オリエンシートとは

 オリエンとは、デザイナーにどういったデザインをお願いしたいのかを伝える打ち合わせのことをいいます。ここでデザイナーは始めて御社の商品と戦略を理解し様々な質問を投げかけながら商品の本当の価値を探っていきます。この時に用意するがオリエンシートです。

 オリエンシートは、たくさん伝えたい情報をぎゅーっと絞って、整理してデザイナーに渡します。デザイナーはその絞られた情報をさらにぎゅーっと絞り込んで集約していきます。

 デザインをするという行為は、顧客に伝えたいたくさんの情報を集約していく過程です。

デザイン完成までの過程のイメージ

 ですから、そもそも絞る前の情報が濃厚なものでないと、良いオリエンシートはできません。なかでも、「誰にどのように買ってもらうのか」という根幹がないと書けないのです。
 言い換えればオリエンシートを作るというのは、自社商品のマーケティング計画をしっかり整理していく作業です。

オリエンシートに必要な14項目

 オリエンシートに書いて、デザイナーに伝えてほしい項目を挙げます。(詳細は著書「売れるパッケージデザイン 150の鉄則」)

  1. ターゲットのイメージ
  2. ターゲットのニーズ(インサイト)
  3. 企画の背景
  4. ブランドのコアバリュー
  5. ブランド体系
  6. 商品コンセプト
  7. 商品特徴
  8. ネーミング
  9. コピー
  10. 棚の説明
  11. 競合商品
  12. 目指すべきポジション
  13. 価格
  14. デザインイメージ

側島製罐の商品アイデアの事例

 前回の記事「商品開発に取りかかる前に…顧客視点や参入市場など5つをチェック」では、創業114年の「側島製罐」の後継ぎ、石川貴也さんの相談をもとに新商品開発のポイントについて解説しました。

創業114年の缶メーカー「側島製罐」(愛知県大治町)の後継ぎ石川貴也さん。側島製缶は1906年(明治39)年に創業し、従業員30人。石川さんは金融機関を経て、家業に2020年4月に戻った

 石川さんの商品アイデアは「クッキー」でした。なぜクッキーかというと、石川さんの会社ではクッキーの缶を作ることが多く、そのネットワークから優秀なクッキーメーカーとのつながりがあります。

 そういった会社と組むことで、安くておいしいクッキーを消費者に届けることができるというのがその狙いでした。確かに既存のクッキーの商品には広告代やブランド料、販売店のマージンなど製造原価以外のコストが上乗せされています。それを仕入れも販売も直接行うことで安く提供できるというのが石川さんのアイデアでした。

 実際に私も試食しましたが、とてもおいしい!

 では、そのアイデアをデザイナーにオリエンできるように、オリエンシートのまとめをお願いしました。
 期限は2週間です。すると…

オリエンシートを書くとわかること

 2週間が過ぎたある日、石川さんから下記のメールがとどきました。

 前回お話させていただいてから2週間、毎日机に向かって考えていますが、宿題として頂いていた14項目がまだ埋まりきっておりません。2週間経つ直前で大変申し訳ないのですが、もう少しだけお時間とお話させていただくチャンスをいただけないでしょうか……。
 可能であればもう1週間、来週の火曜日までに回答させていただけましたら恐悦至極に存じます。せっかくこのような貴重な機会を頂いているにもかかわらず、大変失礼なリスケのお願いとなり申し訳ありません。ご検討のほどよろしくお願いいたします。

 やはり。そうなのです。私の経験では、ここで半分の人が脱落します。「やっぱりもう一度よく考え直す必要がありそうだ」「この商品本当に売れるのだろうか」「発売する必要はあるだろうか」……。

 こういったループに入っていきます。これは自分を見つめ直すとても大事な行程なのです。それで開発中止となれば、それはそれで1つの答えです。ですが、もう一度しっかり考え直してオリエンシートが完成できたら、そこからが本当のスタートになります。

良いオリエンシートの特徴『一貫性』と『熱量』

 1週間後、オリエン資料が石川さんから送られてきました。初めてオリエンシートに着手して、完成させたことが、まず素晴らしいです!大変悩んだと思います。石川さんのオリエンシートを紹介します。

オリエンシート
オリエンシートに付随する企画している商品の立ち位置

 力作です。初めてにしてはかなりの項目が埋まっています。さて、このオリエンシートを評価すると何点くらいでしょうか。20年オリエンシートを見てきた私の評価点は50点くらいでしょうか。(すみません) 

 ところで、良いオリエンシートには『一貫性』と『熱量』の2つが備わっています。

1.良いオリエンシートにみられる『一貫性』

 1つ目からいきましょう。一貫性があるオリエンシートは、それぞれの項目に矛盾が少なく、1つの方向を向いています。ブレがありません。例えば、このオリエンシートには以下のように書かれています。

  • ターゲットのイメージ……「妻 子2人(9歳)(5歳)」
  • ターゲットのシーン……「結婚記念日に妻にプレゼントする」
  • ターゲットのニーズ……「仕事と家事が忙しくて選ぶのは面倒くさい」
  • 商品コンセプト……「プレーンのみ」
  • キャッチコピー……「絶対に間違えないクッキー缶」
  • 価格……2000円~2500円

