1972年創業のサツドラは、創業者の息子で2代目の富山浩樹さんが2015年に社長に就任。事業承継のタイミングで社名を「サッポロドラッグストアー」から「サツドラ」に変更しました。
西澤さんとリブランディングに取り組み、「北海道の『いつも』を楽しく」という新しいコンセプトを掲げ、ロゴマークも刷新。店舗も順次リニューアルを進め、プライベートブランド(PB)の商品構成やネーミング、パッケージデザインなどを見直しました。
富山さんがリブランディングについて考えるようになったのは、ユニ・チャームの高原豪久社長との交流がきっかけでした。2001年に39歳で経営トップに立っている高原社長からは「何歳で後を継いでも経験不足と言われる。事業承継は早いほうがいい」とアドバイスされたといいます。
その中でユニ・チャームが進めたコーポレート・アイデンティティー(CI)の刷新に影響を受けました。「それから私も事業承継を真剣に考えるようになり、CIの勉強も始めました」
課題のひとつは、競合店との差異化でした。赤を基調としたロゴの色合いなどが似通い、チラシを見て競合店と勘違いして来店したり、レジで競合店のポイントカードを差し出したりする来店客は、珍しくなかったといいます。
「米国のドラッグチェーンなどを視察すると、ブランドカラーやロゴマークに統一感がありました。差異化を図るためブランディングの必要性を感じたのです」
リニューアル前のサッポロドラッグストアー
ブランディングは一般的に、クライアントへのヒアリングや見学、様々な調査などをもとに、デザイン会社がコンセプトや新たなデザインなどを提案するのが主流です。しかし、時間とお金をかけて決めたコンセプトが「絵に描いた餅」になっていたり、社内外で浸透していなかったりするケースは珍しくありません。
一方、エイトブランディングデザインはデザイナーとクライアントがワークショップ形式でブランディングに取り組み、コンセプトやステートメントなどを一緒に作りあげます。
富山さんはブランディングを進めるため、いくつかのデザイン事務所や広告会社に相談したそうです。その中でエイトブランディングデザインを選んだのは「自分たちの判断基準となるモノサシを持つためにも、共創できることに可能性を感じました」と言います。
コンセプトがブランドの第一歩
そもそも、ブランディングにおける「コンセプト」とは何でしょうか。西澤さんはこう説明します。
コンセプトは売り上げよりも上位の判断基準になります。詳しくは後述しますが、サツドラでは「北海道の『いつも』を楽しくする」というコンセプトを策定しました。このコンセプトは日々の業務で活用するもので、いわゆるキャッチコピーではありません。
たとえば、商品を仕入れるときや接客方法を考えるときは「それは北海道の『いつも』を楽しくするものか」が判断の軸になります。各部門が足並みをそろえてコンセプトどおりに動くことが、ブランドづくりの第一歩でブランディングの本質なのです。
サツドラは新しいコンセプトを作成しました
次世代リーダーとワークショップ
サツドラでワークショップに参加するメンバーは、富山さんのほか、店舗開発や商品開発、経営企画など各部門から、次世代のリーダーや幹部候補を中心に若手5、6人が参加しました。各現場で指揮を執る人たちが決めたコンセプトなら、その意図を自分の言葉で浸透させられるという考えです。
ワークショップは2週間に1度のペースで、1回3、4時間ほどかけて約4カ月にわたりました。
リブランディングに取りかかったころのワークショップ
西澤さんは様々な部門からメンバーを集めるメリットについて、次のように説明します。
一つ目は部門間の考え方の違いに気付き、各部門の深い情報を知ることで見えない壁がなくなり、多角的に議論ができるようになります。例えば「自社の強み」という質問をしても、それぞれの担当者ごとに意見が微妙に異なることは珍しくありません。それが気付きや意見交換の場にもなります。たまに社長も知らなかった事実が出てくることもあります。
もうひとつは、参加メンバーの経営に対する視座を高めることです。部門や担当者の経験によって経営への捉え方が違うことは少なくありませんが、ワークショップを通じて自分たちの仕事が経営とどうつながっているか、改めて把握することもワークショップの役割と考えています。
マーケティングとの違いは
ブランディングとマーケティングは混同されがちです。その違いを理解することからワークショップは始まります。
