奈良県北部、大和平野が広がる田原本町。約2.5ヘクタールに渡って広がる耕作地の中に、萩原農場はある。3代目社長の萩原俊嗣さん(66)が教えてくれた。「昔、奈良はスイカの名産地だったんですよ」。明治時代から生産が盛んになり、県が品種改良を主導した時期もあった。

 初代社長の萩原善太郎氏は1916年、独自に品種改良を始めた。県庁近くの商店街で、自分の売った種が10倍の値段で販売されているのを見つけたのがきっかけだった。「雑多なものが流れたら、(奈良のスイカの)評判が落ちる」。1937年には味のよさと割れにくさを兼ね備えた品種「富研号」を発表。1951年にスイカでは初めて種苗名称登録された。

スイカの味や形を調査する作業(2020年6月撮影)

 初代からすれば孫にあたる世代まで、1世紀以上にわたって品種改良のノウハウが引き継がれてきた。会社裏のビニールハウスにずらりと並ぶ苗の葉には、暗号のような文字が。交配についてのメモだという。「甘みが強い」「寒さに強い」といった長所を持つ新品種をつくるのにも約10年かかるという。萩原農場ではさらにそれらをかけ合わせ、「つくりやすくておいしい品種」を追求する。

 家庭に届くスタイルの変遷にも対応してきた。近年ではパックで切り売りされることが多く、硬めでシャリシャリとした果実になる品種を作る。萩原さんは「先を見ず、今の要望にたくさん対応する。多様な環境に耐える種の素材を持っておくことが、種を守ることになる」と語る。

スイカ業界の裾野広げる「種の研究」

 スイカ業界の裾野を広げようと、健康効果にも注目している。スイカは肌の新陳代謝を活発にしたり、中性脂肪を減らしたりする栄養素を多く含み、手足のむくみにも効果があるとされる。これまでもドリンクやせっけんなどを開発してきた。「いろんな人たちがスイカに関われるように、その元になる種の研究にこだわりたい」と萩原さん。

 スイカの消費者に、種の生産地までは伝わらない。だからこそのプライドが胸にある。

「責任感ですよね。祖父のように、産地や生産者を支える品質を大切にしたい」(2021年4月10日朝日新聞地域面掲載)