先代の不安が与える致命的ダメージとは 後継ぎに求められる説明責任
後継ぎ経営者が強固な組織づくりに着手しようとしても、先代からの古い慣習がネックになる場合もあります。コンサルティング会社「識学」の講師陣が実務経験をもとに、事業承継をスムーズに進めるための組織づくりについて解説するシリーズを始めます。1回目は庄子達郎さんが、後継ぎが先代を安心させて現場を任せてもらうためのポイントをまとめました。
後継ぎ経営者が強固な組織づくりに着手しようとしても、先代からの古い慣習がネックになる場合もあります。コンサルティング会社「識学」の講師陣が実務経験をもとに、事業承継をスムーズに進めるための組織づくりについて解説するシリーズを始めます。1回目は庄子達郎さんが、後継ぎが先代を安心させて現場を任せてもらうためのポイントをまとめました。
目次
そもそも考えなければならないのは、「事業承継」という言葉を用いてしまっているという点です。承継者が親族でもそれ以外の人でも、本来「経営者の交代」という表現で済むことが、ちょっと仰々しい言葉になってしまっています。
なぜなら、それは会社の組織化がしっかりできていないからです。
事業承継には、経営者の交代のほかに株や資産の移譲という意味も含まれますが、組織化ができていると事業承継がスムーズに進みます。
大資産家であっても、親族の誰がどのように資産を引き継ぐか、というのはあらかじめ(法律などの)仕組みで決まっているわけです。
人間ですから、やはり自分の利益というのは頭にあります。仮に「明確なルール=仕組み」がないとどうなるでしょうか。何が正解かわからない中で、意思の主張が始まってしまいます。
こうなるとすり合わせは容易ではありません。何が最適かという議論とともに、個人的な感情も判断の基準に含まれるようになってしまうからです。
ファミリービジネスやオーナー企業で組織化が進みにくい理由としては、大きく分けて二つあります。
一つは経営者自身がオーナー、またはそれに近い存在であること。もう一つはトップの方がエースプレーヤーとなってしまっていることです。
ファミリービジネスやオーナー企業は、自社の成長や成功が経営者自身や家族の利益に直結していますから、非常に責任感の強い方が多いと思います。
そのため、社員が頼りなく感じてしまうことがよくあります。結果として、経営者自身で重要なことを解決していくというスタイルに落ち着き、組織化せずとも経営を維持できる状態を作り上げてしまうのです。
スムーズに経営の引き継ぎを進めるためには、承継前に先代自身の手で企業を組織化することがベストです。
難しく考えることはなく、現状の追認という形でかまいません。今まで暗黙の了解だった作業工程や会社のルール、各職種の役割や自身の経営方針などを一つずつ明文化していく作業が、最も大切になります。
では、ファミリービジネスやオーナー企業の後継ぎが、先代から経営をスムーズに引き継ぐにはどうしたらいいでしょうか。
これは、事業承継の順序を守れるかが鍵になります。
事業承継を分かりにくくしている最大のハードルは、会社の「経営」と「所有」が複雑に絡みあっていることです。
事業承継における「経営」と「所有」の問題には様々な議論があります。ですが、組織運営・会社経営としての観点から言えば、まず「経営」である会社の代表権を承継し、その後オーナー権である株式など「所有」の承継を行うのがベストです。
ここで注意したいのは、「経営」の承継を完了させるというのは、単に会社の代表権を持つということではなく、先代(オーナー)が安心してまかせることのできる状態にする必要があるということです。
とはいえ、この説明だけでは、安心させることの重要性についてイメージできないことでしょう。
今回は、「会社の所有権を持つ先代が会長として残り、子ども(または近い親族)が代表取締役社長に就任した場合」といったように、「経営」の承継の移行過程で、先代の影響力が一定程度残ってしまったケースについて考えます。
まず、法的な意味合いを確認しましょう。
会社の経営責任を背負っているのは、代表取締役である社長になります。議決権の過半数を持つ株主であり、先代として切り盛りしていた会長は確かに影響力がありますが、それは経営の執行、すなわち現場での実務ではなく、経営方針の決定について権限を持っています。
しかし多くの場合、この法的な機能はうまく働きません。その理由は大きく分けると三つあります。
一見複雑な問題に見えますが、解決策は非常にシンプルです。それは、先代にあたる会長との関係構築を行うこと。分かりやすく言えば「先代を不安にさせない」ということになります。
そして、絶対に避けなければならないのは、先代を不安にさせて現場に来させてしまうことです。
会社が組織化されていない場合、顧客や社員はいまだに先代に絶対的な信頼を寄せています。
社長が交代すれば、多かれ少なかれ、今までとやり方が異なるところがあるでしょう。少なくとも先代と全く同じにはならないはずです。しかし、それは必ずしも関係者全員にとって、良いと感じるものではありません。
そういった不満は誰に伝えられるでしょうか。多くの場合、絶大な信頼を寄せられている先代に伝えられます。
後継者を信頼して社長を任せてはいても、ネガティブな情報がたびたび入ると、先代はだんだん不安になっていきます。
