Dcraftとは

 ロフトワークは、デザイン経営のコンサルティングや普及活動を行っている企業です。Dcraftは、中小企業のデザイン経営を支援し、成果物を生み出すためのプログラムになります。中小企業庁の「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金(ビジネスモデル構築型)」を受け、2020年12月から7カ月間にわたり行われました。

 Dcraftは、デザイン経営を体系的に学ぶ「導入支援プログラム」と、デザインの力を生かして、自社の価値を高める成果物を生み出す「ハンズオン実践プログラム」が組まれました。

 参加30社は地域も業種も様々。Dcraftのスタッフらとのコミュニケーションを重ねながら、自社のビジョンや存在意義を問い直し、ビジネスモデルの更新に挑みました。

成果報告会はオンライン配信の形で行われました

五つの実践内容

 では、参加企業はどのようにデザインを経営に取り入れたのでしょうか。成果報告会では、ロフトワークの室諭志さんが、実践内容の概要を五つに分けて紹介しました。

ビジョンを体現する自社プロダクトの制作

 「自社のビジョンは、プロダクトで形にするとユーザーに直感的に伝えられます。プロダクト開発のポイントは、働く人や技術、設備など、自社の強みを見直すことです。Dcraftでは、人材と技術を生かした自社ブランドの新製品を開発した鉄工所がありました。自社のミッションを体現する商品を試作し、オンラインイベントに取り組む例もありました」

顧客との関係を築くためのコミュニケーションツール作成

 「自社のビジョンや価値を伝える手段として、コミュニケーションツールの作成に取り組んだ企業もありました。目的は、顧客とのコミュニケーションを増やし、関係性を強めることです。具体的には、デザイナーとのコミュニケーションの接点として、サンプルキットと会社案内を制作したケースがありました」

ビジョンを社内外に伝えるブランディングツールの制作

 「コーポレートサイトやブランドブックなどで、ビジョンを浸透させることも有効な手段の一つです。ポイントは、社内や社外など『誰に伝えるか』を検討しつつ、自社が向かう方向性を明らかにすることです。事業ドメインを再整理し、社内のクリエーターとともに中長期経営計画の策定とビジョンを更新し、コーポレートサイトで社内外への発信に取り組んだ企業もありました」

ビジョンを実現する共創コミュニティーの構築

 「ビジネスが複雑になっている中、外部パートナーを巻き込みながらコミュニティーを作ることも、ビジョンを実現する方法です。外部のアートディレクターとコミュニティーの拠点となる施設の計画に取り組んだ企業や、営業所をリノベーションして、動画配信機能を備えたスタジオスペースとして新規事業を立ち上げた企業もありました」

ビジョンに引き込む顧客体験の設計

 「顧客に体験を提供して、ファンとの関係性を高める企業もありました。お茶の産地のエリアブランディングとして茶農園を訪れて加工を体験するツアーを立ち上げたり、産業観光の拠点を目指して工場を見学できるオープンファクトリーに取り組んだりした企業もありました」

ブランドが伝わらない課題

 報告会では、Dcraft参加企業のうち数社が、デザイン経営で生み出した具体的な成果を発表しました。その中から2社の事例を紹介します。

 奈良県を拠点に活動するチアフルは、薬草から作る入浴剤やアロマスプレー、せっけんなどのブランド「jiwajiwa(じわじわ)」を企画・運営しています。

チアフルのブランド「jiwajiwa」の商品群(同社提供)

 代表の松本梓さんは大手メーカーから転身し、16年にチアフルを創業しました。jiwajiwaの製品の原材料は、地域の生産者から直接仕入れ、障がい者や要介護高齢者の方々が手作業で製品化しています。

 また、会社設立当初からフルリモート勤務で、中心メンバーは子育て中の女性です。提携する事業者とも緩やかにつながりながら、ビジネスを進めています。

 起業の思いは「しあわせのしかく」と称したシンプルな四角形のシンボルマークに込められています。松本さんは「シンボルマークには、心と体を整える『余白の時間』をお届けし、使う人はもちろん、作り手・地域・未来にも良い『四方よし』の調和を広げたいという思いを込めています」と言います。

 課題は、こうした魅力的なブランドのストーリーが存在しているにもかかわらず、ファンやリピーターが少なかったことです。jiwajiwaはギフト中心の卸売り販売がほとんどで、オンラインショップでも、チアフルの思いより、商品の紹介がメインだったのが理由でした。

共感がリピートにつながる

 同社がデザイン経営に取り組んだきっかけは、オンラインのクラフトマーケット「Local Craft Market」に参加したことでした。

チアフル代表の松本梓さん(同社提供)

 「Local Craft Marketで、jiwajiwaのものづくりの背景や、大切にしている価値観を自分たちの言葉で伝え、オンラインでお客様と深いコミュニケーションをとることができました。すると、思いに共感したお客様が商品を購入してくれて、リピートにつながり、手応えを感じました。自分たちの取り組みを伝えるためには、チームのメンバーと思いを共有し、より質の高い言語化とビジュアル化が必要だと考えました」

 ちょうどそのタイミングで、Dcraftを知り、参加を決めたといいます。

顧客と出会う古民家イベント

 チアフルが「ハンズオン実践プログラム」で立ち上げたプロジェクトは、自社のメンバーをはじめ、ブランドに携わる生産者や地域の人々、そして顧客と出会うための「場づくり」でした。

