出発点は「パーパス」の設定

 林千晶(ロフトワーク代表):各企業がDcraftで出した成果報告を聞いた感想からお聞かせください。

 永井一史(HAKUHODO DESIGN代表):デザイン経営の出発点は「パーパス」(企業の社会的存在意義)を設定することだと確信しています。今回の成果報告でも、多くの企業がビジョンを再定義することで、新たな気づきを得たり、一歩踏み出せたりしていました。自分たちが「何のために仕事をしているのか」を深掘りすることは大切だと思います。

 宮川暁世(日本政策投資銀行・女性起業サポートセンター長):多忙な中小企業の社長さんが、Dcraftで7カ月間、時間、体力、リソースを割いて取り組まれたこと自体、意義があると思いました。新しい方向に舵を切る中で、企業の思いや理念に共感し、一緒に取り組める仲間が作れたことも、各企業にとっては大きなことと感じました。

 永井:外部のデザイナーが入ると、スピーディーに結果が出やすいと感じました。自力だと時間がかかりますが、プロの外部クリエーターは期限を切ってプレゼンテーションに向けて動き出し、着実に事業がドライブさせるきっかけになったと思います。

 林:デザイン経営において、チーフデザインオフィサーを経営幹部に据えることは大切な条件です。ただ、社内の人を任命するのは費用がかからないので、ある意味簡単な面もあります。

 中小企業にとっては、外部のデザイナーと協業することが、実は必要なことなのかもしれません。社外に仕事を依頼することで、費用が顕在化します。その費用に対して、何を得たいのか。経営側は言語化する必要が生じます。

経営者がマインドセットを

 室論志(ロフトワーク・クリエイティブディレクター):確かに外部のデザイナーと取り組むことで、事業は加速します。今回、参加企業の半分くらいは社内にデザイナーはいませんでした。一方で、そうした企業にいきなりデザイナーを引き合わせることには、難しさもあります。

HAKUHODO DESIGN代表の永井一史さんはDcraftの講師も務めました

 永井:企業とデザイナーのスキルが、かみ合わないとうまくいかないですね。ミスマッチを防ぐためには、「頼めばいいものが出てくる」みたいなあいまいな頼み方は良くないと思います。企業側は、自分たちの課題を明確にして、デザイナーに期待することを伝えるのが大切です。

 最終的にはデザイナーに依存せず、自走できる形が理想です。そのためにも、一人ひとりの経営者がデザインやクリエーティビティー、マインドセットを持つ必要があります。そういう経営者が増えると、世の中が変わっていくのではと思っています。

 林:あくまで経営の手法としてデザイン経営があるということですよね。

 永井:経営者が自覚を持って、製品やビジネスモデルなどでデザインの有効性を信じ、自分たちのビジネスを捉え直して新しいものを生み出す。それがデザイン経営の一番大切なポイントです。デザイン自体を良くすれば価値は上がりますが、デザイン経営はもっと上位レイヤーの話だと思っています。

社会にとっての存在意義

 林:Dcraftの参加企業のブランディングは、ある程度うまくいっていると思います。一方、イノベーションにつながる価値を創造することについては、まだ道半ばです。永井さんはデザイン経営について、パーパスを中心にブランディングとイノベーションを考えることを、8の字形でまとめました(参考記事)。

デザイン経営は、社会的存在意義(パーパス)を中心に据えて、組織文化を構築し、新たな価値を創造し続ける経営手法になります(永井さん提供)

 永井:ブランディングとイノベーションとの結節点が、パーパスになります。インナーブランディングによって、企業の価値観や仕組み、人材、文化が形成され、世の中と共有されると、イノベーションの領域につながっていく。イノベーションで潜在的な顧客価値を発見して、形にして世の中に広げる。それがパーパスに還元されていくという大きな流れになります。

 林:改めてパーパスの意味について、お聞かせ願えますか。 

 永井:デザイン経営に必要なのは、共通の目的意識を持つことです。なぜ、私がパーパスを中心にデザイン経営を考えるのかというと、パーパスは企業がどうあるべきかだけではなく、「社会にとっての存在意義」を問うものだからです。

 パーパスがあることで、働く人は「自分たちは世の中に役立つ仕事をしている」と思えます。生活者にとっても「社会のために取り組んでいる会社だから、応援しよう」とファンになってくれたり、商品を買ってくれたりします。パーパスは、様々な価値観の人たちを引きつける「求心力」で、少し先の状態の在り方を示していると思います。

