新しい繊維の名前は「木糸(もくいと)」。人工林の手入れで間引いた木材が原料だ。まず細かいチップにして溶かして和紙を作る。そこから1~4ミリ幅に細長く切って、より合わせていくと完成する。

 社長の阿部正登(まさと)さん(63)は「環境に配慮した製品というだけでなく、軽くて蒸れにくい。自然素材なので肌にも優しく、紫外線を通しにくい」と性能に胸を張る。

 約20年前まで足袋の生地を中心に作っていたが、安価な中国製品に押されていた。そんな折、大手製紙会社の王子製紙が和紙から糸を開発するという話を聞いた。「今のままでは勝負は目に見えている。打って出よう」と、2001年から開発に協力した。

 綿やポリエステルは適度な伸びがあるが、紙は伸縮性がなく、織物の糸にするのが難しい。社員で知恵を出し合って織機の部品を改造し、和紙専用の織機へ改良を進めた。

 約1年かけて和紙100%の布の開発に成功した。ただ高価で売れ行きは芳しくなかった。環境への関心が高い海外に販路を求めた。植物由来の原料で、焼却しても有害物質は出ない点がエコだと評価され、得意先ができ始めた。「Japanese paper」と呼んでいたが、今では「Washi」で通じる。

 和紙の布作りのノウハウを生かして取り組んだのが木糸だった。2009年、林野庁の会合で、間伐材の有効利用について、阿部さんが「木から服を作ってはどうでしょう」と提案したのがきっかけだ。

2017年度の「ふるさと名品オブ・ザ・イヤー」で政策奨励賞を受賞したタキシードとウェディングドレスの横に立つ阿部正登さん=和紙の布提供

 地元企業などと協力して開発に乗り出した。スギやヒノキの繊維は短く、糸にしても強度が十分ではない。補強材として綿とより合わせ、第1号の木糸が完成した。

 2013年に林野庁の間伐・間伐材利用コンクールで最優秀賞に選ばれた。2017年には東日本大震災の津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」の木くずを利用して、ストールとポンチョを作った。被災地支援への感謝を込めた米国でのコンサートで出演した子どもたちが着用し、注目度が一挙に高まった。

 奈良の吉野杉、京都の北山杉など全国10カ所の間伐材で布を作る。阿部さんは「間伐材を山に放置していると土砂災害などの原因にもなる。未来の子どもたちのために、各地の山を緑豊かな森にするお手伝いができれば」と話す。(2021年2月20日朝日新聞地域面掲載)

和紙の布

 1962年、阿部正登さんの父・昌平さんが阿部織布を大阪府泉佐野市で創業。2008年に現社名に変更した。SDGs(持続可能な開発目標)の広がりが後押しとなって、木糸の商品化依頼が増加する。全国の神社や寺院から、古い鳥居や境内の樹木などを使った品の作成も請け負っている。従業員数は5人。