商品開発で「よいクリエーター」に出会うには?仕事の携わり方に着目
老舗缶メーカー「側島製罐」の6代目石川貴也さんは、下請け型から新しい挑戦として消費者に届ける缶の商品開発を考えています。商品デザイン案ができましたが、再び壁にぶつかることに……。商品開発に伴走している「プラグ」の小川亮社長が制作過程を紹介します。このほか、よいクリエーターに出会うためにはどうすればよいかについても紹介します。
老舗缶メーカー「側島製罐」の6代目石川貴也さんは、下請け型から新しい挑戦として消費者に届ける缶の商品開発を考えています。商品デザイン案ができましたが、再び壁にぶつかることに……。商品開発に伴走している「プラグ」の小川亮社長が制作過程を紹介します。このほか、よいクリエーターに出会うためにはどうすればよいかについても紹介します。
目次
さて、前回記事「日常を少しでも明るくの商品開発アイデア デザインの企画過程を公開」から随分時間が経ってしました。コツコツと時間をかけながら確実に進んでいるこのプロジェクトですが、中小企業の商品開発は私の経験からいうと、予定通りに進むことが難しいです。
大企業になると、新商品を開発する担当がいますが、会社が小さいほど新商品開発部署や担当者を置くことが難しくなります。受注型の生産形態が多いので、そもそも自社商品を開発する部署や担当が必要ありません。
そのため、必然的に社長や後継ぎがリーダーになり、何人かのプロジェクト型のチームで新商品開発が進むことが多いです。メンバーの皆さんがそれぞれ、元々の仕事がありますから、急な依頼やトラブルなどがあると当然そちらが優先されます。結果、新商品プロジェクトのスケジュールはそのたびに遅れていくというパターンになります。
これはある意味仕方がないと思いますが、気をつけなければならないことが2つあります。まずはリーダーである社長や後継ぎがやり遂げようという強い意志を持つことです。中小企業の新商品開発は社長が相当やる気を持続させないと概ね商品化できません。途中で終わってしまいます。
もう1つは依頼する外部の人への説明です。プロジェクトが長引くほど、協力してくれる外部の会社には売り上げがたちません。進捗状況に応じて先に支払うなどのケアがとても大事になります。
さて、プラグから側島製罐さんに前回、5つの方向性と16の商品アイデアを提案しました。
A フィンランドデザインの缶
① モダン・フィンランドデザイン
② クラシック・フィンランドデザイン
③ SISU×WABISABI
B 思い出を包む缶
① 一年間の思い出缶
② リングケース
③ はじめて缶
④ ミニミニ専用缶
C キッチンライフを彩る缶
①スパイス&ハーブ缶
②食パン専用缶
③ペットフード専用缶
④ハーブが育つ缶
⑤ハーブティ缶
D お出かけを楽しくする缶
①持ち運びマスクケース缶
②ぬいぐるみといっしょ缶
③玄関先お出かけセット缶
E キャンプに連れて行く缶
① キャンプ用品専用缶
側島製罐さんはプラグのデザイナーが提案した中から、『B.思い出を包む缶 ①一年間の想い出缶』を選びました。
次に、側島製罐さんとして自分たちはどのような商品を作っていきたいか、いわば商品の核となるコンセプトをつくっていくというプロセスに入ります。
ここで大事になるのはやはり情報量です。アイデアのどこに絞ったのか、それはなぜなのか、今回の商品にどんな意味や価値をこめて誰に届けたいのか。デザイナーからの提案に対し、本気で受け止めて戻す作業をすることで、自分たちのやりたいことが明確になりますし、デザイナーにもその思いが伝わります。
石川さんはどれくらいのボールを返してくれるでしょうか。予想以上のしっかりしたボールが返ってきました。相当準備に時間がかかったと思われる熱い思いが詰まっている資料を用意してくれました。
せっかくなので、その文章と資料を掲載させていただきます。通常こういった資料は表に出ることはないのでとても参考になると思います。そこには缶に思いを込めて価値ある商品にしたいという石川さんの思いが伝わってきました。
「親が子供に対して愛情や想いを伝えられるのは結婚式のスピーチの時しかないのだろうか。」 子供は成長して自立するにつれて親と距離を取りたがる。年を取るにつれてコミュニケーションをとる時間も減ってしまい、時にはすれ違ってしまうこともある。
だけど、親の子供に対する愛情はいつだって変わらない。 想いをもっと簡単に伝えることが出来れば、もっと家族の絆を深め、家族の時間をより幸せなモノに出来るのではないか。
「生まれた時こんなに小さかったんだよ」
「今と全然顔変わってないね」
「大きくなったね」
自分の成長記録を大事に保管し嬉しそうに想い出を振り返る親を見て、愛情を感じない子供はいないだろう。缶の特性を生かして子育ての記録を大切に守るとともに愛情を見える化し、家族がもっとカジュアルに絆を深め合える世界を作りたい。
