奥から取っていませんか? 客の買い物習慣がもたらす深刻な食品ロス
私たちの暮らしに欠かせないコンビニ。優れた商品や便利なサービスを次々に提供する一方、各チェーンは人件費の高騰、食品廃棄、24時間営業の維持など新たな問題も抱えています。『月刊コンビニ』元編集長の梅澤聡さんが、コンビニが描く新しい未来を、50年の歴史を踏まえて解説します。第5回は「賞味期限切れによる食品ロス」についてです。
私たちの暮らしに欠かせないコンビニ。優れた商品や便利なサービスを次々に提供する一方、各チェーンは人件費の高騰、食品廃棄、24時間営業の維持など新たな問題も抱えています。『月刊コンビニ』元編集長の梅澤聡さんが、コンビニが描く新しい未来を、50年の歴史を踏まえて解説します。第5回は「賞味期限切れによる食品ロス」についてです。
賞味期限切れ食品の廃棄による食品ロスは、お客様の欲しい商品を24時間提供するコンビニにとって、必要だと考えられていた。「1カ月の食品廃棄金額=1日の販売金額」という目安が存在した時代もあった。しかし今、コンビニ業界は食品ロスを極力減らす方向に動いている。地球環境に優しい経営が求められ、加盟店オーナーの安定経営にも寄与するためだ。そもそも食品ロスの主な原因は、お客様の買い物習慣にあるというのだが……。
棚に並んでいる商品を手前から取る。これまで筆者はコンビニで、当たり前にそうやって買い物をしてきた。整然と並べられた弁当やサンドイッチの奥に手を入れる振る舞いは、格好良くないし、そもそも必要がない。新しくても古くても、賞味期限内であれば、コンビニ商品に鮮度の違いによる味の良し悪しなどない。
もっと言えば、賞味期限を過ぎても、そう大差ない。コンビニ商品で食中毒が起きたという話も聞いたことがない。
今年6月1日、大手コンビニチェーンの棚に「すぐにたべるなら、手前をえらぶ。『てまえどり』にご協力ください。」と書かれたPOPが貼られた。おにぎり、米飯(べいはん)弁当の売場の棚の、否が応でも目に入る場所だ。消費者に訴えかけるメッセージを、こうした形で発信するのは異例である。
おにぎりと米飯弁当の多くは定温(約20度)で管理されている。夏でも冬でも一定温度に保たれている。したがって賞味期限は表記通りに信用していいし、後ろに手を伸ばす必要はない。賞味期限は、家に持ち帰る時間を考慮している。その数時間前に販売期限が設定されており、それを過ぎた商品は自動的にレジではじかれる。
販売できないおにぎりや弁当は、迷うことなく廃棄される。「もったいない」という視点に立てば、禁止事項ではあるが、オーナーや店長が廃棄弁当を持ち帰って冷蔵庫に保管し、日々の食費を浮かせることもある。
こうした食品ロスを出さないため、商品を手前から取る行為は大切だ。上記の「てまえどり運動」は、農林水産省、環境省、消費者庁が、日本フランチャイズチェーン協会と連携して、大手4チェーン(セブンイレブン、ファミリーマート、ローソン、ミニストップ)の店頭で実施された。
一般に、食品を扱う小売業は古くから「先入れ先出し」陳列を基本にしている。日付の古い商品を手前に寄せながら、新しい商品を後ろに並べる方法だ。食品ロスを減らすため、昔から行われている店舗作業である。
コンビニの米飯弁当は、1日に2~3回、店舗に納品される。例えば幕の内弁当であれば、新しく入荷した商品は棚の奥の方に並べる。手前の商品が売れると、奥の商品を手前に寄せ、よく見えるようにする。こうした「フェースアップ」により、売り場を維持していく。幕の内弁当が販売期限前に売れ、常に新しい商品に入れ替わるようになれば、食品ロスは限りなくゼロに近づけることができる。
ところが、理屈通りにはいかない。手前ではなく、後ろから商品を取るお客様がたくさんいるためだ。
ある加盟店オーナーは「後ろ取り」したお客様とのやり取りを、半ば憤慨して筆者に語ってくれた。そのエピソードを描いたのが下の漫画である(筆者は原案とシナリオを担当)。
