技術力は素晴らしいもので、そこにデザインの力が加わることで、より価値が生まれるということがわかりました。
――今までは社長として、「自社のことは自分がいちばんよく分かっている」という自負があったということでしょうか。
というより、「自分が会社を背負うんだ」という強がりがあったのかなと思います。Dcraftの講師陣から鋭い指摘を受ける中で、そのこだわりがいい意味で外れて、今では色々な立場の人と協業したいと考えられるようになりました。この環境でなければ、ここまで自分の殻を破られることはなかったでしょう。
――山本さんは家業の3代目社長です。事業承継においてもデザイン経営が効果を発揮すると感じていますか。
中小企業の事業承継でいちばん苦労するのは、先代の可愛がっていた社員が、次の社長にとっての壁になるときなんです。しかも、先代が会長などで社内に残っていると、「社員は誰の言うことを聞けばいいのか」と迷ってしまいます。
だから、本当は事業承継する前に、デザイン経営に取り組むプロジェクトチームを作るべきです。後継ぎをそのリーダーにして、外から見た目線で会社の強みを再定義させる。そして、代替わりのタイミングで、今後はその価値を中心にやっていくと宣言する。そうすると、中身のあるバトンタッチができるのだと思います。
新しい社長が一方的に、「これからはこうします」と言ってもダメなんです。Dcraftの課題を通じて実行してきたように、社員一人ひとりが自社の価値を見つめ直すことで、納得感のある意思統一ができるのだと考えています。
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