今回の企画で解決したい課題は、“親子の幸せなコミュニケーションを創造すること”だ。
それを実現するために必要なデザインコンセプトは
妻が育った国フィンランドでは、自然からのインスピレーションを得て生まれたデザインに触れながら子供は育つ。“幸福度世界一“が話題だが、彼らの根底には何よりも自然を愛して尊重する心があり、彼らの心の豊かさは自然とデザインに基づいて形成される。彼らは幼少の頃の自然での原体験や見て触ったデザインを忘れずにいて、大人になってからもその想い出を家族と語り合い、同じヴィジョンを持っていることに喜びを感じて絆を深め合っている。
僕にももうすぐ子供が生まれる。妻の母国フィンランドではなく日本で子育てすることになるが日本でもその心豊かな精神を子供に伝えていくことは不可能ではないと思っている。子供の幸せを願う親の気持ちは万国共通だ。自然に基づく心の豊かさと親の愛情を、デザインの力で日常的に伝えて、親子の幸せなコミュニケーションを創造するとともに、一生涯親子の絆を深めていけるような、そんな製品が出来たら幸せに思う。
石川さんの資料には、ターゲットとなる人のイメージがペルソナとして描かれ、デザインのイメージ、価格、ポジショニング、目標販売数量などマーケティングプランにまで及んでいました。
どう売るのか、いくらで売るのか、誰のどんなシーンに合う商品なのか。商品開発とはまだ見ぬ新商品をチームで作っていく作業なので、資料を作るという行為は思いを共有したり、ギャップを確認したりするのにとても有効な手段となるのです。
どんな商品を世に出していきたいかが固まってきました。いよいよデザイン作業に入っていきます。
石川さんの思いを形にするため、プラグのデザイナーがコピーやストーリー、用途や大きさなどを含めて、複数のデザイン案を提案し、より具体的なデザインイメージへと落とし込んでいきます。
また、この過程で、子育て中の方を対象に、HUT(ホームユーステスト)と呼ばれる調査も行いました。実際に複数のサンプルを使ってもらい大きさの要望を聞いたり、どのようなものを入れたいのかを調べたりし、発売する商品の大きさを決めていきました。新商品開発において、実際のターゲットに使ってもらい、使い勝手や大きさを決めていくという作業は顧客のニーズを知るために非常に重要です。
さて、具体的な商品のコンセプトやイメージが決まったらいよいよデザインの開始になります。
一般的に、商品をデザインするのがデザイナーというイメージが強いようですが、実は、商品デザインはデザイナーだけではなく、商品の名前やキャッチコピーを考えるコピーライターやイラストを描くイラストレーター、商品に入る写真を撮るカメラマン、撮影に向けた形を作り上げるスタイリスト、商品の包材を用意する会社や印刷する会社など、いろいろなチームで制作を進めていきます。
今回の商品デザインのチームの肝となるのは、間違いなくこの缶に施されるイラストを描く、イラストレーターです。
デザインコンセプトを体現するには、フィンランドっぽいイラストを日本人が書くのではなく、フィンランドのイラストレーターに描いてもらいたいと考えました。もちろん、北欧風、フィンランド風に日本人がイラストを描き起こすことも可能です。
日本人のイラストレーターであれば見つけやすいし、テイストも今回の雰囲気にあった人を探すことができるかもしれません。しかし、日本人だと結局“フィンランド風”になってしまい、それではニセモノになってしまう。
とはいえ適切な人を探すことはなかなか大変です…。フィンランドのイラストレーターにはどのようにアプローチすればいいのか。イラスト料はどの程度なのか。そもそも一度も会ったことの無い遠い国からのイラストを引き受けてくれるのでしょうか。
今回はプラグのネットワークを駆使し、想いを描いてもらうのにぴったりなフィンランドのイラストレーターにたどり着くことができました。
中小企業のプロジェクトでは、よいクリエーターに依頼するのに苦労することが多いです。そもそも依頼側がクリエーターを知らないというのもあります。
クリエーターからすると、予算が限られている、依頼側が慣れていないので手間と時間がかかる、デザインした商品がなかなか世に広まらないので自分の作品の宣伝にならない、お金が払ってもらえないかもしれない、など断りたくなる理由がたくさんあるからです。
耳の痛いことかも知れませんが、そのことを認識して動けるかどうかも、いいクリエーターに辿りつくために大切だと考え、書かせていただきます。
また、依頼側が「デザインテイストにこだわりすぎてしまう」というパターンもよく見ます。デザインやイラストなどのテイストだけで発注先を選ぼうとしすぎてしまうのです。