補足すると、2018年頃からコンビニではスライド棚が設置されてきた。従業員が補充する際に「先入れ先出し」(後ろから補充)しやすいよう、棚を手前に引き出せるようにした。その従業員用のスライド棚をお客様が勝手にスライドさせて、一番後ろからおにぎりを取ろうとした。漫画はそうした買い方を揶揄(やゆ)している。
コンビニ加盟店で働くほぼ全員が、後ろから商品を取っていくお客を「いまいましく」感じている。一番後ろの、最も日付の新しいおにぎりを取られたばかりに、手前にある商品が売れ残って廃棄になれば、加盟店の負担は大きい。
100円のおにぎりなら、原価70円前後が加盟店の負担になる。おにぎりで70円を稼ぐには、(契約タイプによるが)4~6個を売らないといけない。
食品ロスは痛い。だから手前から順に取ってほしいと加盟店は切に願っている。
ローソンは食品ロスの問題を「仕組み」で解決しようとした。そのプログラムの概要はこうだ。
2019年6月、エリアを限定した実証実験で、深夜1便と早朝2便で納品されるおにぎりと米飯弁当に、製造工場で専用のシールを貼った。販売期限の近づいたシール付きの商品を夕方以降に購入すると、100円につき5ポイントが消費者に付与される。
それに加え、対象商品の売上総額の5%が子どもへの支援に充てられる。5ポイントと5%はチェーン本部が負担する(プログラムはすでに終了)。
しかし、5%程度の、しかも現金ではなくポイントの付与に、消費者は動かなかった。スーパーマーケットでは閉店前になると、米飯弁当を50円引き、100円引き、最後は半額のシールを貼って、売り切ってしまう。
一方、コンビニは24時間営業なので、常に商品を並べて置く必要がある。大胆な値下げをすると、そればかりが売れる状況になりかねず、加盟店の利益を圧迫する可能性が高い。
例えば480円の「幕の内弁当」と、同じ値段の「鮭幕の内弁当」があり、販売期限の近づいた「鮭幕の内弁当」を2割下げると384円になる。すると本来売れるべき480円の「幕の内弁当」は売れなくなる。そして販売期限の近づいた「幕の内弁当」を2割下げると、今度は定価の「鮭幕の内弁当」が売れなくなる。すなわち、値下げ商品だけが売れていく負のループに陥る危険性をはらんでいる。
特にコンビニのおにぎりや米飯弁当は、もともと値入率が低い(もうけが少ない)。半額にした瞬間に赤字が確定する。
競合店が多い上、一部のスーパーマーケットや弁当チェーンにも価格競争を仕掛けられている。298円で唐揚げがしっかり付いた弁当も売られている。薄利多売の世界であり、普通に定価で売らないと、もうけを出しにくいのだ。その意味で、食品ロスがゼロに近く、値下げなしで全商品がまんべんなく売れていく通常のループで商売する必要がある。
ローソンの竹増貞信社長は2019年6月に実証実験を始めた当時、次のように期待を述べた。「いつものように商品を後ろから取っていくお客様がいらっしゃることも事実。実は製造した商品から順に消費に回っていけば、食品廃棄も大幅に減っていくのです」
しかしながら、ローソンだけが既存のお客様に対し、啓蒙(けいもう)活動を行うのはリスクが大きい。そうした啓蒙を嫌うお客様は、他チェーンに流れてしまうからだ。
そこでローソンは、この実証実験を次の段階に進めている。2021年6月22日、東北地方の一部店舗で、AIで値引き推奨額を算出して販売する実証実験を始めたのだ。その日の天候(客数に影響する)や在庫数量、店舗データなどをもとに、AIが値引き金額を提示するというものだ。2023年度中に全店導入を目指すとしている。
「食品ロスを減らすには発注数量を少なくすればいい」という考え方は、コンビニの草創期から加盟店と本部の間で論争の種になってきた。本部は「食品ロスの削減は必要だが、客離れの原因となる『販売機会ロス』を減らす方が大事だ」という論陣を張った。
1974年に日本でセブンイレブンを創業した鈴木敏文氏は、「機会ロス」を嫌って、ことあるごとに「欲しいときに、欲しいものが、欲しいだけ買える」のがコンビニである、と語っていた。セブンイレブンの社員も加盟店オーナーも、「耳タコ」になるほど聞かされてきた。