 子どもも食べるのにプレーンのみでいいのでしょうか。妻へのプレゼントさえ選ぶのが面倒くさい人が、わざわざこの商品を見つけてくれるのでしょうか。キャッチコピーに「クッキー缶」とありますが提供するのは缶ではなく、クッキーではないでしょうか。価格が2000円~2500円もするのに「絶対に間違えない」というのは当たり前ではないでしょうか。

 こうやってみると、項目の間にブレがあるのがわかります。

 一つのオリエンシートにまとめることで、一貫性があるのかどうかを確認できます。

2. 良いオリエンシートにみられる『熱量』

 そして、もう1つが『熱量』があるかです。とまらないあふれる想いといいますか。

 このオリエンシートのコンセプト欄には“美術性”“味見の玄人が厳選した”とあります。「美術性」とは何でしょうか。この商品に必要な美術性とは何でしょうか。「味見の玄人が厳選する」とはどういうことでしょうか。多くのブランドクッキーも当然、味見の玄人が厳選していると思いますが、それとの違いは何でしょうか。

 中小企業のオーナーのオリエンは、どちらかというと、一貫性はないのですが、熱量だけは非常にあふれていることが多いです。

 デザイナーが『一貫性』と『熱量』があるオリエンを聞くと、話を聞いている最中にデザインのアイデアがどんどん浮かんできます。表現のヒントがちりばめられているのです。オリエンが終わったころにはデザイナーの頭の中にはいくつものデザインが完成されています。あるデザイナーはそのことをこんな風に表現していました。

 「商品がこうデザインしてほしいと私に語りかけているような気がする」

 今回のオリエンシートは、もう少し練り直す必要がありそうです。

ネーミングを決めてから、オリエンした方が良い理由

 今回のオリエンシートでもそうでしたが、中小企業に限らず大企業のオリエンシートでも、ネーミングが決まっていないことがあります。ネーミングが決まっていない多くの場合、方針がまとまっていないことが多いのです。

 ネーミングは最終的にあらゆる思いや戦略がぎゅっと詰まった到達点です。デザインの実務上でも、ネーミングが決まっていないとデザインがすすめられません。

 パッケージにおけるネーミングは大切な主役的要素です。主役がいないとデザインを進めることができません。

 たまに仮のネーミングで進めてほしいという依頼がありますが、せっかくデザイナーの貴重な時間を使ってデザインしたネーミングを途中で変えるくらいなら、しっかりとネーミングがきまってからスタートすることをおすすめします。

側島製罐の製品

想起された「無印良品」の事例

 石川さんのオリエンシートに話を戻します。はたして、もともとのアイデアが悪いのでしょう。いや、そんなことはありません。私は最初に石川さんのアイデアを聞いたときに、日本を代表するブランドのコンセプトを思い出しました。

 それは「無印良品」です。無印良品は1970年代に生まれ、今でも多くのファンを持つブランドです。そのデザインは国内外で高く評価され、ニューヨーク美術館のデザインストアで扱われるほどです。無印良品の最初のキャッチコピーは「わけあって安い」でした。

 今までの無駄を省くことで、いいものを安く提供していこうというコンセプトは多くの人に受け入れられてきました。例えば昔、無印良品の商品でU字の形をしたパスタがありました。

無印良品の「U字のパスタ」のイメージ

 パスタを乾かす時に吊るすのですがそのとき引っ掛ける部分はどうしてもU字になります。真っすぐのものは商品になりU字の部分は商品にならない。無印良品はそれを商品化していきます。「わけあって安い」を具現化していくのです。

 石川さんのアイデアは無印良品に通ずる、良い視点が含まれています。ただ、無印良品と差別化しなければ意味がありません。缶と組み合わせて良品を安く提供できるものは、クッキー以外に何があるでしょうか。そう考えていくと商品ラインナップも広がっていきます。

 「さて、どうブラッシュアップしていこうか」

 そんなことを考えていたら、こんなメールが届きます

社内からストップの声

 実はその後社内で何度か会議をし、
「そもそも出発点が自分たち本位だから全然前に進めないのでは?」
「企画自体見直した方がいいのではないか」
「一番の繁忙期にこれに注力するのは難しい」
という意見もありまして、缶の中にお菓子を入れて売る、と言う話は社内の組織的には年明けまで1カ月ほどペンディングして各自改めて考えるという状況になりました。
 これは私が発案者で、とりあえず思い付きで見切り発車してしまったことが根本的な原因であり、深く反省するとともにここまでご支援いただいたのに、大変申し訳なく思っております。

 そもそもこの企画を進めるべきかどうか社内から声があがっているというのです。自社商品に挑戦しようというときには、こういった声がよくあがってくるものです。これは大切な通過点です。なぜならば、会社の人たちは新しい挑戦を自分のこととして考えているからこそ、反対するのです。

 そう、とてもありがたい声です。

 「次期社長がやろうというなら、下手に反対するよりも表面上だけでも賛成しておいて成り行きをみればいい」

 そう思う社員がいてもおかしくありません。でも、しっかりとブレーキをかけてくれる社員がいる。そこを乗り越えれば、みんなで前にすすもうという力に変えられる可能性があります。

 とはいえ、これまで初めて商品開発に挑む方を手伝ってきた経験から、このプロジェクトはよくて半年延期、もしくは消滅かなあと思っていました。

 しかし、Twitterなどで新しい挑戦を行い、様々なマーケティングやデザインの本を読み続けている石川さん、ここで商品開発が止まることはありませんでした。

 そのわずか3日後、熱い思いのこもった素晴らしいオリエンシートが届きます。(次回につづく)