BtoC事業の立ち上げに挑む

――今回、Dcraftに参加した経緯を教えてください。

 先代から事業承継したときに、この先も会社を守っていくためのビジョンとしてデザイン経営の必要性を感じたことが、Dcraft参加の大きな理由でした。

 初代の社長はモンキーレンチやスパナなどの製造・販売を行っていましたが、2代目である私の父は、工具の製造を海外に委託し、金属鍛造の技術を活かして自動車やバイク、鉄道などの鍛造部品を作るBtoB事業を中心にしました。

 私は社長を継ぐ前は、社内で経理や総務、設計など技術の仕事を担当していましたが、その頃から、私たちのような中小企業が受けていた仕事が、よりコストの安い海外の工場に流れるようになり、製造に技術をつける必要性を感じました。下請けとして不安を覚えることもあり、経営への危機感がありました。

 部品製造が中心だったことで、自分たちの作ったモノがどう役に立っているのか分かりにくく、若い世代が仕事のやりがいを感じにくいという課題もありました。事業承継したタイミングで、メーカーとしてBtoCの事業に挑戦する必要性を感じたのです。

――そんな悩みを抱えていたときに、デザイン経営と出合ったのですね。

 ヤマコーの強みは、高い鍛造技術です。設計から金型、鍛造から機械加工まで一貫して手掛けることで、まだ世の中にない精密鍛造品も作ることができます。そこで「開発」のプロジェクトチームを作り、自社製品の製造・販売を目指しました。

ヤマコーはものづくり企業が集まる大阪府東大阪市に本社を置いています

 プロジェクトに取り組むと、社員の顔が輝き始め、「僕らに作れないものはないです!」と言ってくれるほどのチームに成長しました。しかし、技術力があるだけではBtoC事業は成り立ちません。どんなテーマで、どんなものを作ったらお客様に興味を持ってもらえるか、自分たちで考えないといけません。

 壁にぶつかっていた2020年秋、近畿経済局から(Dcraft主催団体の)ロフトワークのオンラインセミナーの案内をもらい、デザイン経営という言葉を知りました。

デザイン経営は初耳だった

――「デザイン経営」のことは、ご存じだったのですか。

 まったく初耳でした。でも、自社製品を開発する中で、長く愛される商品を作るには、デザインの力が欠かせないとは感じていました。デザインと経営が合体して何ができるのか。イメージはできなかったけど、面白そうだと思いました。しかも、デザイン経営を実践的に教えてくれる講座も始まると聞き、デザイン経営が何かを理解していないまま、ほぼ勢いでDcraftに申し込みました(笑)。

――Dcraftは今年6月まで、経営へのデザイン導入を支援し、それに伴う事業計画の更新を検証するための商品開発やテスト販売もサポートします。具体的な商品のアイデアはあったのでしょうか。

 それが、自社の技術を生かした「鍛造なべ」です。エアースタンプハンマー(加熱した材料を叩いて金型成型する機械)で鉄をプレスしただけの継ぎ目のない一体型なべ・フライパンになります。

ヤマコーが自社の技術力を生かして開発を進めている「鍛造なべ」

 普通の鍛造では、中が空洞なものを作る発想はなく、「こんなものは無理」という社員もいました。しかし、技術力を伝えるためには、やったことがないものに挑戦しなければならないのではと話し合い、完成させました。あえて機械加工の仕上げをせず、鍛造で力を加えた際に生まれる波のような自然な輪郭をそのままにしています。鍛造の良さと温かみが伝わると思ったからです。

 「鍛造なべ」は落としても割れず、洗うときに洗剤もいりません。熱が伝わりやすいため、素材本来の美味しさがしっかりと引き出せます。しかし、当社にはデザイナーがおらず、この良さをどう伝えたら、お客様の心に届くのかが分かりませんでした。Dcraftに申し込んだのは、この商品を広めるアイデアを得たい、デザインの発想を身につけたいというのも大きな理由でした。

みんなの意見を取り込んで良くする

――Dcraftのプログラムには、山本さんと4人の社員で参加しています。

 彼らは社内のいろいろな部署から集めました。鍛造に関わっていない人でも、仕事に熱意があって、新しいことに挑戦したいと思ってくれているメンバーです。年代も性別もバラバラです。

