終活も顧問税理士任せはNG 後継ぎが家族にお金を残すための注意点
社長が突然亡くなった場合、会社だけでなく、残された家族の生活も考えなければいけません。資産の把握、相続税対策、死亡退職金の確認など、家族がやるべきことはたくさんありますが、会社の顧問税理士任せでは思うように進みません。「ポジティブ終活」シリーズ3回目は、家族を守るためのお金について、後継ぎ経営者が事前に準備するべきことを解説します。
社長が突然亡くなった場合、会社だけでなく、残された家族の生活も考えなければいけません。資産の把握、相続税対策、死亡退職金の確認など、家族がやるべきことはたくさんありますが、会社の顧問税理士任せでは思うように進みません。「ポジティブ終活」シリーズ3回目は、家族を守るためのお金について、後継ぎ経営者が事前に準備するべきことを解説します。
目次
ある朝起きたらベッドの隣で夫が亡くなっていたんです――。これは、私の知人の話になります。まだ50歳だった夫は仕事とゴルフが大好きで、前夜まで元気にしていたそうです。
夫は社員とパート従業員の計3人でコンサルタント会社を営んでいました。私の知人である妻はしばらく頭が真っ白になりましたが、気を取り直して警察に電話したそうです。夫が亡くなれば会社の継続は難しく廃業となりますが、会社で加入していた生命保険で、従業員の退職金と銀行への借り入れはどうにかなりそうでした。
ただ、家族に残された資産は預貯金1千万円程度。会社が大変な時期に家の預貯金で資金繰りの穴埋めをしていたからです。そのあと会社を立て直した後も、預貯金は返済されていませんでした。
夫の死亡保険金の2千万円を足しても自宅以外の資産は3千万円程度。2人の子の大学進学を控え、また専業主婦である自身の老後も考えると不安で仕方がないと、筆者のところに相談に来ました。
このケースのように、経営者が急に亡くなると残された家族は次のような不安を抱きます。
経営者の死後に家族を困らせないために、後継ぎ経営者はどんな準備をしなければいけないでしょうか。起こりうる課題ごとに以下の表にまとめました。
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課題 | 準備 |
---|---|
会社のことは誰に相談すればいいか |
万が一に備え、社内外の緊急連絡者を決めて配偶者に紹介。必要な連絡先を家族に渡す。社内だけでなく顧問税理士やコンサルタントとの連携も有効。 |
残された家族の収入を確保できるか |
家族経営であれば家族の生活費を見据えて今後の収入の確保を考えておく。配偶者が他企業で働いている場合も生活費の不足を貯蓄や保険で手当てできるよう準備する。妻の収入が850万円(事業所得は655万5千円)未満なら遺族年金の受給ができる。 |
家族が受け取る保険に加入しておく | 配偶者の収入や預貯金、会社からの死亡退職金や弔慰金の額などを考慮して保険金額を決める。その際、これからの生活費、配偶者の老後資金、教育費、住居費、相続税の納付分などを具体的に算出。経験豊かなFPへの相談もおすすめ。 |
家族の資産を毎年把握 | 家族名義の不動産、預貯金、株や投資信託などの金融商品、自社株、借り入れなどは毎年資産評価を行う。万一の際に対応できるよう資産の配分にも気を付ける。半年~1年分の生活費を預貯金で確保し、事業資金に流用した資産は後日補填する。 |
相続税の試算 | 毎年、経営者名義の不動産、預貯金、株や投資信託などの金融商品、自社株、借り入れなどの資産評価を行う。自社株など高額の評価になることもあるので気を付ける。相続税の支払いができないようなら生命保険などで対応する。 |
退職金や弔慰金の把握 | 死亡退職金や弔慰金は事前に規定を作成。生命保険などを活用して原資を確保しておく。一定金額以上は相続財産として相続税の対象となる。 |
会社に貸しているお金(会社貸付金) | 経営者が会社へ貸している会社貸付金も相続財産となる。社長の死後会社から返済してもらうか、生前に社長が債権放棄したり会社に贈与したりするなど、顧問税理士と相続税対策を行う。 |
経営者の突然の死は、残された家族にとって絶望と不安しかありません。少しでも家族が困らないように、特にお金に関しては準備を整えておくことが大切です。
経営者の皆さんが元気なうちに時間を取って整理し、ご家族と共有しておくことをお勧めします。
次章から表で示した課題への対策について、それぞれ詳しく解説します。
経営者に万一のことがあった場合、ご家族だけでなく会社も今後の対応に迫られるでしょう。
配偶者がその会社で一緒に働いているのであれば、すぐに対応できるように事前に行動計画を立てておきましょう。もし配偶者が事業にかかわっていないなら、緊急時に備えて担当者との顔合わせと連絡先の交換は必須です。
顧問税理士やコンサルタントがいるなら必要に応じて顔つなぎをしておきましょう。詳細は連載2回目の「社長の自分が今亡くなったら? 経営リスクを減らすシミュレーション」をご覧ください。
経営者の死後も、残された家族の生活を支えるだけの収入を確保できるようにしておきましょう。そのためには、家庭の資産額や今後発生する教育費などの支出見通しの把握が必要です。
死後の収入や貯蓄で確保できなければ、死亡保険金の活用も検討しましょう。
本人が亡くなると配偶者と子どもには遺族年金が支払われます。遺族年金は配偶者の年収が850万円未満の場合に受け取れます(※ただし、死亡当時に年収が850万円以上であっても、おおむね5年以内に年収が850万円未満となると認められる事由=退職または廃業など=がある方は、遺族年金を受け取ることができます)。
高校生以下の子ども2人で月収平均50万円程度なら、概算で月額15万円くらいが支払われることになります。子どもが大学生になるなど高校を卒業すると減額されていきます。
遺族年金の詳細は日本年金機構のサイトを参照してください。