不安になった先代は状況を確かめるため、現場に出て情報収集を行います。
久しぶりに現場に出た先代は社員と様々なやり取りをします。社員からは先代に細かい質問、時には業務への指示をお願いされることもあるでしょう。
ここで先代が指示や質問への回答を避け、「わからないので社長に聞いてほしい」という回答ができれば良いですが、先代もいまだ組織のトップであると認識しているため、分かる範囲で全力を尽くすケースがほとんどだと思います。
社長のネガティブな話の真偽を確かめるべく、情報収集をしているならばなおさらでしょう。
これが致命的なまでに組織へダメージを与えていくのです。
会長から社員に直接指示が行くことの弊害はどこにあるのか。これは、社員の立場から想像してみると分かります。
仮に、社長から経理担当者に「月末締め翌月払いの請求書は毎月20日までに支払うように」という指示が出ていたとします。
しかし、その社員がたまたま通りかかった先代に「忙しいのであれば、月末まででよい」という指示をもらいます。
その後、支払日の20日になって、社長が経理担当者に支払いが済んだのか確認をしました。すると、こう言われるわけです。
「あの後、会長が来て月末まででいいって言ってましたよ。残業してまで焦って処理しなくていいって」
社長としては、何らかの意図があって20日までの支払いに決めたのでしょう。それは例えば、不渡りの防止や会社の体力を正確に把握するという重要な目的かもしれません。
経理担当者の上司が社長なら、本来は先代がどう言おうと社長の指示に従わなければなりません。しかし、正しく組織化されていない場合、現場に先代が来ることで、社員は先代の意向をくむようになってしまうのです。
つまり、組織化されていないファミリービジネスやオーナー企業において、指揮系統は社長や上司といった役割ではなく、オーナーや創業家当主である個人にひもづいて認識されてしまっているということです。
では、正しく組織化されている状態とは、どのような状態を指すのでしょうか。
それは、直属の上司が評価者であり、最優先されるべきは直属の上司の判断という認識を部下が持てている状態です。
本来であれば、企業の成長と共に個々の役職の権限と責任を明確にしていかなければならなければいけません。
しかし、組織課題は経営へのインパクトが見えにくいもの。日々、目の前の業務に追われる中で組織化が後回しになり、知らぬ間に企業成長の停滞や事業承継の難易度を飛躍的にあげてしまっているのです。
そして、いざ承継したものの、社員が指示を聞かず、社長の計画通りに物事が進まないという事態を生んでしまいます。よく耳にする「古参社員が後継社長の言うことを聞かない」というケースの多くは、これが原因です。
では、先代社長に安心してもらうため、後継ぎ経営者に求められることは何でしょうか。
先代の立場に立つと、信頼しているつもりでも経営者の経験のない(もしくは浅い)人に自分の会社を託すわけです。その時は大丈夫と思っても、状況がわからなくなると不安になるのは当然のことです。後継ぎが新しい試みを試そうとするのであれば、なおさらといえるでしょう。
そのためには、やはり先代とは密に報告を繰り返してコミュニケーションをしっかりと取るしかありません。
特にファミリービジネスにおいては、承継者と先代が親子であったり、親族であったりして、どうしても距離が近くなります。価値観が異なる人間という意識が薄いため、案外ビジネスにおけるコミュニケーションをきちんと取れてないケースが少なくありません。
私が初回のコンサルティングでお伺いすると、「月に1回しか報告ができていない」という後継ぎ経営者も決して珍しくありません。
少なくとも、週に1度は必ずコミュニケーションを取る必要があるでしょう。また、ただ世間話をすればいいということではなく、中身も重要です。
例えば、月次の売り上げ・利益、PL(損益計算書)や目標に対する進捗、今週実施する改善施策など、先代が不安に感じるポイントと、数値が悪化している場合はその対策をセットで報告することが望ましいです。
これを繰り返すことで、先代は後継ぎが何を考えているかがわかるようになります。
上に会長(先代)がいる限り、社長はトップではありません。たとえ社長でも、先代の部下であると認識することで、会長からの信頼を得て自由に行動できるようになるのです。
先代が会社に残らず退任する場合は、はじめに社員の不安や迷いを断ち切らなければなりません。
これは社員のモチベーションを高めるという意味ではありません。確かに、一時的にはそれで解決するかもしれませんが、上から与えられたモチベーションはどこかで必ず下がります。
もっと根本的な解決をする必要があります。それが組織化を行うということなのです。
次回は、後継ぎが社内の組織化をどのように進めればいいかについて解説します。
株式会社識学 上席講師(コンサルタント)
中央大学法学部を卒業後、リクルートで11年のキャリアを積んだ後、識学に入社。現在は大阪営業部部長を務める。高校生のころからはじめたアメリカンフットボールでは日本代表として活躍。中央大学のプロヘッドコーチも経験。
※構成・丸茂洋平(識学)
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