――自由な発想を生むため、議論の際はあだ名で呼び合うなどのルールを作ったそうですね。

 最初はデザイン経営とあるため、経営に携わる私だけが勉強してマスターしたらよいものかと思っていました。しかし、レクチャー動画をみたらそうではなかった。デザインのメンバーが必要だとわかりました。そのメンバー選定から始めました。

 また、メンバー間で社内の関係性を維持したままではいいアイデアが出ないし、メンバーに気を遣われたら、限られた時間でしっかりした議論もできません。フラットな関係を作らないといけないと思いました。呼び合う名前も役職も抜いてメンバー間での呼び名を考えました。私は「こうちゃん」と呼ばれています。

社長を含む5人のプロジェクトメンバーは、あだ名で呼び合いました

 ミーティングでは「プラスプラスプラス思考」というルールも作りました。意見が出たら否定せず、「いいね!」と言い合う。でも、それだけで終わらず、「もっとこうしたらいいんじゃない?」と、さらにプラスする意見を重ねています。メンバーは、すぐにこのルールに馴染んで本音で話してくれました。そこはすごくありがたかったです。

社員とのギャップを痛感

――課題に取り組む中で、大変だった点は何でしょうか。

 たくさんあります。最初に頭を抱えたのは、ムードボード(様々な写真を使い、自社のイメージをビジュアルで表現する手法)を作ったときです。

 作業を進める中で、鍛造という技術の魅力や独自性への理解に、自分と社員の間でまだまだギャップがあると感じました。そのため、まずはその認識を揃えるために、私から社員に鍛造の良さを説明しました。

 これのどこに鍛造の良さが表現されているのか、自分が社長として守ってきた会社のいいところを伝えられていない。どうしたら伝えられるのかと悩み、もう一度考えてつくり直したい気持ちを伝えるために、「これは違う」「これでは何も心が動かない」と言いました、自分が社長として描いているイメージを伝えたのは、このときが最初で最後です。

ムードボードも変更を重ねながら完成させました

 「鍛造なべ」の良さを伝えるステートメントを作ったときも大変でした。「割れない」とか「洗う必要がない」とか、作り手側の言葉ばかりで、使う人の側の言葉が出てきませんでした。

――機能の説明に終始してしまった、と。

 メンバーの中には、肝心の「鍛造なべ」を実際に使ったことのない人がいました。会社で開発したときも試食会はプロジェクトチームだけでやっていましたが、いろんな社員に使ってもらう機会を作ってなかったんです。

社内より外からの視点を意識

――社員が従事する業務によって、会社の見え方も、商品への理解度も変わってしまっていた。日々の仕事からは見えてなかった課題に気が付いたわけですね。

 鍛造の良さや特徴は、鍛造部門の人にしか伝わっていなかった。出荷や検品の人は現場を知らない。だから、言葉もイメージも的外れなものになってしまいました。

 鍛造の現場を知らない人には、鍛造部門の社員に頼み、実際の作業の様子を見てもらいました。家に持ち帰って「鍛造なべ」を使ってもらう機会も作りました。そのうえで言葉やイメージを修正していきました。

――そこで社長として「こうしなさい」と言うこともできたのでは。

 私が一方的に口を出したら、Dcraftに参加した意味がないからです。冷静に考えて、遠回りでも社員に「鍛造なべ」を体験してもらい、そこから出てきたものを取り入れることが必要だと思ったんです。最終的にはいいアウトプットになったと感じています。

――デザインのプロセスでも、実際にものづくりの現場を体験したり、対象の商品を使ってみたりすることは、アイデアを発想するうえで重要なこととされています。

 Dcraftで2020年12月にあった集中講義(クール1)で講師を務めた永井一史さん(HAKUHODO DESIGN代表)に言われたことが大きかったかもしれません。「自分たちを会社の中からしか見てない。大切なことは、外から見たイメージでしょう?」と指摘され、すごく印象に残りました。

――作る側ではなく、使う側で発想するということですね。それは機能ではなく、人を中心とした体験で訴求するということでもあり、デザインの発想の根底にある考え方です。

 永井さんの指摘にめちゃくちゃ落ち込みましたが、あとから考え直して、重要な言葉だと思いました。プロの目線から、「ダメなところはダメ」と言ってくれる環境がDcraftにはあり、ときに厳しくて心が砕けそうにもなりますが(笑)、とてもありがたいと感じています。

 ※25日配信予定のインタビュー後編では、絵本制作によって「鍛造なべ」の構想を進めるプロセスや、デザイン経営と事業承継の関係性などを伺います。