お目当ての商品を楽しみに来店したら欠品だった――。そんなお店の状態を徹底的に改善するよう、セブンイレブンのOFC(経営相談員)も加盟店に言い聞かせた。
その典型例が、おにぎりの品ぞろえに関するエピソードだ。セブンイレブンでは毎日、1店舗平均で300個のおにぎりが売れていく。仮に午前中に100個売れるなら、在庫も100個以上確保しておく。その内訳は「おにぎり全体で何個」という総量ではなく、「ツナマヨが何個、梅干しが何個」と単品ごとにそろえ、欠品はNGと指導されている。
鈴木敏文氏は次のような話をよくする。お客様は「ツナマヨ」を買いに来たのであり、なければ「梅干し」で代替したりせず、別の店に行ってしまう。「おにぎり」全体ではなく、「ツナマヨ」や「梅干し」、「おかか」を単品ごとに欠品しないように在庫を持つこと。
こうした考え方に立てば、在庫数量は当然増えていく。総量で管理すれば、Aを切らしてもBとCで代替できるが、単品ごとに管理すれば、AもBもCも切らしてはいけない。自然と在庫数量が増え、食品ロスも増えていくのだ。そこで品ぞろえの「絞り込み」も考えられるが、それはまた別の機会に書きたい。
もちろん、食品ロスを極力減らして、売上を最大限に高めることは技術的に可能である。しかし、加盟店オーナーは仕事量が多すぎる。食品ロス対策だけに注力するわけにはいかない。
そこで本部から目安が伝えられた。1カ月の廃棄金額は売価ベースで、その店の日販(毎日の売上)に相当するのだと。仮に1日60万円を売る店なら、毎日2万円を捨てるのが正しい店のあり方として共有された。素直なオーナーは、それに従った。
仮に日販60万円と本部が予測しているのに、毎日1万円の廃棄金額しか出していなければ、「機会ロス」が生じていると疑われた。前述の例で言えば、ツナマヨを食べたいお客に対して、単品ではなくおにぎり全体を売るような商売をしていると見なされた。
現在、食品ロスは改善の方向にある。日販60万円のお店であれば、1カ月に売価ベースで40万円の廃棄が目安と考えられているようだ。
改善した理由の1つ目は、需要予測が精緻(せいち)になり、発注数量とのズレが狭まってきていること。2つ目は製造工場の技術革新により販売期限が長くなったこと。3つ目は米飯弁当の低温度化である。
3つ目について補足すると、親子丼や中華丼、焼き肉丼など、主に丼物を中心に、定温度帯(20度)からチルド温度帯(5度)へ移行している。チルド温度帯のご飯は、レンジで温めないと食べられないので、おにぎりは不可である。
しかし、米飯弁当に限れば、セブンイレブンではすでに、定温度帯よりチルド温度帯の売上比率の方が高くなっている。他にも、長期保存できるパウチパック(袋タイプ)の惣菜や冷凍食品の充実により、コンビニの食べ物は、より低温度帯に移行している。仮に全ての食品が冷凍食品になれば、コンビニの食品ロスはゼロに近づくだろう(そんな店は、誰も望まないと思うが)。
冒頭の「てまえどり運動」だが、関係者に話を聞くと、どうも目立った効果は得られなかったようだ。消費者への「啓蒙になった」と答えた関係者もいた。しかし、POPで呼び掛けられて長年の習慣を止める人は少ない。
コロナ禍により、遠くのスーパーより近くのコンビニで買い物する人も増えている。牛乳や卵や食パンだったら、わざわざスーパーに行かなくたって、コンビニでいいじゃない――。そう考える、新しい客層が訪れるようになってきた。
そうしたお客様の中には、日ごろからスーパーマーケットで、習慣的に後ろから商品を取る人も多いと聞く。どうか、手前から選んでいただけるように。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年08月26日に公開した記事を転載しました)
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