マーケティングの目的は売ることですが、ブランディングの目的は他者との違いを伝えていくことです。端的に言えば、ブランディングは「伝言ゲーム」。伝言ゲームで伝えるのは「他者との違い=自社の本当の価値」です。それをコンセプトとして集約し、社内外に発信していきます。それが、伝言ゲームのようにうまく広がっていくと、売り上げを伸ばしたり、集客を増やしたりしやすくなるという考えです。
経営戦略としてのブランディング
富山さんはワークショップの進行について、こう振り返ります。
「ブランディングは表層的なイメージ戦略ではありません。その前提のもと、経営戦略とブランディングを一致させ、サツドラの意思や戦略を社員と共有する機会になりました」
「もうひとつは、ワークショップ自体がクリエーティブであることです。必ずしも西澤さんのアイデアが通るとは限らず、僕らが出した案が良ければ採用されることもあります。フラットな関係性がとても心地良く、みんなでアイデアを出し合えました」
議論がある程度進んだデザイン段階のワークショップ
西澤さんは次のようにアドバイスしています。
ブランディングに必要なコンセプトやステートメントは、無理してつくりだすものではなく、もともと企業の中にあるものです。それらをみんなで探り出し、コンセプトやロゴマークなどに具現化するのが僕らの仕事。上質なクリエーティブを生み出すため、アイデアの出し方や収斂のさせ方を共有していきます。
初めてブランディングに取り組む人たちもワークショップを通じて、自分の意見を述べたりアイデアを出したりできるようになります。
社内だけで取り組むと、最終的には社内のヒエラルキーで方針が決まることも少なくありません。それにとらわれず、いい案をブラッシュアップさせることが重要です。ポイントは、現場の人たちが納得できるアイデアであること。どんなに切れ味が鋭い案でも、現場で活用できなければ意味がありません。
サツドラの文化が差異化に
サツドラは競合と何が違うのか、強みは何か。ワークショップではブランディングのポイントをみんなで探りました。
そしてたどり着いたコンセプトが「北海道の『いつも』を楽しく」でした。
全国チェーンのドラッグストアでは「北海道」という地域名は打ち出せません。サツドラの「どこまでも北海道を中心に店舗展開する」という経営戦略をコンセプトに掲げることで、社内外への意思表示にもなりました。
西澤さんが特に着目したのが「サツドラのユニークさ」だったといいます。
当時、サツドラは「ヘルシー・ビューティー・セクシー」というキャッチコピーでコミュニケーションを展開し、店内で流れる音楽も「サツ・ドラドラ〜」といった耳に残る歌詞でした。
ワークショップを通じ、楽しさを大切にするサツドラの文化が差異化の要因になると考えました。ただの安くて便利なドラッグストアとは一線を画し、北海道のどこで暮らしても、サツドラがあることでいつもの日常生活が楽しくなる。道民のインフラのような存在になるという志から「北海道の『いつも』を楽しくする」というコンセプトが誕生しました。
サッポロドラッグストアー時代のカタログに表現されている「ヘルシー・ビューティー・セクシ―」
ロゴマークの色合いを一新
店名も「サッポロドラッグストアー」から、愛称として親しまれていた「サツドラ」に変更しました。「ドラッグストアー」という表記をなくしたのは、サツドラはモノだけでなく「楽しさ」を提供する、という意思表示でもあります。
名称変更に伴い、ロゴマークも刷新。同業他社に多かった赤を基調としたデザインから、青色と若草色に変更しました。
大幅に刷新したサツドラのブランドロゴ
青は清潔感や医療、若草色は北海道の大地をイメージ。この2色が現在のコーポレートカラーです。
「+」を二つ並べたマークには、「いつもの日常を楽しくする=プラスにする」という思いを込めています。マークは太めのシルエットで温かみがあり、「サツドラ」というカタカナの書体もカジュアルな印象です。
ティッシュペーパーにもブランドイメージを反映しています
こうしたデザインも「北海道の『いつも』を楽しく」がもとになりました。
富山さんは「違う店ができたと思われるくらい、大幅に刷新しました。愛称の『サツドラ』を店名にしたことで、過去と今とのブリッジになり、客数を伸ばす後押しにもなっています」と言います。
リブランディング後のサツドラ店内
コンセプトやロゴマークは資産
ブランディングの費用対効果について、富山さんは次のように話します。
「経営方針と一体化したブランディングに対して、費用対効果を考えることはありません。ブランディングは会社のビジョンとなるコンセプトから考えるもので、それを視覚化したのがロゴマークなどのデザインになるからです」
