商品開発に必要なこと 商品に込めた思いをどう消費者やバイヤーに伝えるか
老舗缶メーカー「側島製罐」の6代目石川貴也さんが進めてきた新商品開発は、イラスト案が出るまで進みましたがあわや描き直しかという状況に。しかし、ある一言がきっかけでプロジェクトを立て直しました。そんな経緯をもとに、伴走支援してきたプラグの小川亮社長が商品開発に必要なポイントを紹介します。サンプル制作の注意点や消費者やバイヤーとのコミュニケーションツールの作り方も合わせて紹介します。
老舗缶メーカー「側島製罐」の6代目石川貴也さんが進めてきた新商品開発は、イラスト案が出るまで進みましたがあわや描き直しかという状況に。しかし、ある一言がきっかけでプロジェクトを立て直しました。そんな経緯をもとに、伴走支援してきたプラグの小川亮社長が商品開発に必要なポイントを紹介します。サンプル制作の注意点や消費者やバイヤーとのコミュニケーションツールの作り方も合わせて紹介します。
目次
さて、前回記事「商品開発でよいクリエーターに出会うには?仕事の携わり方に着目」では、フィンランドから上がってきたイラスト案について、イラストのタッチから販売への不安まで開発チームのメンバーから様々な意見があがってきました。
すべての意見を聞き入れたら、もはや修正ではなくイラスト書き直しでないとうまく進まないのではないかという状況にまで陥りました。
こういった状況は商品開発には時々出現します。開発の初期段階では色々な夢やアイデアが広がって、とても盛り上がるのですが、後半になるほど段々シリアスになってきたり、不安になってきたり、本音が出てきたりしてプロジェクトが揺れ始めます。
商品開発やデザイン開発は「発散」と言われる、アイデアをどんどん出しあうようなプロセスと、「収束」と言われる複数案を絞り込みながら完成度を高めていくという2つのフェーズにわかれます。
どちらが難しいかというと圧倒的に収束のフェーズの方が難しいと思います。ブレストでアイデアをどんどん出していくのは、発散のフェーズです。商品コンセプトを絞ったり、デザインを決定したりしていくのは、収束のフェーズになります。
収束が難しいのは、どれかの案を選択してしまうと、どうしてもほかの案を切り捨てないといけなくなるからです。また開発のプロセスの後半ほど、時間や制約条件が厳しくなってきます。こういった中で今までみんなで楽しく議論していたことをまとめていくのがとても難しくなるのです。
側島製罐の開発メンバーとプラグのデザインメンバーが集まって、緊急ミーティングを開くことにしました。前回のメール同様、様々な意見がメンバーから出て、意見を集約する方向は見いだせず、もはや書き直しかという状況は変わりません。ミーティングも中盤を超えたころ、プラグのデザインリーダーがこんな一言を投げかけました。
「このイラストは買う人にとってはただの模様にすぎません。今みなさんはイラストのとても細かい部分の話をしていますが、パッと見たとき全体としてどんな雰囲気になるのかが一番大事です。まずはサンプルを作ってみて、それを見てから議論しませんか」
その時、開発メンバーの多くがハッと気づいたように感じました。真剣に考えすぎた結果、動物1つ1つの目や色など、あまりに近視眼的にデティールを評価しそうになっていたのです。購入客は1つ1つの動物の表情を評価して買うわけではありません。パッと見たときにどんな風に見えるのか、私たちが伝えたい商品のコンセプト、価値がしっかりと伝わりそうか、そういった視点での評価がとても重要になってくるのです。
その後、サンプル制作であがってきた缶を見てみると、プラグのデザインリーダーが言う通り1つ1つのイラストのデティールを評価していた時とは大きく異なる印象でした。
当初目指していた、子どもの頃の思い出を家族で大切に保管する缶として、フィンランドのやさしい雰囲気がたっぷりと伝わってくる狙い通りの仕上がりでした。色もとてもよく出ています。さすが缶を116年作り続けている側島製罐さんならではの完成度だと感じました。サンプルの写真と共に側島製罐さんからはこんなメッセージが送られてきました。
「今回、実際に印刷されたものを見て、前回皆様にご指摘いただいた通り、印象がガラッと変わりました。細部にばかり目が行っていて、全体のデザイン像が全く分かっていなかったことを実感しました。こんなに素敵なモノにダメ出ししていたんだなと猛省しております。ブレーキかけて頂きまして、本当にありがとうございました!」
現在、出荷に向けて量産をスタートしています。どうしても真剣にやればやるほど、製品開発は近視眼的になってしまい、木を見て森を見ずになってしまうときがあります。
そんなときは一歩ひいて見てみることをおすすめします。実際の商品のサイズや使用シーン、売り場などを再現して、その中でデザインをそして商品を評価することで、見えてこなかったことがたくさん見えることがあります。
今回とても大事だったのはこのサンプルの完成度です。デザインは、あくまでもこうしたいというデザイナーの思い、理想にすぎません。実際の生産工程でサンプルを作るときに、デザイナーがしっかりと情報を伝え、それをカタチにする技術がセットになってはじめて、理想通りのサンプルができあがります。
