オリエンシートとは デザイナーに商品の思いを伝える

 筆者が代表を務めるプラグでは、大手メーカーの商品開発やパッケージデザイン開発を手伝っています。その経験から、いい商品をつくるには、「一貫した」「熱量のある」オリエンシートをつくり、デザイナーに商品の思いを伝えることが重要だと感じています。

 オリエンシートの作り方については、前回記事「商品のデザイン制作依頼に必要なオリエンシート なぜむずかしいのか」を参照してください。

創業114年の缶メーカー「側島製罐」(愛知県大治町)の後継ぎ石川貴也さん。側島製缶は1906年(明治39)年に創業し、従業員30人。石川さんは金融機関を経て、家業に2020年4月に戻った

 石川さんとは、商品の思いがしっかり伝わるオリエンシートを作ることを目標に進めてきました。前回、石川さんは老舗の缶メーカーだからこそ知っているおいしいクッキーを作る製造会社と組んで、世に出ているブランド品よりも安い価格で、消費者にクッキーを販売しようと考えていました。

 そのアイデアをオリエンシートにまとめる過程で、社内の開発チームからは再検討した方がいいという声があがり、一旦開発はストップしてしまいました。

 今後の進め方を心配していたところ、石川さんから再度打ち合わせがしたいとの申し出がありました。そこにはココロのこもったオリエンシートが用意されていました。

「作りたい」熱量感じるオリエンシートのポイント

 石川さんから送られてきたオリエンシートはフィンランドをテーマにした缶でした。その最初のページにはこんなメッセージが書かれていました。

石川さんの実際のオリエンシート(最初のページ)

「フィンランド人は他国の占領地下である時代が長く気候的にも辛い環境にあったが、そんな中でも日常に喜びを探すようになり、陶器やテキスタイルを中心にデザインが発展した」
 
 コロナ禍で家で過ごす時間が増えたときにふと、デザイン大国フィンランドのストーリーを思い出した。今、世界中でロックダウンにより家に引きこもる時間が増え、暗い気持ちで日々を過ごす人が増えている。そんな世界の日常を少しでも明るく、幸せにすることは何かできないかと悩んでいた時、デザインで日常を変えることを思い付いた。

 缶は耐久性が非常に高く、印刷されたデザインを長い年月保持することが出来る唯一無二の収納容器である。その特性を生かして、見るたびに明るく華やかな気持ちになるデザインを生活の一部とし、この暗い時代の日常に笑顔を増やして未来に希望が持てるような商品を企画したいと考えた。

 前回の「クッキー缶」とは随分異なる企画でしたが、このページを見たときにとても可能性を感じました。いいオリエンシートには、ほぼ間違いなく「作りたい」という思い、熱量を感じます。商品企画という新しい挑戦には前に進む熱量が欠かせません。熱量を生み出すきっかけは、困った人を見たとか、素晴らしい発見をしたとか、個人的な思い出など様々です。

 石川さんがフィンランドに思いを寄せたのにはやはり理由がありました。

妻を思う気持ち。生まれてくる我が子を思う気持ち。

 「私の妻はフィンランド出身です。そして、この夏にはじめて子供が生まれます」。石川さんは友人の紹介で、日本に留学していた奥様に出会ったそうです。

 日本とフィンランド出身の二人から新しい命が誕生する。石川さんのお話から、コロナで母国に帰ることのできない奥様への思いや、まだ見ぬ我が子にフィンランドという国が培ってきた美しさや伝統を伝えたいという気持ちを感じました。

 オリエンシートの別のページからもその思いを感じることができました。ターゲットやポジショニング、デザインイメージ、価格と並んで『SISU』というブランド名が書かれていました。

石川さんの実際のオリエンシート(ブランドへの思い)