 「フルリモート勤務なので、チアフルのメンバーと直接顔を合わせる機会が少ないことに、改めて気づきました。自社メンバーや生産者、地域の人と出会う場が必要と思い、奈良県吉野町の古民家を活動拠点に、実験的なイベントを行うことにしました」

 古民家は「jiwajiwaな、おうち」と命名。オープン記念として21年5月、「jiwajiwaな、文化祭」というイベントを開催しました。

 生産者と一緒に薬草の苗を植える体験をしたり、「みんなで座れる四角い椅子」を作ったり、地域の事業者の工場ツアーを実施したり。イベントには累計で50人が参加したそうです。

チアフルがイベントの拠点とした古民家「jiwajiwaな、おうち」(同社提供)

コラボ計画が生まれるきっかけに

 場所作りとイベント運営で、ブランドの価値観を体現することを意識しました。具体的には以下の三つです。

  1. ブランドが届けたい「余白の時間」を伝えるために、ルールを決め過ぎない。タイムスケジュールやコンテンツも確定させ過ぎない。
  2. 様々な世代や仕事をしている方々、地域の人を招く。
  3. 入場料や飲食代は設定しない。当日はお金のやりとりをしない。jiwajiwaは物事がゆっくり進むほうが良い、という価値観を込めている。だからこそ、まずは人々とのつながりが生まれ、思いや気持ちを分かち合った結果、お金が回るという順番を大切にする。

 松本さんは「招待客が友人を連れてきてくれたり、新たな事業者が訪れてくれたりして、物販事業だけでは実現し得なかった協業やコラボレショーンの計画も生まれています。ゆっくりつながり、広がっていくという、私たちのビジョンが、少し見えたように感じました」と振り返りました。

 これらの取り組みを、一冊のブランドブックにまとめるという計画も発表しました。外部のカメラマンやコピーライターの力を借りながら、完成度を高めるとしています。

社内コミュニケーションも活性化

 Dcraftへの参加で、社内のコミュニケーションも活性化しているそうです。社内のメンバーみんなで自社の存在意義(パーパス)や魅力を考え、言語化やビジュアル化するプロセスを経たことで、何かを進めるときにも「これってjiwajiwaっぽいよね」「チアフルらしい」といった判断基準が、明確になったといいます。

 「Dcraftには、場作りを後押しをしてもらいました。活動拠点を作ったことで、想定以上にチアフルに関わる人たちの層と数が増えています。今後もオンラインイベントへの参加や定期的なイベント開催などで、つながってくれる人たちとの思いを共有し、少しずつ広げていけたらと思います」

老舗酒造が抱えていた課題

 報告会では、岐阜県各務原市にある日本酒の蔵元・林本店も登壇しました。同社は創業101年目の老舗で、代表銘柄は「百十郎」。カラフルな隈取りをモチーフにしたラベルが特徴で、無添加の乳酸菌発酵など素材や製法にもこだわっています。

 林本店が「ハンズオン実践プログラム」で立ち上げたプロジェクトは、試飲キットの制作でした。

林本店の5代目当主・林里榮子さん(同社提供)

 Dcraftの講師も務めたデザイン事務所「アカオニ」の小板橋基希さんが、デザイナーとして参加。国内外の得意先5社へのヒアリングで生まれたのが、「飲める会社案内」という斬新な企画でした。

 50ミリリットルのお酒5種類をアルミパウチに入れて、酒の説明と会社案内を同封。厚さ3センチのパッケージに収め、郵送できるようにしました。

 同社の5代目当主、林里榮子さんは「ポストに届く会社案内で、軽くて環境にも優しいのが特徴です。営業スタッフはこれまで、何本も重い瓶を持ちあるいていましたが、試飲キットであれば軽やかに営業ができます。10年前から輸出も行っており、日本酒の説明は日本語、英語、中国語で作成する予定です」と説明しました。

林本店がデザイン経営を進める過程で作成したビジョンステートメント(同社提供)

ヒアリングで魅力を再発見

 実現には課題もありました。蔵の外でアルコールを充塡するには、税務署の許可が必要となります。また、輸出の際は国によって関税手続きも異なります。「ハードルは高く、税務署には何度も通いました」と林さん。最終的に、課題を全てクリアし、試飲キットの実現へと動き出しました。

 今回、得意先へのヒアリングを通じて、蔵の魅力を再発見できたといいます。Dcraftの課題に、蔵人と一緒に取り組んだことで、インナーブランディングの効果もありました。林さんは「蔵を会社案内でどう見せるか、お酒の説明はどうするか。蔵人が積極的に意見を言ってくれるようになりました」と話します。

林本店で行われた打ち合わせの様子(同社提供)

次の100年への船出

 創業101年の酒蔵は、Dcraftを機に、次の100年に向けたプロジェクトを、ロフトワーク、アカオニと一緒に進めることになりました。

 「日本酒の製造だけでなく、トレッキングやラフティング、陶芸、紙すきなど、岐阜県内で楽しめる体験型のウェルネスツーリズムを企画しています。日本酒の製法から生み出される機能性食品の製造も計画しています」

 デザイン経営を通じて学んだことは「得意先やデザイナーと一緒に作りあげていくプロセス」といいます。

 林さんは「自分も相手も心がキュンとなる、いいなと思うことが、物事が前に進む原動力になります。ここからが次の100年への船出となります。Dcraftへの参加で一緒に取り組む仲間ができて、心強く、とてもうれしいです」と締めくくりました。