今回、色見本を細かく伝え、缶の専門家である側島製罐さんの技術力があって、一度でイメージ通りのサンプルができました。ここがうまくいかないと何度もサンプル制作とデザイン修正を繰り返すことになります。このプロセスが何の問題もなく進んだことはとても貴重でした。
デザインから試作に向けて大切なことは、デザイナーが印刷工程や製造工程をよく理解していることです。「こういう印刷方法であれば、こういった形で進めていただけるとイメージに近い形ができると思います」というところまで言える経験があるデザイナーだとベストです。十分に完成形の色や形のイメージをサンプル制作者と共有することが大切です。
さて、商品はかなりの完成度で量産可能なところまで見えてきました。しかし、商品を作って完成ではありません。
商品と共に、商品を顧客に伝えていくためのウェブサイトやPOP、動画、パンフレットなどのコミュニケーションツールが必要になります。『同時に』というのが何とも大変で、商品を作りながら発売の時期から逆算してコミュニケーションツールの制作を並行して進めていかなければなりません。商品ができてからの用意でもいいのですが、そうするとせっかく作った商品をしばらく在庫にしなければなりません。
そうならないために、発売日からさかのぼって計画表を作り、商品の良さを伝えるためのコミュニケーションツールの準備を進めていきましょう。こういったコミュニケーションツールを作るときに大事なことは、メッセージやビジュアルイメージに統一感を持たせることです。たとえば動画とPOPとWEBのイメージがバラバラだと受け手のイメージも統一感がわきにくく、非効率なコミュニケーションになります。
一括して1社に依頼する方法もありますが、どうしても大きな会社になってしまい、その分、価格も高くなります。価格を抑えながら進めようとすると、個別に会社や個人に依頼し、全体の統一感を発注者側で調整する必要が出てきます。
その際に注意したいのは、使用した写真やイラストなどの素材を他の目的で利用するときの権利の問題です。例えば商品で利用したイラストをウェブや広告で使用するときには別途そのイラストの作成者に許可をもらい、使用料を支払うというルールがあります。
依頼する方からすると一度お金を払ったので何にでも使っていいはずと思うかもしれませんが、写真をリースした場合には、何にどのくらいの期間使うかによって料金が変わってきますので注意が必要です。最初にどのコミュニケーションツールにどのくらいの費用をかけるかを整理した上で制作を依頼するとスムースに行くと思います。
もう1つ大事なコミュニケーションツールが、この商品を売るお店や商社、問屋さんなどバイヤーに向けたコミュニケーションツールです。この内容は消費者向けのものとは異なり、この商品がいかに市場で受け入れられる土壌があるか、この商品の競合と比較したときの強みは何か、買いに来たお客様にどんな説明やコミュニケーションをすると買ってもらいやすいかといった情報を効果的に伝達していくためのツールです。
パワーポイントで資料を作ることもありますが、毎回十分なプレゼン機会があるわけではありませんから、営業先で配れるようなパンフレットや動画などを準備していくことをおすすめします。
側島製罐さんとの新商品開発プロジェクトもいよいよ発売となりました(プレスリリースはこちら)。思えば2020年11月の初めてミーティングから1年半がたちました。やはり新しい商品を作り、世に出していくには苦労が伴いますし、時間がかかります。
それでも発売までたどり着けたのは、側島製罐の開発チームの思いと石川さんのリーダーシップにあったと思います。
以前にも書きましたが中小企業の新商品、新事業プロジェクトの多くは途中で形を変えたり中止になったりします。
そこには中小企業ならではの壁があるからです。普段の業務を担当しながら新商品の開発業務を進めなければいけない、事業環境が急に変わって新商品どころではなくなった、開発チームの主要メンバーが退社した、需要性がはっきり見込めないなどなど理由をあげればきりがありません。
何度もリセットしながら長期的に新しい商品を発売していくということ自体とても大変なことなのです。
側島製罐の開発チームの皆様、リーダーの石川さん、プラグのデザインチームみんなで一丸となって、ここまでこれたことはとてもすごいことだと思います。やはり大切なのはこの商品を世に出したいという思いです。最初はリーダー1人の思いから始まり、それが少しずつ伝播してみんなの思いになり、それが新商品になり、その思いがお客さんに伝わってブランドになっていく。新商品の開発はまさにこういった思いの連鎖だと思います。
側島製罐の皆様、プラグのデザインチームに改めて心から感謝したいと思います。今回、新商品という機密を有するテーマの性格上、当初予定していた連載間隔でご紹介できなかったことをお許しください。
さてしかしながら、新商品は作って終わりではありません。ここからが勝負です。今回の商品を1人でも多くの人に伝え、手に取っていただく。実際に使っていただいた方の満足度や課題をお聞きして、さらに商品を進化させていく。こういった事業活動のスタート地点に立ったばかりです。ぜひ皆様の応援をお願いいたします。
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