目次

  1. 購買頻度向上やサイト改善に役立つ顧客データ
  2. ビジネス運用とデータ分析はマッチしない
  3. 顧客データ分析の前に必要な「定義」とは
  4. 偏ったデータは誤った意思決定に導く可能性
  5. 顧客データを活用したJTの事例

――顧客情報には、どのような活用方法がありますか?

 有名な事例としては、AmazonやYahoo!がイメージしやすいかもしれません。ECサイトやWeb広告などオンライン上の活動が多い業種では、顧客データの分析は一般的なものになっています。

 たとえば、ECサイトであれば、メールを使っての休眠顧客の呼び戻しや離脱防止、購買頻度の向上、サイト上でのプロモーションなどに活用しています。
それだけではなく、サイト上での顧客がどのページをどのように見ているかを分析することで、購買までの間に離脱を少なくするといったサイト改善にも役立てられています。

――顧客データは保有していてもなかなか活用できないという声を聞くことがありますが、これはどうしてでしょうか? 

 データ分析を考えずに運用するのであれば、管理コストから考えて最新の顧客情報だけを保存しておくのが最適でしょう。しかし、最新のデータだけではデータ分析に向きません。

 マーケティングの分野で比較的浸透している概念として「顧客ステータス」があります。 これは累計購買金額や購買頻度など、サービスの利用状況によって定義されるのが一般的かと思います。 日常生活の中でも「ブロンズ会員」や「シルバー会員」などのような形で見かけたことがあるのではないでしょうか。

 例えば、サイト上でプレゼントキャンペーンを実施したとき、このキャンペーンに効果があったかを検証したいとします。このとき、最新の顧客ステータスだけでは分析ができません。キャンペーン前後の変化を比較できないからです。

 キャンペーンの効果を検証するアプローチとして、一定期間の訪問頻度や購買単価、購買金額を利用することが考えられますが、これらの情報についても、これまでの累積訪問回数や平均購買単価、累積購買金額だけではキャンペーンの前後の比較ができません。

 顧客データを分析に用いるのであれば、まず比較検討ができる状態にする必要があります。

――分析できるデータがあったとして、次に何に取りかかればいいですか?

 顧客データを分析するには、どのような成果が出れば、どのような意思決定がなされるかを明確に定義しておく必要があります。

 プレゼントキャンペーンの例で言えば、新規ユーザーの獲得といったプレゼントキャンペーンの目的に対して、新規ユーザーの獲得に効果的な施策粒度、具体的には、誰に、何を、どのように出すか、などが分かれば、その組み合わせに沿ってプレゼントキャンペーンを実施することになります。

 そのためにまず、分析の目的を明確にすることが極めて重要です。
以前、ある企業の担当窓口の方から「ファンサイトを作ろうと思っているが、どのくらいのユーザー数をターゲットにすべきか」と相談されたことがあります。しかし、この状況ではデータ分析から有効な示唆を得ることは難しいでしょう。

 この企業の事業とユーザーの関連性、例えば、純粋にユーザーの数が増えれば事業にとって望ましいのか、一定の愛着を持ってくれるユーザーの数が増えなければならないのかといったことに加え、事業全体として望ましいユーザーの数と、このファンサイトによって獲得・維持したいユーザーの数が不明瞭であるためです。

 「何人をターゲットにするか」に対して有効な示唆を得るには、まず、このようなファンサイト作成の目的や背景に関する情報が重要です。この例に限った話ではなく、一般に目的(why)が明瞭でない分析はうまくいきません。
逆に、分析の目的が明確な状況であれば、有用な示唆を得やすくなります。

 たとえば、プレゼントキャンペーンの目的が新規ユーザーの獲得であるとすると、「新規ユーザーの増加が見込めるキャンペーン施策の検討材料を出すこと」が分析の目的となります。この状況では、誰をターゲットにすべきか(who)、どんな商品をキャンペーン対象にするか(what)、どんな訴求方法をとるか(how)などについて、データの比較検討をもとにプレゼントキャンペーンの優先順位を決めることができます。

 このように、顧客データを分析するには、どのような成果が出れば、どのような意思決定がなされるかを明確に定義しておく必要があるのです。 

――すでに集めているデータを活用するにはどうすればいいですか?

 理想論をいえば、目的に合わせてデータを集めるべきです。しかし、実際の現場では、すでに集めたデータがあったり、まず手を動かしてみないとわからなかったりする側面はあります。

 たとえば、購買や資料請求、プロモーションのページの閲覧数の数を増やすことを目標としてみるのはどうでしょうか。あるキャンペーンを実施するときに、どんな顧客にもっとも響くかを調べる要素としては、顧客の年代、性別、アンケートへの回答、Web上での行動履歴などが比較対象として考えられます。

 このとき、様々な種類のデータをあつめることになりますので、その場合はユーザーIDなどを使って各データをひもづけられるようにしましょう。

――注意点はありますか?

 集めたデータが偏っていた場合、誤った意思決定を導いてしまう可能性があることはあらかじめ注意しておきましょう。

 有名な話に「生存者バイアス」というものがあります。第二次世界大戦中、アメリカ軍は爆撃機の損失を最小限に抑えるために装甲の強化を検討しました。その際、帰還した爆撃機の破損部位を調べると翼と胴体の破損が多く、コックピット、尾翼には破損がなかったことがわかりました。

 そこで、破損の多い部位の強化を……という結論に対し、数学者エイブラハム・ウォールドはコクピットが破損すると撃墜され、帰還できないからで、破損が大きい部分を強化するというのは帰還率に貢献しない可能性が高いことを指摘しました。

――イメージしやすいよう顧客データを活用した事例を教えてください。

 日本たばこ産業(JT)は、成人喫煙者を対象にたばこ情報を届ける無料の会員サービス「JTスモーカーズID」により、多くの会員データを保有しながらも、うまくビジネスに活用できていないという課題を感じていました。

 そこで、ブレインパッドとともにAIをもちいてどの会員が、どの銘柄に転移しやすいかを予測する、銘柄転移の予測モデルを構築しました。顧客データとしては、会員の属性データに、利用銘柄やWebサイト閲覧履歴などの行動データ、さらに、会員とのマーケティングキャンペーンによる接触履歴データを活用しました。

AIを活用した予測モデルによる効果の例(ブレインパッドのサイトから引用)

 予測モデルが抽出した会員にJT銘柄を勧めるダイレクトメールを送付し、6カ月後の銘柄転移の状況を調査しました。すると、金額に直して試算すると、施策1回につき20%程度の費用対効果の改善が見られることがわかりました。

――改めて、顧客データの分析とは何のためにするべきでしょうか?

 マーケティングにおける重要なKPIについて、「誰に」「いつ」「どこで」「何を」「どのように」プロモーションするのが良いかを提示する材料を示すのが、顧客データ分析と言えます。

 マーケティングにおける重要なKPIには、売上、費用対効果、新規ユーザー数、離脱ユーザー数などが考えられます。やりやすいと思えるところから着手することが成果につながりやすいと思います。