 SISUとはフィンランド人の持ち前の気質を指すフィンランド特有の言葉で、気骨、根性、根気、気力、忍耐、不屈などと訳されるそうですが、哲学的な概念で簡単には翻訳できない言葉。明確な困難をしのぎ、最後までやり抜く、誠実さや高潔さの尺度を表す言葉だそうです。
 日本の武士道といった概念と近いのかもしれません。こういった思いをお子さんに伝えていきたいのだな。そう感じながらオリエンを聞いていました。

問い「誰の何の役に立つ商品なのか」

 とても思いのこもったオリエンシートでした。しかし、まだぼんやりしています。
商品企画で大事なのは「その商品は誰の何の役に立つものなのか」=買う人にとってのベネフィットが一言で言いきれることです。何を入れる缶なのか。どんな時に使うものなのか。その詳細が決まらないと、価格や商品のサイズなど商品設計も決まりません。

 石川さんの思いが、具体的にどのような商品になって、人の役に立っていくのか。それがコンセプトであり、売れる商品を作る大事な根幹になります。今回は、石川さんの思いをより具体的な商品にしていくために、商品企画段階でデザインを使いました。

商品の可能性を探るデザインの力

 デザインというと、商品のアイデアやコンセプトを元にビジュアライズするというイメージが強いかと思います。多くの場合、商品名があり、コンセプトやターゲット、ポジショニングが決まった後でデザインします。

 しっかりしたオリエンシートができている場合は、その順番でデザインの完成度も高まります。しかし、最近は商品を生み出すために、デザインの力を活用することが注目されています。

 商品開発の途中段階で、アイデアをデザインしてみて、どんな商品にどんな可能性があるかを探りながら、詰めていくという方法です。今回石川さんのオリエンを受けて、プラグのデザイナーが商品アイデアを具体的なラフスケッチにして、石川さんにぶつけてみました。

 「石川さん、石川さんが思っている商品ってこんな感じですか?」

 ラフスケッチをぶつけながらこんな会話を繰り返し、一緒に商品のイメージを固めていきます。プラグではフィンランドの歴史や生活に関する本や情報を集めて、5つの方向性と具体的な商品アイデアに落とし込んだ16のアイデアを作成しました。

 具体的なデザインにすることで、やりたかったことがだんだん明確になってきます。少し時間がかかりますが、絵にしてディスカッションすることで、しっかりとした商品のコンセプトや物語が出来上がっていきます。

プラグが提案した5つの方向性と16の商品アイデア

 プラグが提案した5つの方向性と16の商品アイデアは次の通りです。

A フィンランドデザインの缶

① モダン・フィンランドデザイン
② クラシック・フィンランドデザイン
③ SISU×WABISABI

B 思い出を包む缶

① 一年間の思い出缶
② リングケース
③ はじめて缶
④ ミニミニ専用缶

C キッチンライフを彩る缶

①スパイス&ハーブ缶
②食パン専用缶
③ペットフード専用缶
④ハーブが育つ缶
⑤ハーブティ缶

D お出かけを楽しくする缶

①持ち運びマスクケース缶
②ぬいぐるみといっしょ缶
③玄関先お出かけセット缶

E キャンプに連れて行く缶

① キャンプ用品専用缶

企画過程の資料

 通常は企画過程の資料を外部に出すことはないのですが、今回はその一部をご紹介します。

PLUGからの商品アイデア(実際の資料)

次回はどの商品に絞ったのか

 このように具体的な商品イメージを見ながら、誰がいつ何のために使う缶なのかをイメージしながら商品を固めていきます。石川さんと側島製罐のプロジェクトメンバーの皆さんには、プラグからの提案を元に、何をやりたいのかを悩んで、こんな商品を作りたい!と意思を固めてもらうのです。

側島製罐とPLUGのプロジェクトメンバー

 ぼんやりとしていた商品イメージが徐々に固まっていきます。さあ、どのような商品を作るのか。次回はどの商品に絞ったのか、そこからどう進めていくのかをご紹介していきます。