西澤さんはこう解説します。
私たちが手がけるブランディングは経営戦略の一環です。そのためのコンセプトやロゴは全部門で活用できる資産であると考えています。
たとえば、キャンペーンに使うチラシのデザインは経費ですが、ブランディングは設備投資のようなものです。減価償却が発生する固定資産とは逆に、(ロゴなどは)活用するほど世の中に浸透し資産価値もあがります。本質的なブランディングへの投資はあらゆる経営資源の中でもリーズナブルな投資だとも思っています。
ブランディングは、コンサルティングとデザインにかかる費用をそれぞれ分けています。コンサルは経営から商品開発まであらゆる相談にのり、解決方法を提案しています。デザインはロゴマーク、ウェブサイト、パッケージデザインといったタスクごとに料金を設定しています。
創業者に納得してもらうには
2015年4月、富山さんは2代目社長に就任しました。それに合わせて、サツドラの名称変更や新店舗のお披露目などのブランディングを進めていましたが、「創業者の父が土壇場で反対し、半年ほど発表のタイミングを遅らせました」と振り返ります。
創業者の富山睦浩さんは、ブランディングのワークショップには参加していませんでした。ただ当時の社長は睦浩さんで、ワークショップで決めたことはその都度、了承を得ながら進めたそうです。
富山さんは「父が後になって反対し始めたのは、寂しさがあったからだと思います。それは当然のことです」と振り返ります。
「サッポロドラッグストアーという店名、デザイン、店舗は父が一つひとつ大切につくってきました。(ブランディング施策が)いろいろ動き出すのを見て、寂しさが押し寄せたのでしょう。その気持ちを理解した上で、僕らの気持ちや方針を伝え直し、最終的には合意してくれました」
最終的には父の睦浩さんが新ブランド発表CMに出演しました
ファミリービジネスが推進力に
サツドラホールディングスの22年5月期のIRリポートによると、売上高は829億円、営業利益は約7.5億円を記録しました。23年5月期は売上高914億円、営業利益12億円の業績見通しで、26年5月期には1200億円の売上高を掲げています。
現在もエイトブランディングデザインと改革に取り組み、プライベートブランドのリニューアルや、サツドラが展開する医療品・健康食品のブランド「Wellness Navi(ウェルネスナビ)」のブランディングなどを進めています。
サツドラの医薬品・健康食品のブランド「Wellness Navi」の商品
大掛かりなプロジェクトを進めるにあたって、ファミリービジネスであることは影響しているのでしょうか。
富山さんは「ファミリービジネスだからできている面は、たしかにあります。もし血縁関係がなければ、創業者がつくってきたものを変えたいと言えず、説得もできなかったかもしれません」と話します。
「ブランディングは何十年もかけて取り組むもので、中長期的な意思決定が必要です。そうした視点を持てるのは、ファミリービジネスだからこそと思います」
富山さんにデザイナーと共創する上でのポイントを伺いました。
「コンセプトなどの言葉づくりは企業が主体で考えることですが、デザインのディテールはデザイナーに任せるべきだと思います。PBのパッケージデザインは西澤さんにお願いしていますが、僕らがジャッジするのは、経営戦略に適切かどうかです。デザイナーと対等に話すためにも、経営者もデザインに対する理解を深めることが必要ではないでしょうか」
西澤さんはサツドラのリブランディングを次のように総括しました。
「サツドラ」のリブランディングを改めて振り返ってみて、成功のポイントは2代目社長の富山浩樹さんの「決断力」にあったと思います。
北海道を代表する老舗企業。当然守るものもたくさんある中で、ロゴマークを赤から青に、サッポロドラッグストアーからサツドラへ、既存のドラッグストアとは一線を画す店舗フォーマットとデザイン、とがった企画のPB商品の数々、北海道を代表する企業としての先端的な新社屋の建設など、あらゆる決断で攻めの姿勢を貫かれていた印象を持っています。
それも奇をてらった小手先の表現としではなく、ブランディング初期に描いた大きな戦略に基づき、一つひとつ丁寧に決断されています。戦略を具現化するのはデザインの役割ですが、それを意思決定する「決断力」こそがブランディングのスタート地点だと思います。経営者の思いこそがブランドを作り出すのです。