経験上、アウトプットだけをみて依頼するデザイナーを決めることはできれば避けたほうがいいかと思います。デザインのテイストは依頼の仕方や依頼側が表現したいゴールを提示することで、ある程度変えることができるからです。
表現のテイストだけにこだわるのではなく、むしろその人が過去の仕事に対してどのような携わり方をしているのかを聞きだし、依頼したい仕事の役割をまかせられるかを判断するといいと思います。例えば、手を動かすのが得意な人なのか、頭を使うのが得意な人なのか、体を動かすのが得意な人なのかを判断するという感じです。
手を動かすのが得意な人は表現が非常に上手ですが、情報や進め方をまとめて方向づけるのが苦手だったりします。頭を使うのが得意な人は何をどう伝えていくべきかをまとめるのは上手ですが、表現に関しては人によって力量に差がでます。体を動かすのが得意な人は写真やコピーライティング、印刷手配など器用に色々こなしてくれ、安く早く完成します。
また、仕事を進めていく上では「はじめての仕事に気持ちよく柔軟に対応してくれるかどうか」という柔軟性も大切です。
では、どのようによいクリエーターを見つければいいかというと、これは依頼側の努力しかありません。予算と依頼内容、希望を伝えて、親身に応援してくれそうなクリエーターを自分の足で探していくことです。
お金は限られているけれど、何とかあなたの力を貸してもらえないかというその熱い思いでクリエーターを口説いていくことが、いいデザインを作るための近道のような気がします。というのも、一生懸命に思いを伝えていく過程そのものが、デザイン開発に必要なインプットになるからです。このクリエーターを探すという時点から「いいデザインつくる」というプロセスが始まっているのかもしれません。
今回はプラグがイラストレーターに依頼したときの資料をご紹介します。
前述のように、商品開発において、思いを伝達することはとても大事です。デザイナーがイラストレーターに依頼するときも同じです。依頼主の思いをしっかりと受け止めて、何をしたいのかなぜあなたの力を借りたいのかを熱く伝えます。
今回の商品がどのような商品なのか、イラストに期待することは何か、どのようなテイストを描いてほしいのか、それはなぜか、こういった資料をしっかりと作り伝えます。
3週間ほどたって、フィンランドからイラストが上がってきました。雰囲気のある北欧らしさにあふれたなかなかいいイラストです。やはり日本人には書けない北欧の雰囲気があります。
北欧のデザインは日本でもファンが多いのですが、その要因として、日本と北欧の文化の共通性があると考えています。北欧は資源が貧しく、質素な暮らしがベースにありました。
昔の日本も同じです。日本には清貧という言葉があるくらいです。フィンランドの冬はとても寒く、自然の脅威がすぐ近くに感じられます。
湖や森が近くにあり、冬が終わると待ちわびていた春が来ます。森で命が芽吹き、花が咲く。自然に畏敬の念を持ち、自然の恵みに感謝しものを大切に使う。こういった自然への思いや必ずしも華美であることをよしとしない文化、ものの見方が日本ととてもよく似ていると感じます。少し話がそれましたが、上がってきたイラストはこういった北欧らしさをふんだんに表現したとてもいいものでした。
しかし、側島製罐の方々の意見は少し違ったようです。何度か修正を進めるうちに側島製罐のみなさんからこんな言葉が出てきました。
- これが1000缶ずつ売れるイメージが湧かない
- 動物に人間味が出過ぎて不気味の谷感
- 各動物の親子のやり取りに元々のPLUGさん案のさりげない子育ての情景感がなくなり、ややもすると”わざとらしさ”を感じてしまう
- かわいいはかわいいけど、それ以上でもそれ以下でもない。数千円出して買うかと言われると、買わない
- アザラシやカワウソは滅多にみられない(フィンランド全体で数百匹しかいない)し、日本でもあまりなじみがないので親近感湧かない
- 動物が大きすぎる?等々
これは個人的な意見ですが、各デザインに使っている色も少し多すぎるような気がして、インテリアに置くものとしては少し野暮ったいのではと感じています…。 ここからどの程度修正できるのか、というのはあると思いますが、パーツ等細部の修正では足りないような気もしています。。。
感想ばかり申し上げて大変すみませんが、一度出来ることできないことを打ち合わせさせて頂けたら嬉しいです…。ご検討のほどよろしくお願いいたします!
もはや修正不可能な状態です。ここまで修正を入れるとなるとイラストをゼロからもう一度書き直すか、他のイラストレーターを探す必要が出てきます。プロジェクトは”頓挫”の2文字が見え隠れしてきました。どうなるのでしょうか……つづく。
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