後継ぎの経営理念が組織を強くする Jリーグ川崎に学ぶマネジメント
先代から経営のバトンを引き継いだ社長は、経営理念を一新して組織に浸透させる必要があります。コンサルティング会社「識学」の講師が、前職で働いていたJリーグ川崎フロンターレでの経験をもとに、理念を推進力にした組織づくりの要点を解説します。
先代から経営のバトンを引き継いだ社長は、経営理念を一新して組織に浸透させる必要があります。コンサルティング会社「識学」の講師が、前職で働いていたJリーグ川崎フロンターレでの経験をもとに、理念を推進力にした組織づくりの要点を解説します。
経営者は組織で一番高い位置に立ちます。高い山に登れば遠くの景色が見えるように、会社のなかで立場が上の人ほど、より先の未来を見通さなければなりません。それゆえ、先代の後を継いだ経営者が真っ先に取り組むべきは、会社の目的や方向性を示すための経営理念を打ち出すことです。
「経営計画の作成が先だ」、「雇用から始めないといけないだろう」といった反論もあるでしょう。もちろん、それらは大事ですし、何も社長の役割は経営理念の考案だけと述べるつもりはありません。しかし、会社の方向性を決定する前に具体的な施策を講じると、大抵うまくいかないものです。
経営理念は、誰よりも社長が一番理解していなければならないものです。社長が交代したら必ず新しくしましょう。前社長が掲げていた経営理念を、現社長が完全に自分のものにすることはできません。
経営理念というものは、それを見た一般の人に「この会社の商品やサービスを使ったら、自分たちの生活がよくなりそうだ」と少しでもイメージしてもらえるようにすることが肝心です。従って経営理念に入れなければならないのは、質の高い社会性だと言えます。
よく間違えてしまうのは「働き方改革を推進しています」と言って、経営者が「社員第一」を経営理念にしてしまうことです。社員を大切にする気持ちは素晴らしいですが、それらは理念の中に入れるべきではありません。
では、質の高い社会性を生み出すために必要なものは何でしょうか。
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それは経験です。だから社長は大勢の人に会ったり、色々なところへ行ったりして世の中がどうなっているのかを知る必要があります。
世の中は変化するので、社長在任中に経営理念を変えることがあっても何も問題はありません。いくらよい商品やサービスであっても時間の経過とともに古くなっていきます。もちろん頻繁に変えるべきではありませんが、社会の要請とずれているなと判断したら、即座につくり直しましょう。
私は識学に入社する前、サッカーJリーグの川崎フロンターレで集客プロモーションの仕事に従事していました。私が退職する前年の2017年に初優勝を果たしたのは、よい思い出です。
優勝の立役者は、当時の社長だった藁科義弘さんだと私は考えています。当時のフロンターレは強豪クラブではあったものの、いつもあと一歩のところで優勝を逃し、「シルバーコレクター」と揶揄されていました。
そんななか、藁科さんが真っ先に取り組んだのは経営理念を変えたことでした。掲げた経営理念は「スポーツの力で、人を、この町を、もっと笑顔に」というものだったのです。
藁科さんは経営理念を考えるために、社員全員と話をしたはずです。それだけでなく、フロンターレのイベントにも全て参加し、ときにはサポーターとお酒を酌み交わしていたこともありました。
私は識学の講師になってからお会いした際、その理由を尋ねてみたことがあります。すると「経営理念をつくり変えるためだよ」との答えが返ってきました。まさに、我が意を得たりと思ったものです。
社員として働いていた我々にとっても、藁科さんが経営理念を変えてくれたことはありがたかったです。実は、藁科さんがこの経営理念を設定してくれるまでは、「自分たちがやっていることは本当にこれでよいのだろうか」という迷いもありました。
周囲からは「イベントばかりやりやがって。それで選手に負担がかかるから優勝できないんだ」と言われていました。それが非常に悔しかったのですが、藁科さんのおかげでそんな陰口は気にならなくなったのです。
フロンターレに携わる社員の結束力が経営理念によって高まりました。その結果、優勝につながったと思っています。