 林:パーパスと、ビジョンやミッションはどう違うのでしょうか。

 永井:ビジョンは「こうありたい」という目標で、中期経営計画のようなところがありますが、パーパスは「存在意義」という社会的な役割なので、現在進行形で終わりはないのだと思います。ESG投資や持続可能な開発目標(SDGs)の考えと、デザイン経営は近いのではないでしょうか。

 林:宮川さんは、デザイン経営についてどう思われますか。

 宮川:社会の中での存在意義がパーパスだとすれば、企業側が常にそれで合っているのかを意識し、必要に応じて見直すことも必要なのかもしれません。それが普通に意識できるようになったら、素晴らしい経営になりそうと思いつつ、結構大変なことだとも感じました。

中小企業の役割とは

 林:Dcraftに参加した林本店(前編参照)のように、中小企業には「地域を支える」という役割があると思っています。宮川さんと永井さんはどう思われますか。

日本政策投資銀行で女性起業サポートセンター長を務める宮川暁世さん

 宮川:地域に根差していることは中小企業の強みで、人口が減少していく中で、どの地域でも活性化が課題です。核となるのが、昔から続く中小企業だと思います。デザイン経営も、大企業より中小企業の方が小さいサイズだからこそ、スムーズに浸透しそうです。

 永井:チアフル(前編参照)の活動に見えるように、地域の暮らしは、経済合理性だけではカバーしきれない面があると思います。本質的な豊かな暮らしを支えていくことが、中小企業の新しい役割の一つかもしれませんね。

伝統を守るための革新

 林:少し前、建築家の隈研吾さんと対談した時、「世界的に(価値観が)GDPからウェルビーイング(心理的な充足)に変わっている」という話になりました。

 コロナ禍でますます加速しており、超高層ビルに集中していた働き手が分散し、自然環境を求めるようになっています。中小企業が目指しているドメインは、コロナによって変わった後の世界なのかもしれない。そうしたとき、「売り上げは横ばいでいいのか。どう捉えればいいのか」という論点が生まれるかもしれません。

 永井:やっぱり、売り上げを伸ばす手伝いをしたいですよね。定常化社会の時代と言われ、GDPも成長していないですが、私はこれまでの習性なのか、売り上げにはこだわりたいですね。

ロフトワーク代表の林千晶さん

 林:私もそう思っています。実はロフトワークでは一度、売り上げは現状維持で、利益率を上げようとしたことがありました。しかし、うまくいかず、半年くらいしたら売り上げが下がってしまいました。それで、やっぱり売り上げを伸ばそうと目標を戻し、じわじわ上がるようになりました。

 売り上げが伸びる角度は、少しずつでもいい。自分たちが提供している価値が広がった結果として、二次的要素として売り上げも育つことが、目指したい姿です。

 永井:伝統を守るためには、革新し続けることが必要だと言われています。難易度の高い目標があるから、人は努力ができたり頑張れたりする。夢中で取り組む過程で、思いがけずポテンシャルが引き出されることもあるかもしれません。

 宮川:単に売り上げを伸ばすだけなら、飲食店や物販のお店は、毎年出店し続ければいい。ただ、利益の伸び率が低くなれば、永遠に出店し続けないと、自転車操業のようになってしまいます。売り上げも利益も大事なことですが、そこだけを見るよりは、会社が地域に価値を提供できているなら、横ばいでもという考えもあると思います。

デザイン経営の資金確保に向けて

 林:デザイン経営に取り組むとき、最大の課題は資金だと思います。例えば、外部のデザイナーに頼む形になると、資金を先行して出せるかどうかが問われます。補助金やクラウドファンディングを利用して、デザイン経営の資金を調達することもあり得ます。どうやって資金を確保するか。数百万円から2千万円くらいまであれば、いろいろ挑戦できると思いますが、いかがでしょうか。

 宮川:必要な金額にもよりますが、コストカットして資金を捻出できるのが一番いい。それが難しい場合、将来的な構造改革のための計画的な取り組みであることが説明できれば、銀行からの借り入れを受けられる可能性はあると思います。

 林:最後に、デザイン経営に取り組む経営者に向けてアドバイスをお願いします。

 永井:事例を見て、デザインが経営の役に立つことが理解いただけたと思います。参加企業から「取り組みを始めたら、気づきや発見があった」という発表もありました。デザイン経営に限ったことではありませんが、とにかくまずは一歩踏み出すこと。そして、続けることが大事だと思います。