法人用であれば、節税対策や付き合いで生命保険に加入している方も多いと思います。しかし、家族のための生命保険も必要です。
自身に十分な資産や、配偶者に相応の収入がなければ、今後の生活費や教育費、住居費などまとまったお金が必要になります。相続税がかかる可能性があるなら、納税資金も必要です。
家族名義の不動産、預貯金、株や投資信託などの金融商品、ローンなどは毎年資産評価を行いましょう。経営者本人だけでなく配偶者にもわかるように財産簿(資産の一覧表)の作成をお勧めします。
万一の際に対応できるよう、たとえば年間の生活費に必要な分など、ある程度の預貯金を確保しておきます。
投資商品や保険商品は、経営者の急死で解約した時に元本割れを起こすリスクもあります。融通の利く預貯金がいざというときに便利です。
経営者名義の不動産、預貯金、株や投資信託などの金融商品、ローンなどのほかに、自社株について毎年資産評価を行いましょう。
相続税計算のための各種資産評価は独特です。特に自社株がある場合には、顧問税理士などに試算を依頼するといいでしょう。
固定資産税の納付書、通帳類、投資商品の取引明細書、ローンの支払予定表など手元にある資料を一つのファイルにまとめて管理することから始めましよう。専門家に相談する際にも資料をそろえやすくなります。
基本的には以下で計算した金額(基礎控除額)までは税金がかかりません。
3千万円+600万円×法定相続人人数=相続税の基礎控除額
上記を、法定相続人が妻と子2人で計算すると4800万円となり、そこまでは税金がかからない計算になります。
また配偶者は、相続財産の法定相続分か1億6千万円までのいずれか高い金額までは相続税がかかりません。これを配偶者の税額軽減といいます。
これらの相続税の基礎もぜひ覚えておきましょう。
読者の皆さんの会社には「役員退職・弔慰金規定」があるでしょうか。経営者が死亡した場合も死亡退職金と弔慰金を受け取ることができます。
さらに、相続税の計算には非課税枠(税金のかからない金額)があるので遺族は助かります。これは遺族が受け取った個人契約の死亡保険金にも適用されます。
例えば、相続人が妻と子供2人なら以下のようなケースが想定されます。
【死亡保険金】 500万円×法定相続人の数3人=1500万円
【死亡退職金】 500万円×法定相続人の数3人=1500万円
【弔慰金】 業務上の死亡の場合、弔慰金は次のように計算されます。
月額給与×36カ月=弔慰金の非課税額
従って役員報酬が月100万円なら、非課税額は3600万円になります(業務外の死亡の場合、弔慰金の非課税額は月額給与の6カ月分です)。
このケースであれば、保険金(1500万円)、死亡退職金(1500万円)、弔慰金(3600万円)を合わせて計6600万円が非課税で遺族にわたります。
もちろん弔慰金に関しては、支払うための原資が会社にあることが前提なので、内部留保や生命保険への加入など早めの対策が必要です。
社長がお金を貸し付けている中小企業は少なくありません。資金繰りが悪化した際、社長が自分の財産を会社へ提供することはよくあるからです。
さらに会社に貸したお金は、資金繰りの都合からなかなか戻ってこないことが多いのが現実です。
必要な時に現金がないという事態を避けるためにも、社長貸し付けを行った場合には、折を見て会社から家計に戻しておきましょう。
問題になるのは相続税を計算するときです。貸付金は基本的に額面で評価されて相続財産になってしまいます。
相続税などがかからない状況ならいいですが、そうでなければすぐには戻ってこないお金に相続税がかかり、納税の義務が発生してしまいます。
資金繰りの折を見て返済してもらうか、貸付分を会社への贈与にするか、会社への債務を免除するか、資本金に繰り入れるかなど顧問税理士と検討してください。
ここまで読んで「会社の経営だけでも手いっぱいなのに…」と思われた経営者もいるかもしれません。しかし、何より大切な家族を守るために、少しずつでも対策を進めていってください。
経営者自身の急死に備える過程は、家族にとってかけがえのないものになるはずです。万一の場合でも、残された家族の生活の資金繰りができていれば安心です。家族内の会話も増えて一石二鳥ではないでしょうか。
こういうお話をすると「会社の顧問税理士に任せているから大丈夫」という方がいます。
しかし、会社経営における税理士の仕事は顧客の経営状況や財務内容を勘案し、正しい納税と経営を両立させる提案をすることです。
そのため、経営者の個人的な相続やご家族の生活までは手が回らないのが実情です。改めて税理士やFPなど専門家の力を借りながら、経営者とその家族でしっかり準備していくことが肝要になります。
さて、最初に紹介した知人のケースですが、長男は県内の国立大学、次男は県外の私立大学への進学を決めました。母子家庭になったことで大学の給付型の奨学金などを利用しやすくなったと話していました。親になるべく負担をかけないようにと子どもたちも腹をくくったようです。
母親である彼女は夫の死亡でローンの支払いがなくなった自宅に住みながらパート勤務を始めました。老後の安心を得ようとなるべく長く働きたいと考えているそうです。「夫の万一に対してのお金について考えておくように経営者の妻たちにアドバイスしたい」とおっしゃっていました。
親はいつまでも元気とは限りません。たとえば気づかない間に認知症が進行してしまったら、会社の経営も個人の財産も本人や家族の希望通りに動かせなくなってしまうことをご存じでしょうか。
できれば早いうちから、親子で事業承継の方針や時期を決めて、家族全員が理解、納得し、相続人同士が争わない仕組みづくりが必要です。特に経営者である親の終活は家族に大きな影響を与えます。
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