藁科さんのように、情報収集の一環で社員に話を聞くことは何も問題ありません。しかし、経営者はそれをずっと続けていく必要はありませんし、藁科さんもそんなことはしませんでした。
経営者は会社の状態を把握した後は、本来の仕事に戻らないといけないのです。
よく「経営者が社員と目線を同じくして、社員と同じように仕事をすること」を尊ぶ人がいますが、それはやめましょう。社長にしかできない仕事に費やせる時間が減ってしまいます。
経営者が現場の声をヒアリングしている最中に、社員が指示を仰いでくることがあります。しかし、本来経営者が指示を出すべきは直轄下にいる部下だけです。現場の社員には「あなたの上司である部長に聞いてください」などと答えることが正しい対応です。
何もかも社長が決めようとすると、中間管理職のいる意味がなくなり、部下のやる気をそいでしまいますし、社長がしなければならない意思決定が増え、組織のスピードが落ちます。
社員には責任と権限を与えてください。そうすることで、部下が最初から最後まで自発的に行動するようになります。
ただし放置してはいけません。責任の範囲と「いつ誰に報告をするのか」まで必ず決めることが大切です。
社員一人ひとりに自らの責任と役割を正しく認識してもらうためには、組織図を定め、その通りの組織運営を心がけてください。
組織図を構築する際は、必要な役割を先に定義し、その役割に人を当てはめるようにするといいでしょう。
今いる人材に合わせて組織図を描こうとすると、無駄な機能が増えてしまいますし、その人が退職してしまうことがあれば途端に組織運営がつまずいてしまいます。
特に組織図を作る前に社外から優秀な人を連れてきたら、せっかくの人材が実力を発揮できないまま社を去ってしまうかもしれません。
優秀な人ほど最初は会社に合わせようとしてくれますが、大量の仕事を抱え込むようになり、責任が取れず、経営者とすれ違うようになるものです。
また組織図がないことで、例えば営業部の社員が営業サポート部の人に対して横柄な態度を取るといった問題が起きてきます。自分たちは会社に対する貢献度が高いから、当然の振る舞いだとでも思っているのでしょう。
もちろん、こんなことを許してはいけません。この場合、営業部と営業サポート部を同じ高さにそろえ、組織図上で表すことで、二つの部は同列であることを社内に示すのです。こうすれば、横柄な態度の社員が出にくくなりますし、仮に現れても組織図を見せることですぐに注意できます。
後継ぎ経営者が社内改革を進めていくと、反発する社員が少なからず出てきます。特に先代社長の側近として活躍してきたような社員は、「自分たちこそが会社を支えているのだ」という自負を持っているでしょう。それゆえ、後継ぎ経営者の改革を面白く思わないものです。
ただ、そういったベテラン社員にしかできない仕事があると、経営者にとっては扱いが難しいはずです。仕事の属人化が起きてしまっていることにほかならないため、遅かれ早かれ対処しなければいけない問題になります。
最初にその人の役割を示し、求める結果を数字で表しましょう。「いつまでに何をどのくらい売り上げる、あるいは生産する」といった具合です。結果が出ているのであれば、属人化している業務内容を明文化してください。
数字で分かる結果を残していても、周囲から「トラブルメーカー」と呼ばれる社員がいたとします。そういうときは、その言葉に引っ張られず、事実確認に努めてください。
会社のルールを破っているのか、そもそもルールがないなかで勝手に周囲がトラブルと定義しているのか。ここが分かれ目になります。
ルールがないならすぐにルールを設けましょう。もし、その社員が明確な意志を持ってルールを破っているのであれば、これは一発アウトです。始末書を書かせるなど、相応の対応が必要です。
主観で話をするのではなく、データとして突きつけると受け入れざるを得なくなります。
株式会社識学 営業2部 東京3課 課長/シニアコンサルタント
ニューヨーク州立大学サリバンカウンティ校のスポーツマネジメント学部を卒業後、1年ほどスポーツ関係の仕事に従事。水戸ホーリーホックに転職し、トップチームのマネージャーを経験。その後、川崎フロンターレに転職し、集客プロモーションやファンクラブの責任者などを担当する。識学に入社後はこれまで40社、140名のトレーニングに携わる。
(※構成・平沢元嗣)
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